9.魔の森と黒い木々
しばらく精霊王たちの話を聞いていたが、それらを聞くほどに、私の中の推測が形を取る。決めつけや思い込みはいけないが、とりあえず形にしてみることにした。
(魔の森の木…)
アイテムボックスの中…正確にはディスプレイをひたすら読み漁る。
(魔の森…禁忌の森? 魔木の森、魔樹の森…この辺りかな)
子爵家で先生の話を聞いた後、幾つか流し読んだ事がある物を避けて、1番古そうな物から抜き出して探す。
最近気づいたことだが、このアイテムボックスには、だいたい5年前までに刊行された書籍が電子書籍のような形で入っているようだ。だから、先日ギルドのみなさんから頂いた本は入っていない。これに気づいたのは、サブマスの家の勉強部屋の本棚を見た時だった。たぶん、私が転生するまでの期間のものに限られているのだろう。
(ということは、古いのを探す分には問題ないはず…)
それに、レイヴァーンの本の発行されるペースはそこまで早くない。私がレイヴァーンにやって来てまだ5年。この本に書いてあることは、まだ充分に通用するはずだ。
◇◇◇
魔の森。
魔族の森、魔木の森などと呼ばれているが、それはかつて魔王国と呼ばれた魔族中心の国の国土のおよそ3割を占めていた場所の名称であり、今は魔導国家と帝国がその8割を分け合い、魔族は残り2割の森の最奥に幾つかの集落を作ってひっそりと暮らしている……数冊の本の情報を纏めると、そういうことになっている。どうやら魔族とされる人々のことをある程度知っているらしい土の精霊王に尋ねると、とりあえずここまでは大きな間違いは無いとのことだった。
さて、ここで、私が最近知った情報がある。
聖地を探す直前、バルガで軽く耳に挟んだのだが、魔導国家内の冒険者ギルドが、魔の森で働く作業員たちの護衛を大量に募集しているらしいという情報だった。バルガ近辺のような魔物の活性化が原因なのかと思っていたが、理由は更にもうひとつあるのだという。
(魔木の資源利用…か)
実は20年ほど前から、魔導国家の上層部では広大な魔の森の土地をさらに開発し、国力の増大を図る計画を実行に移しているのだという。魔の森は、以前より強い魔物が多く生息し、奥には大きなダンジョンが存在している。魔物は強く、ダンジョンは難解だが、それらが生み出す巨万の富は人々を魅了してきた。
初めに人間と魔族がぶつかってから800年、人々は少しずつ魔の森を切り開き、ダンジョンを攻略するのに適した方法を模索してきたということなのだろう。そして、10年ほど前に、とある研究者は魔の森の硬く黒い、燃えにくい木々を、魔石のようなエネルギー源として精製する方法を編み出した。
それが、魔導国家の技術の全てを注ぎ込まれたという、『魔導列車』の燃料として使われているのだという。
(構造は蒸気機関車に近いね)
私は、その列車の設計図や仕様書のようなものを眺めて、うーんと息をついた。この列車、煙はそれほど…と言うよりはほぼ出ないのだという。そして、スピードはおそらく7、80キロくらいまで上がるのだという。
(気になるのは……)
仕様書や走行試験などの資料もあったのでそれらを眺めていたら、気になる報告が上がっていた。燃料の継ぎ足しをする作業員のうち何人かが、魔力酔いに似た症状を起こしたのだと言う。他にも、沿線の魔物の中でも、比較的温厚だとされているウサギ型の魔物が、凶暴になったり、特に外傷もないのに倒れていたりしている事例が報告されていたりするようだ。
(と言うより、なんでこんな国家機密ぽいのがアイテムボックスに入ってるんだろう?)
疑問はとりあえず置いておく事にする。
魔導列車は、急速に整備されているようで、同時に魔木の伐採と街道整備なども進んでいるようだ。最終的には、帝国と技術提携して、帝国内にも走らせる計画も進んでいるらしい。
(一応、魔族側は自分たちの集落から半径10キロ以内に線路を敷いたり立ち入ったりしないでほしい、と要望は出したようだけど…この計画だと、後々揉めそうな気もするなぁ)
魔の森自体は、800年で3分の2ほどの広さになっている。魔木を精製したものは、かなりの高エネルギーを出し続けることが出来るらしく、しっかり管理すれば魔木の枯渇は無いはずだ、という研究結果が書いてはあるが…この計画だと、魔の森の森林としての面積は半分以下まで減らされ、その量を維持して行くことになっている。
(考えれば考えるほど、聖地がこうなった原因は魔の森の扱いにあるような気がしてきた…ああ、見たことも無いのに決めつけたらダメだよね)
でも、この予想が正しければ、自然破壊が行き過ぎると魔法が使えなくなるんじゃないかな…そこまで考えたとき、ふと視線を感じた。
「隠者よ」
闇の精霊王は訝しそうな表情で私を見た。
「何を眺めている?」
「資料、というか本のようなものでしょうか」
私の答えに、端正な顔が顰められる。その様子は今迄のものと違って、すこし幼いというか気が抜けたような、自然体の表情のような気がして、ふと自分の口角がゆるりと上がった気がした。




