大蛇討伐です。④
そういえば、俺達が襲われたのも朝だったな。
……太陽はまだ顔を出していないけど、東の空は明るくなってきている。
俺はぴっかぴかに磨き上げた双剣の柄を撫でて、息を吸った。
まだ早い時間の、草の匂いをいっぱいに含んだ少し冷たい空気が肺を満たす。
……うん、負ける気はしない。
「来たよ」
「来るぞ」
ボーザックとスレイが同時に顔を上げる。
二重にしていた五感アップに引っかかった気配が、こっちに向かってくるのがわかった。
俺達がいる場所にはぽっかりと穴が開いていて、中は真っ暗。
ヤンヌバルシャの巣穴の入口になっているらしい。
そこに、昨日の内に狩った魔物の肉を置き、ヤンヌバルシャを待っていたのだ。
シャアンッ!
疾風のディティアと似た音を立てて、スレイが双剣を抜き放つ。
黒い剣と、白い剣だ。
俺がガルニアを攻撃した時にも見ているはずだけど、暗かったから気付かなかった。
「ハルト」
グランが白薔薇の大盾を構え、ひと言。
「ああ。……肉体強化、肉体強化、肉体強化!!」
それに応えて、手の上に練り上げたバフを一気に広げる。
そんな広くする必要は無いけど、リューンに見せてやろうと思ったんだ。
……はっきり言って気に入らない奴だけど、バフを使いたいって言うんだから無下にも出来ないしな。
俺はグラン、ボーザック、ガルニアのバフを上書きすると、そのまま続けてバフを広げた。
「速度アップ、肉体強化!」
ディティアとスレイ、そして自分に。
「持久力アップ、威力アップ、反応速度アップ!」
最初の2つはファルーアだけ、反応速度アップはディティアとスレイ、俺も纏める。
そして。
「フェン!……肉体強化、速度アップ!」
さっとやって来た銀色の風に、バフを呑み込ませた。
それを見ていたリューンが、眼を見開く。
「なん……ええ?」
「ハハハァッ!!お前、それは何だ!?その狼、バフがかかるのか!?そりゃ面白ぇ!俺に狩られるか!?」
「ぐる……」
ガルニアが黒い武骨な大剣を肩に乗せて、フェンを見る。
向けられた殺気にフェンが低く唸ると、その前にボーザックが立った。
「フェンじゃなくて大蛇討伐だから!フェン狩ろうとしたら俺が許さないよ」
「チッ、わかってるって」
「いやお前絶対わかってないだろうよ」
グランが突っ込むと、パン、とファルーアが手を叩く。
「ほら、集中なさい!……来るわ!」
その声と同時に、地面が唸った。
ずごごごっ……ゴバアァッ!!
「シャギャアアァッ!!」
地面から、真っ赤な胴体が物凄い勢いで飛び出してくる。
俺達はそれぞれしっかりと武器を構え、ヤンヌバルシャを囲むようにして陣を敷いていた。
俺はその左眼が生々しい傷跡で塞がれているのを確認する。
間違いなく、この前の奴だ。
「行きます!……はぁあっ!」
最初に攻撃を仕掛けたのはディティア。
ヤンヌバルシャは巣穴から出てこようとしている途中で、首をぐるりと回して彼女の方を向いた。
「シャギャアァ!!」
ぱっかりと大きく開いた口の中には、牙がびっしりと並ぶ。
俺から見たら側面で、バフを呑み込ませるには位置が悪い。
ディティアは風の如く突き出された頭を避けると、同時にその頬の辺りを双剣で切り裂いた。
ガガガガッ……!!
刃はその表皮を斬れずに弾かれる。
「くっ、やっぱり硬い」
ひらりと戻ってくるディティア。
「ふむ……」
スレイがそれを眺め、頷く。
「身体の内側は柔らかいはずだ。1度刺されば何とかなる……」
「そんなの面倒臭ぇ!!叩っ斬ればいいだろう!?……オラアァァッ!!!」
ガルニアが踏み切ると同時に、真っ黒な大剣を振りかぶった。
「ハッハアァー!!」
ズダァン!!
「シャギャア――!!」
やったかに思えたけど、大剣はヤンヌバルシャを切り裂きはしなかった。
しかし、その太い身体が衝撃で一瞬ぐにゃりと曲がる程の衝撃を与えることが出来たようだ。
ぐるぐると蜷局を巻きながら、大蛇はガルニアに吼える。
「すげぇなオイ、これがバフか!?……でかぶつ、待ってろよ、その身体真っ二つにしてやるぜ」
そんなことはお構いなしにガルニアが大剣を構え直し、舌舐めずりをしてみせた。
こいつ、ちゃんと作戦覚えてんのかなあ。
少し不安になる。
ズズズ、と真っ赤な尾の先が出てきて、俺は見た。
漸く巣穴から出きった、大蛇のその全貌。
相当な長さだった。
俺が4人並んだところで届きそうにない。
「行くぞボーザック!」
「おっけぇー!たああぁっ!!」
今度はグランとボーザックが、左右から同時に飛び掛かった。
「うおおおおらああぁっ!!」
大盾を繰り出すグランに、ヤンヌバルシャは胴体をうねらせて自分からぶつかりに行く。
そこに、ボーザックが反対側から白い大剣を……あれは、斬るんじゃなく、突くつもりらしい……突き出した。
ガコオオォォンッ!!
盾とぶつかる胴体はその硬さ故の音を響かせる。
けれど。
ザクリ、と。
ボーザックの大剣の先が、表皮に食い込んだのである。
グランが反対側から盾で押さえたせいで、身体を曲げていなすことが出来なかったんだろう。
「これ、私の出番あるかしら……」
ファルーアが呆れたような声で呟く。
いつの間にか近くに来ていたスレイが、布越しに笑った。
「どうだろうな」
15日分です!
討伐が漸く始まりました。
よろしくお願いします!




