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 時刻は十二時直前。俺たちはパラソル付きのテーブル席に座っていた。俺はカレーライスを、理衣はホットドッグを食べている。

 「このカレーライス、あんまり辛くないや。」

 「そうなの? 子供向けなのかな。」

 ありそうな話である。この遊園地は、子供でも楽しめるアトラクションも多い。料理が子供向けの味付けになっていてもおかしくはない。

 「ホットドッグはどう? 美味しい?」

 「うん。美味しいよ。すっごく普通の味付けだけど。」

 見るに、なかなか大きなソーセージが入っていて、ボリュームは満点だ。俺もそっちにした方が良かったかもしれない。

 「一口食べる?」

 「え?」

 それってもしかして、間接キスというのでは?

 「いいよいいよ、悪いし。」

 「大丈夫だよ。一口くらい。」

 そんな。確かに俺たちは付き合っているし、キスぐらいしたこともある。だけどこんな公衆の面前で、そんな行為を晒してしまってもいいのだろうか。

 「はい。あーん。」

 理衣が差し出したのは、口をつけた方とは反対の端だった。そりゃそうだ。俺は一体何を舞い上がっていたのだろうか。

 俺は大きく口を開けて、理衣が差し出したホットドッグを頬張った。ソーセージの肉汁が口の中いっぱいに広がる。ジューシーとはこう言うことを言うのだろう。それに、パンも負けていない。しっかりとソーセージに味を受けとめている。なるほど、確かに味付け自体はよくあるものだが、かなりうまい。

 「美味しい?」

 俺は大きく頷いた。

 「そう、よかった。」

 理衣は微笑みながら再びホットドッグを齧り始めた。その時俺は気づいた。このままいけば俺が口をつけた部分も理衣は食べるだろう。それって、やっぱり間接キスじゃないか! これで今日何回目だろうか、顔が赤くなるのは。

 「ふふふ。」

 そんな俺を見て、理衣は楽しげに笑っていた。もしかして、理衣は全てわかった上でやっていたのだろうか。俺は理衣の掌の上で転がされていた? 

 そんな俺の疑念をよそに、理衣はホットドッグを食べ進めていく。そして遂に、俺が口をつけた部分にまでやってきた。俺の視線は、自然と彼女の手の先に注がれる。理衣はチラリと俺の方を見た後、ホットドックの残りに齧り付いた。

 「あ。」

 思わず小さな声が漏れた。

 「なあに? 研二くん。」

 「いや、何でもない。」

 俺は理衣から目をそらすと、慌ててそう応えた。


 「そろそろ、お化け屋敷に行こうか。」

 俺は椅子から立ち上がった。しかし。

 「あ、ちょっと待って。」

 理衣はそう言いながら、カバンから何かを取り出した。それは、朝も見たメモ帳であった。

 「これに、今日起きたことを書いてしまいたいな。」

 俺はそのメモ帳を見つめた。そして深く頷いた。

 「うん、わかった。時間はたっぷりある。急がなくてもいいからね。」

 そう言って椅子に座りなおす。理衣は座ったまま、メモ帳に熱中していた。おそらく、今朝のことや、ジェットコースターやコーヒーカップのことなどについて書いているのだろう。理衣の記録を残すために。初めのうちは、俺はそんな彼女をなかなか直視できなかった。しかし最近は、そうでもなくなってきた。俺自身の覚悟が固まったからだと、自分では考えている。理衣を幸せにするという、ただ一つの目的を見出したから、俺はもう諦めたりはしないのだ。

 「よし、書けた!」

 「うん、それじゃ行こうか。」

 「うん!」

 俺たちはテーブル席から立ち上がると、お化け屋敷の方へと歩き始めた。

 「ここのお化け屋敷は日本で最も怖いお化け屋敷の一つと言われていて、その方面のマニアにはメッカと言ってもいいものになっているの。内容はね、廃病院の中に二人で入っていって、中で発生する様々なイベントを体感するんだ。」

 理衣が早口になってきた。興奮しているのだろう。オタク気質の人は得てしてこうなることが多い。

 「私としては、〇〇ランドの最恐××屋敷とかもすごく良かったんだけど。ここのお化け屋敷——『戦慄病棟』っていうんだけど——こっちの方が好きかな。王道の良さって言うのかな。真正面から恐怖を叩き込めれる感じ? それが病みつきになるんだよね。しかもリニューアルしたときては、行かざるを得ないよ。」

