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家に帰ってしばらくすると、晶馬くんからSNSに連絡が来ていた。
「近いうちに、会える日はありませんか?」
私もすぐに返事した。
「日曜日なら空いているよ。どこか行きたいところがあるの?」
「はい。実は町外れの丘に行ってみたくて。」
町外れの丘? そう言えば、さっきも話題に上ったような気がする。
「『星見の丘』って言って、UFOがよく飛んでくる場所だそうです。どうですか?」
「そこなら私も知っている。行ったことはないけど、興味はある。だけど、いいの?」
「?」
「私はUFOを待っているだけでも楽しめるけど。晶馬くんはそうじゃないでしょう? 無理に私の趣味に合わせなくてもいいんだよ?」
しばらく、返信は帰ってこなかった。私は宿題をすませるとお風呂に入り、寝る準備をし始めた。ベッドに入ったその時、スマホが震えた。
「最近僕もオカルトに興味を持つようになりました。だから大丈夫です。」
私には、何が大丈夫なのか全くわからなかった。何となくだが、この発言は嘘のような気がしてならない。
「では、日曜日の夜八時に駅に集合でお願いします。」
「わかった。」
それにしても、UFO探しか。高校の時以来である。また行う日が来るなんて、思いもよらなかった。高校の時のオカルトサークルでは、本気でやっている子はほとんどいなかった。その中では、私は真面目にやっていた方だろう。本当にUFOがいるのかはわからないが、いたらいいなとは思っている。日曜日の夜八時か。そんな時間から高校生と遊びに行くのもどうかと思わないではないが、まあいいだろう。
私はスマホを投げ出すと、そのまま目を閉じた。晶馬くんと付き合うようになってから、一度も悪夢を見ていない。研二くんがそばにいると知ったからだろう。きっと今日も良い夢が見られるはず。
眠くなるまでに、時間はかからなかった。私の意識は、そのまま闇へと落ちていった。
日曜日の午後七時四十分、私が駅前に到着した時には、晶馬くんはすでにやってきていた。大きなリュックサックを背負っている。
「おまたせ。晶馬くん。」
「理衣さん。そんなに待っていないですよ。」
この時間にすでに来ているということは、最低でも二十分待つ覚悟があるということである。この子との待ち合わせには、気持ち早く臨んだ方が良さそうだ。
「……あの。」
「何?」
晶馬くんは何か言いたそうな顔をしている。どうしたのだろうか。
「その服、似合っていますね。」
「へっ? ああ、うん。ありがとう。」
今日はデートと言ってもUFO探しが主なので、あまりおしゃれには気を使っては来なかった。初夏とはいえ、夜は冷える。おしゃれな服なんて着ていたら、寒さで体調を崩してしまう。なので、彼に服装を褒められたのは完全に予想外だった。彼の方も、自らの行動の違和感に気付いたのだろう。おずおずと口を開いた。
「……すいません。デートの時は相手の服装を褒めるものだってネットで見まして……。」
「ああ、そういうこと。別に良いよ。褒められて悪い気はしないし。だけど、気をつけた方がいいよ。取って付けた褒め方だと、機嫌を悪くする人もいるからね。」
「はい。気をつけます。」
晶馬くんは、神妙な面持ちで頷いている。なんて真面目な子なのだろうか。
「じゃ、行こうか。」
「はい。」
私たちが駅の改札に向かって歩き出した、その時だった。視界の隅に、何かを捉えたような気がした。
「ん?」
私は振り返って辺りを見回した。眼に映るのは帰宅するサラリーマンやOLの姿のみで、特に怪しいものはない。
「どうかしましたか?」
「ううん。何か見えたような気がしたんだけど、私の気のせいみたい。」
私は軽く頭を振ると、再び改札に向かって歩き始めた。
