はじまり
ある日、突然それは起こった。
僕の手元にある砂時計は、よく砂が零れることがある。
僕はその度にガラスの割れた部分を焼いて修復するんだけども、この日は何だか修復後のコイツの様子が違っていた。
修復後、一休みしようとキッチンでミルクティーを飲んだ。そして、零れた砂を掃除するかと思って、作業場に戻ると、
零れた砂たちの姿が、掃除したわけでも無いのにきれいさっぱり消えてしまっていた。
僕はちらりと砂時計に目をやった。すると、なんと砂時計の砂の量が修復前に比べて増えた気がしたのだ。
はて?これはなんだろう。と思ったものの、コイツの修復で疲れていたので、隣にあるベッドで仮眠をとることにした。
6時間後、僕は気分爽快で起きた訳だが、どういうわけか砂時計の砂がまた増えていた。
これは気の所為ではなかった。なぜなら、眠る直前は砂時計の真ん中で止まっていた砂の頂点が、起きた時には、砂時計の天辺と触れ合っていたから。
はて、どうしたものかと今度は真面目に思うことにした。コイツの製造者に聞こうと思ったが、貰った当時はともかく、今はだいぶ時間が経ってしまったし、生きていないのではないかと思ったので、聞くのを辞めた。そんなこんなで、だいぶ長い時間悩んでいたことに気がつき、そして仕事の時間が近付きつつあるのに気がついた。
コイツの修理をどうするかはまた明日決めよう。と思ったので、とりあえず砂がだいぶ増えてしまったコイツをひっくり返し、家を出た。
その時だった。
玄関の扉を閉じたと同時にアイツの割れた声が聞こえたのは。
すぐさま僕は作業場に戻ることにした。思い出してしまったからだ。
アイツは、アレは、砂時計などではなかった。
人だったのだ。あの子は女の子だった。
作業場に戻ると、部屋中が砂だらけになっていた。ただ、僕の視点からちょっと違っていた。
僕が砂と思っていたそれは、彼女の血液であり、
僕が硝子だと思っていたそれは、彼女の肉体だった。
僕は彼女が血を吐く度に看病していたし、応急処置をしっかりしていたんだと思う。ただ、彼女の身体は、僕がなおすよりも壊れる方が速かったに過ぎなかった。だから砂時計はとめどなく増え続ける砂たちのプレッシャーに耐えきれずに割れてしまった。
これでまた僕は時間を1つ失ってしまった。
製造者の時間も気づいたら消えていた。
彼女との時間もこれで消えた。
僕の時間もいつかは彼らみたいに消えるのだろうか。
そんなことを考えていたら、僕の視界が急におかしくなった。まず、身体を動かすことが出来なくなった。柱に縛りつけられているような感覚だった。
そして、コルセットを装着されたような腰の締めつけが起こった。上を見上げることが出来ず、下を見ることも出来ない、ただ真っ直ぐ見つめるだけの僕。
そんな僕を眺める一人の男がいた。
そいつは僕に似た雰囲気を持ち、双子のいない僕にそっくりな顔して、僕と間違えそうなくらいそっくりな声をしていた。
僕は思わず笑ってしまった。
家族の居なくなった僕を看取ってくれるのが、僕にそっくりな男になったのが、何だか嬉しかったからである。
おかげで、僕も楽しい思い出を作りながら死んでいけそうだった。
ただ、ちょっと砂がこぼれやすいのがこの体の欠陥だったのは、まぁ、ご愛嬌である。
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シンプルに100のお題より,001:始まり