16.宝物
バルガに行くまでの道すがら、アオタケやクロタケを採取しながら向かった。
「季節が過ぎて行くのって早いものね。もう真夏だもの」
「主様は最近お家にいることが多いからそう思うんじゃないですか?」
カルラは最近私の運動不足が気になっていたようで、ある日小さな時計が欲しいと言われたので懐中時計を渡したところ、私が机に向かっていると、精霊たちから1時間おきに軽い運動をするように声をかけられるようになった。
肩こりなどは治癒術などで治療もできるのだが、やはり適度な運動には勝てないらしい。他の面でも良い事ばかりではあるので、ちょっとだけ疎ましくなっていたことがあるのは内緒だ。
(論文ばかり書いてたのは本当だもの)
昨年、ギルマス達にある事を言われてから、急いで色々と書いていたのだ。
「そうね、それも取り敢えず暫くお休みかな」
そう言うと、イシュが空中でくるりくるりと回転した。
「やったぁ! 主様、また冒険に行くんだよね」
「海〜?」
「さ、砂漠に夕陽が沈むのも綺麗だそうです!」
「人がいっぱいのところも見たいですわ!」
ファイ、アナイナ、ティアもそれぞれ違う場所を口にしたのが可笑しくて、つい笑ってしまった。
「どこから行こうかな……ゆっくり決めようね」
はーい!と元気な返事が返ってきた。
(海も山も、あとは砂漠も……楽しみね)
ここ数ヶ月はバルガに行く前日に、ギルドに通信石で一度連絡を入れるように言われているので、おそらくギルドにはギルマス達が居るだろう。
(この論文と瘴気用の魔方陣を渡して……あ、エリーナさんとメリーベルさんにお手紙のお返事を書いたから、サブマスに渡さないと)
いくつか必ずやらないといけない事を確認して、バルガに転移した。
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「そろそろだと思ってたぜ」
受付でアーバンさんとメリルさんに挨拶もそこそこに、ギルマスの部屋に案内された。ドアを開けると、そこにはギルマスとサブマスの姿が見える。
「おう! 待ってたぜ」
「こんにちは。お元気でしたか?」
おうよ、と返事をするギルマスは少し疲れているように見える。そして、サブマスの方は確実に疲労が蓄積してるのがわかる。おもわず治癒紋様を飛ばしてしまった。
「ありがとうございます。あの護石のおかげで、何とか身体も持っているようです」
「……お身体を大事にして下さい」
サブマスは、私の言葉に軽く微笑むと眼鏡を押し上げた。
「今日は先月お話ししてくださった論文と、治療用の魔法陣でしたね」
ギルマスがボソリと「この魔術オタクが……」とつぶやくのが聞こえた。
なんだかんだと論文に関する取り扱いを決めて、私とギルドの間に契約魔法を結んだ。本当は要らない気もしたのだが、これだけは3人———特にサブマスが許してくれなかった。
「今後、不埒な輩が出ないとも限りませんので」
そう、今後だ。
サブマスはどうやら来年の夏の社交シーズンに、正式に子爵になるらしい。
もう少し時間があると思っていたらしいが、諸々の事情でそうも行かなくなったそうで……最近は寝食を削って子爵の引き継ぎの仕事とギルドの仕事両方をこなしているようなので、エリーナさんからもそれを注意してもらえないだろうかと何故か私にも手紙が届いた。
(夫の師匠である、あなた様から言われたら、少しは話を聞くかと思います、って………)
メリーベルさんのことに関しては私が先生代わりと言えなくもないが、サブマスに関してはどうなんだろう。
それでも、やはり身体は資本だと思うので治癒効果と最低限の睡眠効果を付与した護石をお返事と一緒に渡したのが先月だった。
そして、サブマスの後任が赴任してから一年ほど経ったら、ギルマスとアーバンさんもギルドを辞めるつもりなのだそうだ。ギルマス候補の人選も進んでいるらしい。
(ちょっと寂しいけれど、サブマスとは1年、ギルマスとアーバンさんとは後2年はあるし……)
「もちろん、俺がやめたってリッカは娘みたいなもんだからな。絶対に遊びに来いよ!」
「忘れられたらミリィもうちのリッカも泣いちまうよ」
まぁ、まだ時間はあるけどな!と先月言われたばかりだ。
「リッカさん」
「はい」
先月のことを思い出していた私に、サブマスが懐から白い箱を取り出して私の前に置いた。
「先月お話しした、我が領地の身分証です。確認してくださいね」
箱の中には、以前のギルドの身分証のようなタイプの、金属のプレートが入っていた。表の方には花の模様が薄く彫り込んである。プレートには細い銀の鎖が付いている。
「鑑定をかけていただければ、内容が分かります」
促されるままに鑑定をかけて内容を読み取った。
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名前 シェルリッカ•レン•アスター
性別 女性
アスター領 レンティス生まれ
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サブマスの遠縁の断絶した分家の名前から、私の名前に近い女性の名前を見つけて、その養女という形にしたらしい。
「使わないで済むのならそれが1番良いのですが、魔導国家の動きも読めませんし、帝国は強大な国です。ギルドは独立していますが、流石に国家を全て敵に回すことは難しいでしょう。ですから……もし今後ギルドの身分証が使いにくくなったら、これを使ってください」
「まあ、ギリギリでうやむやのうちにリッカに渡すってのも考えたんだが……そんなのはちょっとな」
「ホントは俺とミリィの養女にするって案もあったんだけどなぁ」
「えっ⁉︎」
「ジェイの書類上の妻にする案もありましたね」
「ええっ⁉︎」
流石にびっくりして大きな声が出てしまった。
「ほらよ、ジェイの妻は嫌だってさ」
「ふん」
大皿に盛られたドーナツのようなお菓子をワシワシと食べるギルマスの顔は普通に笑顔だ。
「お気遣い、ありがとうございます」
今この空間に一緒にいられる事が、本当に幸せだと感じて、その感謝も一緒に自然に言葉が出た。
「大切にします。私の宝物にします」




