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魔女と少女の愛した世界  作者: 浅白深也
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第25話 和解

「――――ぐっはああぁぁぁっ!」


「………………は?」

 自分のものではない歪な声音に違和感を抱いて目を開ける。

 目の前には見飽きた青髪男がいた。


「……何をしているんだお前は……」


 ナイフが腹に突き刺さったのだろう、リオールは血を吐きながら汚らしく喘いでいた。


 あの一瞬の間に割って入ったのか。近くにいる気配は微塵もなかったが。


 するともう傷口が再生したらしく、すぐに喘ぎ声は止んだ。「エリシア、危なかったね」と私に向けて格好つけるように微笑み、親指をグッとしてくる。吐き気がするほどうざかったが怒鳴る元気もなかった。


 女魔法使いは驚愕に見開いた目を細め、「貴様……!」とリオールを忌々しげに睨みつけた。次の瞬間飛び退こうとしたが、リオールが手首を掴んでそれを阻止した。


 リオールは自身の腹に突き刺さったナイフを気にも掛けず、飄々とした態度で言った。


「やぁ久しぶりだね、アーシャ。子供の頃はよく俺に突進してきていたけど、まさかナイフを突き立てられる日がくるとは思ってもみなかった、よ!」


 腹からナイフを勢いよく引き抜き、女魔法使いの体勢を崩す。


「エリシア!」


 リオールの掛け声を聞くまえに私は動いていた。最後のチャンスを逃すほど愚かではない。

 女魔法使いの肩を掴んで地面に押し倒し、胴体に馬乗りになる。眼前に手を翳した。


「抵抗するな。まだお前の息の根を止めるだけの魔力は残っている」


 倒れた拍子でフードが取れ、顔が露になった女魔法使い。光の下に照らされた、どこか幼さを残した顔が幼少期の記憶と重なった。


 アーシャは悔しそうに歯を噛み締めていたが、程なくして力を抜いた。


「殺せ。我にはもう何も果たせない」

「裏切り者に命乞いするぐらいなら潔く殺されると? 仕掛けてきたわりには諦めが早いな」

「どうとでも言え。どのみち我に明るい未来などない」

「……そうか。なら、望み通りにし――」

「エリシアちょっとストップストップ!」


 トドメを刺そうとしたとき、不意にリオールが制止声を上げた。

 私は手のひらに集束させていた魔力の流れを止める。何なんだ一体……。


 リオールは近づいてくると、懐から小瓶を取り出して私に渡してきた。小瓶には薄青色の液体が入っている。


「なんだこれは?」

「希少な万能薬だよ。軽症から重症まで使える優れものさ。勿論、人を狂わせる薬の解毒にも」


 その言葉を聞いてアーシャの体がぴくりと反応する。


「前に依頼人に貰ってね。使う機会がなくて依頼所に保存しておいたんだけど、怪我の治療薬にもなるらしいからエリシアにあげるよ」


 リオールは笑顔でそう言う。だったら今渡さずともいいだろう。わざとらしすぎてムカつく。


 私はアーシャを見た。


 アーシャはすぐに私から目を逸らして唇を噛む。喉から手が出るほど欲しそうだが、敵から施しを受ける事に抵抗があるのだろう。

 リオールから貰ったのは私だ。渡してやる義理はない。目の前で破壊して絶望に歪む顔を眺めるのも一興だが。


「薬物に冒された同胞というのはお前の父親の事だろう?」


 アーシャは答えなかったが、一瞬だけ見せた辛そうな表情でそうだと分かった。


 アーシャの父親は、週に一度、人形劇を開いて子供達を楽しませていた。あそこまで巧みに人形を操ってみせた技術は父親譲りだからこそだったわけだ。


 あの腐りきった里が発展するとは思えないし、今でも人間と交流を持つ事が禁止されているのは、こいつの人間に対する態度をみれば分かる。ましてや、たかだか仲間一人の為に人間の町を滅ぼすなぞ、のちに里に危害が及ぶかもしれない愚行を里の者が黙っているはずがない。


「自分の家族のために、里の法を破ったか。人の事を言えないじゃないか」

「両親を手に掛けた貴様と同じにするな! 我は床に臥せった父様の無念を晴らしたくて……」

「その結果がこれか。自分は無様に負けて命を散らし、父親は悶え苦しみながら死ぬ。なるべくしてなったバッドエンド。はじめから自身の過ちを認め、父親を助けるほうに尽力すれば良かったんだ。マヌケとしか言いようがないな」

「……っ」


 口を開いたものの、そこから反論の言葉が出てくることはなかった。こいつ自身も後悔しているのだろう。向こう見ずな性格は昔から変わっていない。


「だがお前の態度次第では、最悪の結末を変えられるかもしれないぞ?」


 万能薬をチラつかせる。


「……我に何をさせようと言うのだ?」アーシャの声には警戒と恐れが含まれていた。


 物騒な事しか考えられない低能さに呆れて私はため息をついた。


「私が求めるものは精神を弄ぶ辱めでもなければ、復讐のための殺人代行でもない。謝罪だ。何か人に迷惑を掛けた時にはごめんなさいだろ。子供でも知っている事だぞ」


 私の返答を意外に思ったらしい、アーシャは少し目を瞠った。そして顔を顰めて躊躇う。ついさっきまで命の奪い合いをしていた相手に謝るのは屈辱だろう。


 しかし他に方法がないと分かっているからアーシャは私から顔を逸らして、


「……………………ごめんなさい」


 耳を澄ましてやっと聞き取れるほど小さな声で言った。

 すごく可笑しかった。


「くくっ、本当に言うとはな」

「き、貴様っ! 我を謀ったな……!」

「お前は昔からバカ正直だからな。まったく、からかい甲斐のあるやつだ」


 一頻り笑ったあと、顔を赤らめたアーシャの額に小瓶を軽く押しつけた。


「これを持って早くこの町から出ていけ。次はない」


 笑いを収めて冷淡に言う。アーシャが呆然と頷いたのを確認したあと体から退いた。


 ゆっくりと立ち上がったアーシャは胸のまえで小瓶を握りしめて何か言いたそうにこちらを見ていたが、やがて身を翻し、町の出入り口のほうへと足早に去っていった。


 アーシャの姿が見えなくなったところで、リオールがウーンと腕を伸ばしながら背伸びした。


「いや~丸く収まってよかったよかった」

「自分の描いた結末どおりで嬉しいか、このお人好しめ」

「たまたまだよ。君こそ、見返りを求めずにタダであげちゃうなんてやーさしっ」

「ふん。あいつを殺すだけの魔力が惜しかっただけだ」


 それに、人形劇は面白かったしな。そう心の中で言葉を付け足した。


「さ。近くで武装の準備を進めている役人さん達が突撃してくるまえに、この場所から離れたほうがいいね。君の手当てもしないと……って、エリシア!?」


 家に帰ろうと足を踏み出した瞬間、酷い立ち眩みに襲われた。同時に張り詰めていた緊張の糸が解けたように、一気に体の力が抜ける。体勢が大きくぐらつき、そのまま地面に倒れた。

 駆け寄ってきたリオールが何事か言ってくるが、その声はだんだんと遠くなり――――


 私の意識は深い暗闇の中に沈んでいった。



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