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 「研二くん。」

 そう言った自分の言葉で、目が覚めた。目尻には涙が流れている。ああ、また彼の夢を見た。どれだけ夢の前半が幸せなものであっても、結局私は後悔するのだ。

 私はゆっくりと目を開いた。そこにあったのは、見慣れない天井だった。

 「ここは、どこ?」

 私はそう呟くと、体を起こそうとした。その時、激痛が頭を走った。

 「うう。」

 これは二日酔いだ。そうだ、私は昨日の飲み会で飲みすぎて、榊先輩に送ってもらおうとして、それで。

 「あ、目が覚めましたか。」

 聞き覚えのある声だった。確か、気を失う直前に聞いた声……。

 「よかった。ずっと眠っているからどうしようかと。」

 「君は……。」

 そこで私は、置かれている状況の異常性にようやく気づいた。見知らぬ場所に、見知らぬ少年。それもこの少年は、私のことを「姉さん」と呼んだ。私には弟も妹もいない。私のことをそう呼ぶ人間は、この世に存在しない。

 私はガバリと身を起こした。かかっていた布団が宙を舞う。頭が痛いなんて言っていられない。

 「君は誰? ここはいったいどこなの?」

 「お、落ち着いてください。全部説明しますから。」

 そう言われても、落ち着いてなどいられない。私は首を左右に振ってあたりを見渡した。殺風景な部屋だった。一通りの家具はあるものの、逆にいえばそれくらいしかない。ドアは私の後ろにある。ここは、少年の家だろうか。

 「ここは、君の家?」

 「そうです。俺の家です。一人暮らし。」

 そう言われて、私は警戒心を強くした。一人暮らしの家なら、なんだってできる。眠っている間に何かされたかもしれない。私は体から離れた布団を引き戻し、体を覆った。今更そんなことをしても意味ないのはわかっている。しかし、少しでも自分の身を守りたかった。

 「そんなに警戒しないでください。何もしていませんから。」

 「そんなことを言われても、信用できない。」

 「そんな、困ったな。何もしていないことを証明なんてできないですよ。」

 私は立ち上がろうとした。しかし、又しても強烈な頭痛が走り、私はうずくまった。

 「うう。」

 「ああ、無理しないでください。今お水を持ってきますから。」

 「いい、いらない。それよりも説明して、どうして私はここにいるの?」

 少年は台所に向かおうか逡巡したようだが、結局こちらに顔を向けた。

 「わかりました。説明します。ええと、どこから話せばいいのかな。とりあえず昨日のことですが。」

 少年は私の前に正座した。随分と礼儀正しく見える。

 「理衣さんはあの男に持ち帰られそうになっていたんです。だからそれを阻止しようと思って。」

 「はあ?」

 意味がわからない。確かに私はあの時も身の危険を感じていた。榊先輩の前で隙を見せすぎたことは大きな反省点だ。だが、それとこの少年と一体なんの関係があると言うのか。それに、どうして私の名前を知っているのだ。

 私は、その疑問をストレートにぶつけてみることにした。

 「だとしても、君に一体なんの関係があるって言うの? そもそも本当に先輩が私とそう言うことをしようとしていたかなんてわからないじゃない。」

 「いや、あの人は絶対そのつもりでしたよ。理衣さんは酔っていてわからなかったかもしれないけど、俺はあいつの顔をはっきり見たんです。めちゃくちゃいやらしい顔をしていました。」

 「もしそうだとしても、君が割って入る理由にはならない。」

 「そんなことはないです。」

 「じゃあ、どんな理由があったって言うの。」

 少年は一瞬黙り込んだが、何かを決意したのか、私の目を見つめながら言った。

 「守らなきゃいけないって、思ったんです。」

 「守る? 私を?」

 「そうです。だって理衣さんにはそんなつもりはなかったわけでしょう?」

 「そんなの決めつけじゃない。もしも私が先輩のことをいいなと思っていたら、君は私の邪魔をしたことになる。」

 言いながら、私はぼんやりと考えていた。私はこんな子供に一体何を話しているんだろうか。

 「でも、そうじゃないんでしょう?」 

 「だから、どうして君がそんなことをわかるって言うの?」

 「それは……。理衣さんを見た時、わかったんです。直感的に、このままじゃいけないって。」

 「話にならない。」

 私はゆっくりと立ち上がった。頭はまだ痛むが、やはりそんなことを言っていられる状況ではない。私は踵を返すと、ドアに向かって歩き始めた。

 「守ろうとしてくれたことには感謝するよ。だけど、これ以上付き合っていられない。」

 どうして私のことを知っているのかとか、聞きたいことはたくさんあったが、それよりも早くここから出たかった。私はそのままドアの鍵に手をかけようとした。

 「待ってください!」

 少年は慌てているようだ。声に焦りの色が見える。

 「だめです! まだ話したいことがたくさん——。」

 私は無視をしてドアを開いた。

 「俺の心臓は、森下研二さんのものなんです!」

 その名前を聞いた途端、私の体は硬直した。研二くんの、心臓?

 「話を、聞いてくれませんか?」

 私はゆっくりと振り返った。どうやら、聞かなければならないらしい。


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