貴方のことは嫌いです。⑥
アマルス達を帰し、俺達は改めてアーマンと支部長と話をした。
「いやいや、お見事です裏ハンター殿」
支部長の声音は思ったよりかっちりしていたけど、黒縁の丸眼鏡の内側に光る翠の眼は慈愛に満ちている。
彼はストールトレンブリッジという名前で……うん、覚えられる気がしない。
「世辞はいらねぇよ。……甘い処罰だろうと思うからな……」
グランはそう言って、自分の両手を開くとまじまじと見た。
「けどな、やっぱりいきなりぶった切るってのは好きじゃねぇ。そいつがどんな悪党かってのにはよるんだろうが」
俺はグランを真似て、そっと手を開く。
たくさん旅してきた手のひらは、そんなに綺麗じゃない。
でも、それは俺にとって悪いことじゃなかった。
この手を、誰かを傷付けるために使いたいわけじゃないんだ。
……うん。
「俺も賛成。この手は……そんなことするためにあるんじゃないって思うから」
口にすると、隣でディティアが笑った。
「ふふ、ハルト君格好良いねぇ」
ふわりと揺れる髪に、俺も笑って、手を伸ばす。
「うんうん、こうやってディティアを撫でたりする方が大事だしな」
「ええっ!?何でそうなるの!?ハルト君!?」
「……ハルト……折角格好良かったのに」
ボーザックがはあー、とため息をつく足元で、フェンも一緒に、ふすーっと鼻を鳴らした。
「何だよ、変なこと言ってないだろ」
堪能していると、ディティアはテーブルに突っ伏して動かなくなってしまった。
「言っているしやっているというか……うう、ハルト君って本当にハルト君だよね」
「全く……ほらハルト。遊ぶのはやめなさい。それで、ストールトレンブリッジ。話を続けましょうか」
ファルーアが額に手をあてて首を振る。
俺は素直にディティアから手を退けた。
恨めしそうなエメラルドグリーンの眼が俺を見上げている。
支部長はストーと呼んでくださいと柔らかく笑うと、話を戻した。
「アーマン隊長から聞いています、ヤンヌバルシャ討伐の仕事を受けてくださるそうですね」
「ああ。詳細が知りたい。ついでに俺達は帝国は初めてでな、知識も無いんで情報があれば教えてくれねぇか」
グランが髭を摩りながら言うと、アーマンが笑った。
「はは、そんな感じはしていたな。……では、我々帝国兵のことも知らないのだろうか」
どうでもいいけど、その兜、屋内では脱いでもいいんじゃないか……?
「ヤルヴィに常駐してる兵は交代制で、今は第五隊、アーマンは隊長だってことは治療所の所長さんが教えてくれたよ」
ボーザックが答えると、アーマンは両手を少し持ち上げて、肩を竦める。
「所長か……彼は気難しくてな、たまに兵が世話になるが……ああ、しかし彼は魔力結晶の研究では優秀な成績を収めているそうだよ」
『…………』
俺達はお互いに目配せをした。
訪れた一瞬の沈黙に、アーマンはどう思ったのか、甲冑の上から髪をかき上げるような仕草をする。
「いや、安心してくれ。腕は本当にいいんだ」
「あ、あぁ、そうか。ならいいが……とりあえず、仕事の話をしちまおう。この国の話は後でも聞けるだろ……ッ!!」
グランが髭を摩りながら取り繕うと、ファルーアが妖艶な笑みを浮かべて言う。
「そうね、まずは目の前のことを片付けたいわ。ヤンヌバルシャの情報、持っているのよね?アーマン」
……あれ、抓られたか踏まれたかだな。
グランはふるふるしながら、頬を引き攣らせて笑っていた。
「……情報はあるが、実はちゃんとした報告は受けていないんだ。で、相談なんだが……彼等を呼んでも?」
アーマンはがしゃり、と音を立ててテーブルに腕を置く。
誰のことかはすぐにわかったけど……。
俺は思わず顔を顰めてしまった。
「……はあ?」
「はは……やはり難しいだろうか」
「……いや、呼ばなきゃならねぇならそうしてくれ。ハルトだってわかってる」
アーマンに、グランが苦笑してみせる。
俺はふんと鼻を鳴らしたけど、情報がいるってことくらいわかってるわけで。
腕を組んで頷くと、支部長が微笑んだのが見えた。
……カナタさんみたいなせいか、ちょっと落ち着かないんだよなぁ……。
******
「大盾、まさか自分から首を持ってくるたぁやるじゃねえか!」
ドカァン!と。
蹴破るかの勢いで部屋に入ってきた巨軀に、俺は思わず身を硬くした。
現れたのは、エニルを斬り伏せた大剣使い、ガルニアと呼ばれた男だった。
「うるせぇよ……寧ろお前が来たんだろうが……」
呆れたグランが手をしっしっ、と振りながら呟くと、聞こえたのか聞こえてないのか、大男は凶悪な顔で嗤ってみせる。
今日は長めの茶色い髪を後ろに撫でつけていて、黒い鎧すら脱いでいるが……シャツから覗く胸板は恐ろしくムキムキだ。
ぎらぎらした紅い眼も健在だったけど、グランは真っ向からガルニアを見ていた。
「お前、あの大蛇の眼を潰したんだろう?」
「……あぁ?」
「馬鹿言ってんじゃないよガルニア!そっちの小娘がやったって言ったろ……な、何だよこっち見るんじゃないよ!」
その後ろからリューンが入ってきて、ファルーアと眼が合った途端にガルニアの後ろに回ってしまう。
……何なんだよこいつら……。
こいつらのことは嫌いだ。
けど、これだけ頭が悪そうだと……なぁ。
思わず呆れていると、すぐ後ろから声がした。
「ふむ、いい双剣だ。手には馴染んでいるようだな」
「なっ……!?」
びくりとして、振り返る。
ディティアも、同様だった。
ガタンと飛び退いた彼女は、既に両手を双剣の柄に当てている。
「おお、悪かった」
後ろにいたのは、スレイという影のような男だった。
こいつは黒いローブで、布を鼻まで引き上げて、目元は仮面のまま。
本当に、全く気付かなかった。
ディティアはごくりと喉を鳴らして、「……いえ」とだけ言うと、椅子に座り直す。
……俺はそれを見ながら、思っていた。
こいつ、ヤバイ、と。
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