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 「ほらほら、そんなに悔しそうな顔をしないで。次があるんだから。今度は診察室みたいだよ。」

 理衣に言われて前を見ると、確かに診察室であった。医者様と患者様の椅子が向かい合うように置かれている。デスクには患者のカルテだろうか、書類が無造作に置かれている。部屋の奥の左側には、またドアがある。あそこまでいけばいいのか。

 「よ、よーし。行こう。」

 俺は理衣の手を握りなおすと、ドアに向かって歩き始めた。今度は何が起きるのだろうか。また霊に追われるのだろうか。そう考えるだけで、足が震えてくる。これはいけない。とにかく、今はドアに集中しよう。

 ゆっくりと、とにかくゆっくりと歩みを進める。ドアまでは三メートルもないだろう。右側には患者の座る椅子。あまり近づきたくはないが、横を通り抜ける以外に道はない。今度は、何が起こる? いや、これもブラフなのか? 

 椅子の横を通り過ぎようとした、その時だった。右側からバタバタと何かが崩れるような音。

 「ひっ!」

 急いで振り向こうとしたせいで、首を痛めそうになる。

 「何だ?」

 「カルテが落ちただけだよ。」

 見ると、確かに机の上からカルテが何枚か落ちていた。のぞいて見ると、どうやらこのカルテの患者は子供だったらしい。何が書いてあるかはよくわからないが、おそらくモニターで説明していた感染症だったのだろう。

 「だけど、なんで急に落ちたんだ?」

 常識的に考えれば、机に何か仕掛けがあって人が通りかかると落ちるようになっていたのだろう。しかし、デスクを見ても、そんな仕掛けは見当たらない。うまく隠してあるのか、それとも。

 「本物の霊の仕業かな! ポルターガイストだ!」

 理衣が実に嬉しそうにささやく。いや、そんなまさか。だが、ありえないとも言い切れない雰囲気が、確かにここにはある。

 「……行こう。」

 「うん!」

 まだ何か起こるかもしれない。そう考えて俺は慎重にドアを開いたが、特に何も起こらなかった。診療室の外は、再び廊下だった。右側にはドアが一つ。奥には二階に続く階段が見える。

 「あそこを登っていくんだな。」

 「そうみたいだね。」

 俺たちは階段に向かって歩き始めた。その距離は十数メートルと言ったところか。点滅する電灯に、視界が歪む。心が重くなる。思わず立ち止まりそうになるが、俺は何とか耐えた。こんなところで立ち止まったって何にもならない。とにかく今は、先に進まなければ。

 「オオオオウウ。」

 数メートルほど進んだ時だった。後方から聞こえてくる唸り声。これは、まさか。

 「また霊だ!」

 先に振り返っていた理衣が歓喜の声をあげた。俺も急いで振り返ると、そこには血まみれの白衣を着た女性の霊が立っていた。どうやら看護師の霊のようだ。

 「ウアアア!」

 俺と目があった途端、霊は大声をあげてこちらに向かって走り出した。

 「マジかよ!」

 決して素早いとは言えないものの、走ってくる霊というのはそれだけで凄まじいインパクトがある。ちんたら歩いていては、捕まってしまうかもしれない。

 「走るぞ、理衣!」

 俺はそう叫ぶと、理衣の手を引っ張って走り出した。

 「あああ。」

 理衣が名残惜しそうな声を出した。だが今はそれを気にしてはいられない。俺たちは廊下を駆け抜けた。

 「ウオオオオ!」

 後ろから霊の声が響く。廊下中を反響しているため、どれだけ引き離したのかよくわからない。だが、階段はもうすぐだ。捕まることはないはず……。

 「ウウウウ。」

 後方の霊にばかり気を取られていたのがいけなかった。俺は廊下の右側のドアのことを完全に失念していた。俺たちがドアの横を通りがかったその瞬間、ドアが開き、中からもう一体の霊が現れたのだ。

 「うわあ!」

 正直に言おう。腰が抜けるかと思った。突然ドアが開いただけでも驚くのに、中からまた霊が出てきたのだ。不意打ちにも程がある。

 新しい霊は患者の姿をしていた。そしてこいつも俺たちの方に向かってくる。

 「来るなあ!」

 俺はがむしゃらに走った。頭にあることは二つだけ。とにかく逃げること、そして理衣の手を離さないこと。それ以外は、何もかも抜け落ちていた。

 

 その後のことは、あまりよく憶えていない。確か階段を登って二階を進んで、また階段を登って三回に向かったはずである。とにかく何度も叫んだような気がするのだが、細かい仕掛けは頭に残っていない。よほど怖かったのだろう。

 理衣はというと、終始笑顔であった。

 「あの中に、どれだけ本物の霊がいたのかなあ!」

 これが、お化け屋敷から出た後の理衣の第一声である。一体もいないと言い切れないのが恐ろしい。俺はというと、引きつった笑顔を作るので精一杯であった。

 「まだ時間はあるよね。次はどこに行こうか。」


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