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 病院のベッドの上で、私は窓の外の風景を眺めていた。近くにはいくつもの建物が建っており、道路には多数の人たちが歩いている。それなりに都会な光景。人々の生活を上から覗くと言うのは、どうにも不思議な気分になるものだ。特に、病院などと言う異世界にいる間は、その意識も大きくなる。まるで、世界から取り残されているかのような。

 あの事件の後、私はこの病院に入院した。街中にあるかなり大きな病院だ。私自身の受けた怪我は大したことはなかったのだが、念のための検査入院となった。晶馬くんも、この病院に入院しているらしい。まだ会えてはいないが、そのうち会いに行こうと思っている。私よりも晶馬くんの方がひどい怪我だったので、検査もそのぶん長くなるだろう。早く終わらないだろうか。

 私が目線を病室に戻した時、コンコンと病室のドアが鳴った。誰かへの見舞いだろう。この病室は一般的なものなので、私の他にも患者が何人かいる。誰に見舞いが来ていたとしてもおかしくはない。もっとも、他の患者はいつもカーテンで締め切っているような人たちばかりなので、他人と交流することがあるのか謎なのだが。

 ゆっくりとドアが開いた。先頭には白い服を着た看護師さんだった。

 「どうぞお入りください!」

 妙に威勢の良い声に促されて入って来たのは、意外な人物だった。

 「お父さん。」

 「理衣。」

 お母さんは何度か来ているが、お父さんが来るのは初めてだった。入って来たはいいが、お父さんは目を泳がせている。どう話を切り出したら良いのかわからないのだろう。だが、それは私の方も同じだ。気まずい沈黙が流れる。

 それを破ったのは、意外にもお父さんの方だった。

 「無事でよかった。」

 ポロリと言葉が溢れてしまった、そんな感じだった。

 「うん。ちょっと顔が腫れちゃったけどね。」

 「見せてみろ。」

 お父さんは私の顔に手を添えると、まじまじと観察した。

 「大丈夫だよ? 本当に。」

 「いや、そうはいかん。」

 お父さんは私から離れると(ちょっとホッとした)今までに聞いたことのない低い声でそう言った。

 「え?」

 「則本といったか、その男。私は絶対に許さない。娘を傷つけられて、黙っていられるか!」

 私はその時初めて気づいた。ああ、お父さんは怒っているのだ。私のことを心配し、私のために怒ってくれているのだ。それは本来、喜ばしいことだったのかもしれない。家族一丸となり敵に立ち向かう、理想的なシチュエーションだったのかもしれない。しかし、今の私には、お父さんの怒りは滑稽だった。

 「何を今更。」

 「理衣?」

 「何なの、いまになって味方面して! 私が一番苦しかった時に、そばにいてくれなかったくせに! 研二くんが亡くなって私が呆然としていた時、何にも声をかけてくれなかったじゃない! 何もしてくれなかったじゃない! 今よりもあの時の方が私、傷ついたんだよ。それなのに、お父さんはかける言葉が思いつかないからって私のことを放っておいたんでしょ? そんな人に今更親みたいな顔されても困る!」

 「理衣……。」

 お父さんはショックを受けた顔をしたが、それも一瞬だけだった。すぐに冷静さを取り戻し、私に頭を下げた。

 「その通りだ。お父さんはダメな父親だ。すまん。」

 「……やめて、謝って欲しいんじゃない。私はそんなの望んでいない!」

 「そうだよな。ごめんな。」

 それきりお父さんは喋らなくなってしまった。私も何を言ったららいいのかわからなくなってしまった。お父さんは私に背を向けている。またしても、気まずい沈黙、それも、さっきの比ではなかった。

 私だって、お父さんと喧嘩したいわけではない。お父さんが毎日仕事で頑張っていることは理解しているし、いいところのたくさんある人だということもわかっている。ただ、引くに引けないだけだ。

 沈黙を破ったのは、またしてもお父さんだった。

 「……昔から、苦手なんだ。言葉にするってことが。」

 「知ってる。」

 「お母さんにも、昔からよく怒られたもんだ。」

 「それも聞いたことある。」

 「確かに理衣の言う通りだ。今回は怒りの矛先がはっきりしているから、言葉にしやすかった。研二くんの時は、何も言葉が浮かばなかった。」

 「うん。」

 「いつもいつもこんな感じなんだ。大事にしているはずなのに、それを行動に移せていない。自分なりに頑張ってみても、空回りするばかり。」

 お父さんはこちらへ振り返った。

 「なあ、理衣。お父さん、どうしたらいいかなあ。」

 その声は、あまりにも情けないものだった。そして、私にとっては意外な言葉でもあった。

 「何よそれ、入院している娘に聞くこと?」

 「いや、本当にそうだな、すまん。」

 「だから謝らなくていいってば。」

 私の父に対する評価は、事実と少し食い違っていたようだ。

 「お父さんも悩んでるってわかっただけでも進歩だし。」

 もしかしたら、お父さんは自分を全て肯定しているのではないか、私に手を差し伸べなかったことすら正しいと思っているのではないか、私のことを愛していないのではないか、そう考えると、恐ろしかった。実際には、そんなことはなかったのだ。

 「前に大学の先輩に言ってもらったんだ。私は立ち止まってなんていないって。お父さんもそうなんでしょ?」

 そう言って見上げたお父さんの顔は、少し苦々しく、そして確かに笑っていた。

 私たちが微妙な笑みを浮かべあっている間に、再びドアがノックされた。

 「理衣、来たわよ。」

 今度はお母さんだった。もう何度か来ているので、病室にも慣れたものだ。

 「あらあなた、来ていたのね。」

 「ああ、やっと時間が取れたからな。」

 「そう。それで何を話していたの? 二人とも変な顔で笑っていたけど。」

 「……何でもない。」

 お父さんは気恥ずかしそうに顔を背けてしまった。お母さんはそれを見て、首を傾げながらこっちに視線を向けた。

 「何これ?」

 「大したことじゃないよ。ただ、お父さんももっと頑張らないとねって話。」

 「何それ。」

 お母さんは笑いながらまたお父さんの方を向いた。お父さんはまだ顔を背けたままだ。だが、お母さんは何か感づいたらしい。

 「まあいいわ。二人で話ができたのなら、それで。」

 満足そうに頷きながら、お母さんはそう言った。あまり表には出さないが、きっとお母さんも私とお父さんとの微妙な関係を心配していたのだろう。

 「それじゃあ、お父さんはそろそろ戻る。」

 「あら、そうなの? じゃあ私も行こうかしら。理衣、大丈夫?」

 「うん、大丈夫だよ。」

 こうして二人は帰っていった。急に静かになった病室で、私はベッドに寝転んだ。


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