電車に乗ること数十分、私たちは目的の駅に到着した。無人駅であり、降りる人はほとんどいない。周りには草木が生い茂っており、随分と田舎であるようだ。
「すごいですね。なんというか、静かです。」
晶馬くんの言う通りだ。辺りには建物も見えず、動くものの気配が感じられない。まるで、別の世界に迷い込んでしまったかのようだ。
別の世界か。私は苦笑いを浮かべた。そうだ、あの日も同じように思ったんだ。まるで異世界、と。その非日常はただの印象だけでは終わらず、私にとって最悪の形で現実のものとなった。だからだろうか、同じ印象を覚えると体が警戒モードに入るような気がする。
落ち着け、私。あの日はいつも通る道がまるで違うもののように思えたのだ。今日とは違う。今日のは実際に辺鄙な場所なのだから、別世界のように思えたっておかしくはないのだ。むしろ、多くの人が私と同じような印象を覚えるだろう。
「理衣さん、どうかしましたか?」
「ううん。何でもない。行こうか。」
「はい。」
目的地の丘は、ここから十五分ほど歩いた先にある。事前に調べたので間違いはない。ある程度舗装されてはいるが、多少険しい道のりであることにも間違いはない。
「俺、夜にこういう道を通るの初めてかもしれない。」
「オカルトに傾倒するとこういうことも多いよ。やっぱり、自分で確かめに行きたくなるからね。」
道が上り坂になる。そんなに急な斜面ではないが、暗いからか歩きにくい。一応、赤いフィルムを貼った懐中電灯はつけているのだが。
「あれ? あそこ、何だか光っていますよ。」
そう言われて顔を上げると、確かに光るものがある。だが、残念ながらUFOではなさそうだ。
「自動販売機かな。何でこんなところにあるんだろう。」
近づいて行くと、それはやはり自動販売機だった。周りには虫が張り付いており、見たことのないような謎の飲み物が揃っている。ここで買うのには勇気がいるな。地元の人は、ここで買うことがあるのだろうか。
「飲み物は持って来ているし、買わなくていいね。」
私たちは再び坂を登り始めた。目的地はもうすぐそこだ。この日のために、埃をかぶっていたカメラをわざわざ持って来たのだ。何かそれらしいものが撮れるといいのだが。
「そろそろ、ですかね。」
晶馬くんが後ろから声をかける。少し息が上がっているようだ。
「もうすぐだよ。それより大丈夫?」
「大丈夫、です。すみません、あんまり体力のある方じゃなくて。」
「謝らなくてもいいよ。……やっぱり、心臓の病気のせい?」
「そうですね。これでも昔よりは遥かにマシになったんですよ。手術の前は、体育の授業もNGでした。それが今じゃ、少しだけならスポーツも許可されているんです。」
「へえ、何のスポーツをやっているの?」
「野球です。と言っても本当にちょっとだけですけど。バットとグローブを買ってもらって、遊んでいるくらいです。」
「充分だよ。頑張っているんだね。」
「そう言ってもらえると、嬉しいです。まさかこんな山道を登れるようになるなんて、思ってもみなかった。これもスポーツのおかげかな。」
「辛くなったら言ってね。いつでも休憩を取るから。」
「はい。」
あまり無理はさせられないな。そもそも、事前に確認を取るべきだった。私が大人なのだから、そういうところはケアしてあげないと。
考えてみると、そんなに体力がないのに、初めて出会った日は私を負ぶって帰ってくれたのか。大人の面目丸つぶれである。私は小さくため息をついた。
それからさらに進んで行くこと数分、目の前が、突然開けた。
「着き、ましたか。」
「うん。ここが『星見の丘』だね。」
そこは、名前負けのしない場所であった。辺りに光源がほとんどなく、見上げると満天の星空が広がっている。天の川まではっきり見える星空なんて、今までに見たことがない。逆に、見下ろせば集落があるはずなのだが、そちらはほとんど見えない。おそらく、どの家もすでに消灯しているのだろう。現代社会に存在しているとは思えない場所だった。