 理衣が振り向いた。そこには会心の笑顔があった。

 「ね!」

 思わず俺も勢いで頷いていた。そんな俺に満足したのか、理衣も頷いて前へと向き直った。

 実際のところ、俺はお化け屋敷も得意ではない。人並みはずれてとか特異なとか言われるほどでは決してなく、あくまで常識的な範疇での話ではあるのだが、ここのお化け屋敷にはそんなわずかな違いなんて何の関係もない。とにかく怖いのだ。

 俺たちはお化け屋敷——『戦慄病棟』の前まで辿り着いた。そこにあったのは、本物なんじゃないかと思ってしまうほどリアルな廃病院であった。高さは三階建で、大病院とは言わないまでも、そこそこの大きさを誇っている。元々は白かったであろう壁には黒いシミが多数散見され、門にかけられた看板は一部を残して腐り落ちてしまっている。その佇まいには入るのを躊躇わせる威圧感があった。この時点で相当恐ろしいと言うのに、中から頻繁に悲鳴が聞こえてくるものだからたまったものじゃない。

 立ち止まった俺の手を、理衣が引っ張る。

 「入るよ、研二くん。」

 「あ、ああ。」

 我に返った俺は、病院の入り口へと歩き始めた。

 病院の中には、お化け屋敷としての受付と、大きなモニターがあった。受付の方は病院のものとそっくりだ。

 「かつて謎の感染症により多数の死者を出した〇〇病院。廃院となってしばらく経つものの、未だに患者の悲鳴が聞こえてくるという……。」

 モニターには『戦慄病棟』の下地となる物語が映し出されていた。

 「こういう設定のしっかりしたお化け屋敷、大好き。」

 理衣が興奮気味で喋り出す。

 「霊ってね、それについて話をすると寄ってくるの。だからこういう本格的なお化け屋敷には、本物の霊も集まって来やすいんだよ。」

 恐ろしいことを言ってくれる。こっちは必死に作り物だと自分に言い聞かせていると言うのに。

 「ようこそ、『戦慄病棟』へ。」

 受付では女性が笑顔で迎えてくれた。しかし、薄暗い中ではその笑顔さえも恐ろしいものに見える。すぐそばに入り口と思われる扉があるのもその一因だろう。ボロボロで今にも倒れて来そうな扉だ。

 「こちらでは霊の力を抑えることのできるお守りもございますが、購入されますか?」

 「いえ、結構です。」

 即答する理衣。俺としては是非とも欲しいのだが。

 「記念に買っておかない?」

 「それで怖くなくなったら本末転倒だもん。」

 そう言われてしまっては反論の余地がない。俺は早々に諦めることにした。

 「それでは、こちらが入り口です。どうぞお楽しみください。」

 ぎいと耳障りな音が響き、扉がゆっくりと開いた。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。ここで怯んではいけない。理衣にこれ以上格好悪いところは見せられない。俺がびびっているのはバレているだろうが、それでも俺にだって彼氏としての意地がある。理衣よりも前を歩かなくては。俺は一歩を踏み出した。理衣もすぐ後をついてくる。

 「ふふふ。どこがどう変わったのか、楽しみ。」

 「そうだね。」

 リニューアル前がどうだったか詳しく覚えてはいないのだが、一応話を合わせておく。

 入口を入ってすぐは、廊下が伸びていた。赤いランプがそこかしこについていて、点滅している。明るさはある程度確保されているのだが、如何せん赤い明かりなので周りが見づらい。廊下の途中には無造作に錆びついたストレッチャーが置かれている。誰かを運んだ後なのか、ストレッチャーの上は毛布がかけられていた。

 俺たちはゆっくりと廊下を進む。いくつかの部屋の入口を、とりあえず通り過ぎていく。鼻をつく消毒用のアルコールの匂い。まるで本物の廃病院ではないか。

 「そう、本物の廃病院を使っているっていう噂もあるんだよ。」

 理衣が耳元で囁く。普段は天使のような彼女の声も、ここでは勝手が違う。どうして彼女の声を聞いて震え上らなければならないのか。この時点でお化け屋敷というのは理不尽極まりない。

 廊下は途中に積み重なったストレッチャーが置いてあり、先に進むことができなくなっていた。

 「つまり、今までスルーしていた部屋に入らないといけないわけだね。」

 理衣は俺の手を引っ張ると、すぐ近くのドアを開けようとした。すると、ドアは思いの外簡単に開いた。

 部屋の中は、廊下に比べてかなり暗かった。光源がほとんどない。目を凝らして見てみると、そこは病室であった。ベッドが右に三つ、左に二つ置かれており、それら全てに使用された痕跡が残っていた。シーツは乱れ、お菓子のようなものの置かれたベッドもある。右奥のベッドには中途半端にカーテンがかかっている。その中に、一つだけ異常なベッドがあった。左の奥のベッド。それには包帯の巻かれた人間大の何かが横たわっており、拘束用のバンドで締め上げられていた。

 病室から出るには、奥にある扉まで辿り着かなければならない。そしてその扉は、部屋の左奥、つまり異常なベッドの向こう側にあるのだ。

 「ということは……。」

 「あのベッドの近くを通らないといけないね。」

 理衣はやはり興奮気味にそう言うと、俺の手をまた引っ張った。これはいけない。このままでは彼氏としての沽券にかかわる。俺は早足で理衣よりも一歩先に出た。

 「守ってくれるの?」

 「当たり前だろ。」

 本当は、爽やかに滑らかに「当たり前だろ」と言いたかった。しかし実際はと言うと、おそらくこんなものだっただろう。

 「あ、あた、あたりまえだ、だろ……?」

 こんな情けない俺に対して、理衣はどう思っただろう。俺は彼女の顔が見られなかった。呆れられているのではないか。そう考えると恐ろしかった。もしかしたら、霊よりもそちらの方が余程怖かったかもしれない。先を歩けるのは、理衣の表情を確認しなくてもいいと言う意味で、今はありがたかった。

 理衣の握る手の力が少し強くなった。これは、どう言う意味だろうか。

 俺たちは左奥のベッドに近づいていった。これからどうなるかの予想は簡単に立つ。ベッドのすぐ側まで行った時、この包帯まみれの物体が起き上がるのだ。もしかしたら、追いかけてくるかもしれない。俺は脳内でシミュレートする。こいつが立ち上がったら、すぐにドアまで駆け寄って次の部屋に逃げ込もう。大丈夫、ドアまでの距離はほとんどない。少なくとも、捕まるようなことはないはずだ。

 ベッドまで後数メートル。そろりそろりと近づく俺たち。遂にベッドの足までやってきた。しかし、謎の物体は動かない。なるほど、横まで行かないと起きないのか。

 無意味だとわかっていながら、足音を抑えてしまう。理衣はと言うと、そんな俺の後ろを素直について来ている。俺が彼女を守らないといけない。作り物のお化けはともかく、本物の霊がいたら大変だ。

 ドアはもう目の前だ。もうすぐここを出られる。しかし、それは同時に謎の物体まで最も近づくと言うことでもある。絶対起きる、絶対動く。俺はゆっくりと手を伸ばした。ドアの引き手に手が届く。あれ? 何も起きない?

 「ウゥウウウ!」

 突然、後ろから唸り声が聞こえてきた。俺たちは思わず振り返る。男がいる! 患者用のガウンを着て、右奥のベッドの脇からこちらを睨んでいる! 

 「ウオオオオ!」

 男がこちらに歩き始めた。両手を振り上げ、ゆっくりと、しかし大股で近づいてくる。その顔はぐちゃぐちゃに歪んでいる。

 「うわああ!」

 俺の口から悲鳴が漏れ出た。引き手に力を込め、急いでドアを開ける。早く逃げなくては。俺は理衣の手を引いて次の部屋に飛び込むと、急いでドアを閉めた。男はドアの裏側を何回も叩き続ける。それどころか、ドアを開けようと引き手を引っ張ろうとしているようだ。

 「開けさせるものか!」

 俺は全力でドアを押さえた。男の力はそこまでのものではない。このまま粘れば……。

 しばらくすると、男はドアから離れていった。

 「さっきのは、一体……?」

 「すごかったね! きっと感染症で死んだ患者の霊だよ! こんなに早く霊に会えるなんて、やっぱりパワーアップしてる!」

 クソ! 完全にしてやられた。おそらくあの男の霊は、右奥のベッドのカーテンの裏に隠れていたのだ。左奥のベッドに注目させて、意識外から襲う。単純だが、実に効果的な作戦だ。現に、俺は悲鳴をあげてしまった。


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