「あれ、あっちに誰かいませんか?」
「えっ?」
こんなところに、私たち以外の人が訪れているとは考えづらいのだが……。しかし、目を凝らしてみると、確かに誰かがいる。それも、私たちに向かって手を振っているようだ。
「誰でしょう。」
「もしかして……。」
私の予想は的中した。近づいてくる顔は、見覚えのあるものだった。
「理衣、どうしてここに?」
「紗南こそ、来るのは来週って言ってなかった?」
「そのつもりだったんだけど、予定が少し変わっちゃって。」
そこにいたのは、紗南と関本先輩だった。二人とも、怪訝な顔でこちらの顔を見つめている。
「まさか綾瀬さんに会うとは思わなかったよ。本当に、どうしたんだい? そっちの男の子は?」
「ええっと、私もUFO観測に来たんですけど。この子は、弟です。」
私は咄嗟に嘘をついた。本当のことを言うわけにはいかない。晶馬くんに目配せをすると、彼も動揺しながら口を開いた。
「弟の晶馬です。ええと。」
「晶馬くん、こちらは私の所属するオカルトサークルのメンバーで香月紗南と関本卓先輩。二人ともUFO観測に来てる。ですよね?」
「そうだよ。やっぱり、君達二人も?」
「はい。UFOを探しながら星でも見ようかと。」
「そうか、なるほど……。君が弟くんか、榊のやつが話していたよ。」
それは当然、あの飲み会の夜のことだろう。
「榊先輩は、なんて?」
「突然弟くんが現れて、心底驚いたと言っていたな。」
関本先輩はそうとしか言わなかったが、実際はもっと色々言っていたのではないだろうか。晶馬くんの予想通り私を持ち帰ろうとしていたのならば、「邪魔しやがって」くらいのことは言っていそうだ。
「理衣に弟がいたなんて、初耳だよ。」
「そりゃあね。わざわざ家族構成なんて話さないでしょ。」
それもそうか、と紗南は頷いた。私は心の中で、ホッと胸をなでおろした。どうやら誤魔化すことができたようだ。
「オカルトサークルのメンバーさんですか。姉がお世話になっております。」
晶馬くんがぺこりとお辞儀をする。それを見て、二人も軽く頭を下げた。
「いやいや、こちらこそ綾瀬さんにはお世話になっているよ。」
「うん。私たちが付き合っているのも、理衣のおかげだし。」
「そうなんですか?」
「いいよもう、その話は。」
私はそう言ったのだが、紗南は止まらない。
「何てったってキューピット綾瀬だからね。」
「何ですか、それ。」
「俺もその呼び名は初めて聞くな。」
この子、最近私を怒らせたことをもう忘れているのだろうか。私は紗南を軽く睨みつけた。
「それもやめてって言っているでしょ。」
「でもでも、キューピットなのは本当なんだよ。私たちだけじゃなくて、城戸くんと栗栖先輩のところも理衣が成就させたんだから。」
「そうなのかい? それも初耳だ。」
「別に、私は何もしてませんよ。紗南、これ以上はさすがに——。」
「てへっ、ごめんなさい。」
紗南は舌を出して謝罪する。こういう動作が様になる人間はそういない。紗南はある意味、選ばれた人間だ。
「まあとにかく、俺たちは両方ともUFO観測に来たわけだ。せっかくだし、協力して行うのはどうだろうか。」
「それは構いませんけど。ねえ、晶馬くん。」
「はい。」
晶馬くんの声がいつもより硬い。突然現れた二人に緊張しているらしい。
「もっとも、協力と言ってもみんなで空を見上げるだけなんだけどな。」
「あ、俺、望遠鏡を持って来ました。星も見れますよ。」
「それはいい。俺たちも覗かせてもらっていいかい?」
「いいですよ。」
和やかな雰囲気。しかし今日はごまかせても今後どうなるかはわからない。一抹の不安を覚えつつ、私たちのUFO観測は始まった。




