助けたいと思うのです。⑤
「アマルス!ヤヌ!」
グランが呼ぶ。
すると、少し長めの黒髪をちょこんと後ろで束ねたアマルスがぱっと振り返った。
「あんたら!……生きてたか……!!あぁ……良かった」
笑顔になるアマルスに、ピリピリした空気は感じない。
エニルは大丈夫なんだろうと、俺達もホッとする。
……が。
「あぁ?おい、何だお前らは!」
いきなり、つるつる頭のお兄さんに怒鳴られる。
眉毛がすっと伸びていて、鼻も高く、切れ長の翠の眼がきりりとした印象。
身体はぱっと見は細いんだけど、ぴったりとした黒い服からは鍛えた肉体の線が窺えた。
「エニルと俺達を助けるために、大蛇と戦ってくれたんだ」
ヤヌがお兄さんの前に慌てて出て、説明する。
「何だと?」
「だから言ったろう!?大蛇に襲われたんだって!」
アマルスもそう言って、目の前の台に横になったエニルを見る。
並べられた台は、どうやら治療を待つ者達が横になっていたり、座っていたりするようだ。
……治療所っていうのは初めてなんだけど、こんなに混むものなのか?
そうこうしている内に、白服の人達が4人集まってきた。
「所長、処置が終了したので手伝います!」
「こちらも大丈夫です!」
……白服の人達はあちこちにたくさん見てとれる。
彼等は、ここで働いているのかもしれない。
もしかしたら全員ヒーラーなのかも。
「こいつを治療室へ!……とりあえずお前らも付いてこい!その犬もだ!」
「……何だか、ややこしそうね……」
「わふぅん」
ファルーアが憂鬱そうな感じで頬に右手を当てて、ふう、とため息を溢す。
犬と呼ばれたフェンも、何となく気怠そうだった。
******
「おい、そいつらにもヒールを」
「はい!……ヒール!」
移動した部屋はそれなりに広く、俺達と白服、所長と呼ばれたつるつる頭のお兄さんが入ってもまだ余裕があった。
白を基調とした造りで、奥には棚がずらりと並び、中央にベッド。
そこにエニルが寝かされる。
付いてきた4人のヒーラーらしき白服が、指示に従って俺達にもヒールをかけてくれて、心なしか少し楽になった。
「寝てねぇだろ、お前ら。……話は後で聞く。宿泊室貸してやるからとりあえずしっかり寝ろ」
「わあお……わかるの、お兄さん」
「そんだけ顔色悪けりゃわかる、噂の大蛇と戦ったってのも強ち間違いじゃなさそうだ」
「だから何度も言ったろう」
アマルスが呆れた声を出すと、ヤヌが項垂れた。
「……とにかく、無事で良かった」
「まあ、逃げられちまったがな。……エニルは大丈夫なのか」
グランか返すと、つるつる頭のお兄さんは置いてあった水晶を取った。
「傷が塞がってるお陰で血はなんとか保ってる。後は体力勝負の状態だ。……飲み食い出来ねぇから栄養がねぇ。俺達で負担をかけないように補う」
「つまり?」
「祈っとけ、こいつがそれに耐えられるようにな」
…………
……
宿泊室とやらは、6人一室の殆ど何にもない部屋だった。
奥には棚が1つ、その上に横長の細い窓があって、そこそこ明るい。
案内してくれた白服の人が、部屋の奥の棚を開けてくれて、中には敷き布団、シーツ、毛布、枕が入っている。
自分達で敷いて使うみたいだな。
アマルスとヤヌはエニルの傍で休むそうで、所長と呼ばれたつるつる頭のお兄さん……そういえば名前聞いてないな……に、端っこで大人しくしてろとどやされていた。
白服の人が「治療は数日掛かる見込みです。とりあえず今はごゆっくり」と言って出て行くと、ボーザックは思いっ切り欠伸をした。
「あふぁ……ああ、流石に……もう駄目かもー」
ボーザックはずるずると布団を順番に引っ張りだし、シーツ、毛布、枕を投げて寄越す。
「お日様みたいな匂いがするね」
ディティアが受け取ってふわふわ微笑むのを見ながら、俺は頭を掻いた。
「お風呂もろくに入れてないけど……限界だ」
思い返せばかなり慌ただしかったし、休憩の時に、軽く拭ったくらいだった。
「門番達にも話をしに行く必要があるわね……」
言いながら、ファルーアはブーツを脱いで既に休む体勢。
俺達もそれに倣って装備を外す。
「とりあえず…少し休むぞー」
グランは敷き布団をきっちり並べると、シーツを被せて、さっさと横になった。
うん……そうだ、な。
俺は、1番扉寄りの布団に横になったと同時に一気に眠りに引き込まれて、そのまま泥のように眠ったのだった。
******
朝飯はさっさと済ませ、昼飯は食べてすらいない。
案の定、空腹できりきりして眼が覚めた。
窓からの光は既に無く、静まり返った空間。
毛布から香るお日様みたいな匂いに混ざって、薬品のような臭いがしている。
……昼は全然気が付かなかったな。
ゆっくり起き上がると、奥に寝ていたフェンが身を起こしたのが見えた。
俺はまだ皆が眠っているのを見て、そっと部屋を出る。
するりとフェンが付いてきたから、撫でようとしたら避けられた。
「お前、本当に可愛くないなぁ」
思わず言ったら、鼻をふん、と鳴らされる。
失礼な奴である。
そのフェンの先導で、俺はエニルの部屋に辿り着いた。
扉は閉ざされているけど、下から光が零れている。
誰かに聞いて、皆の分も飯を買ってこよう……。
俺はとりあえずノックしようと、腕を上げた。
けど……。
「……頼むよ、助けたいんだ、こいつを。金なら、何とかする。この街のどっかで働くことも可能だろう?」
中から聞こえた不穏な台詞。
……たぶん、アマルスだ。
思わず、手を止めた。
「ここの治療費が馬鹿高いことを承知で、わざわざ来たのか?」
所長の声がする。
「そうだ。この治療所程の設備は近くに無い!ガリラヤの毛皮は、本当に……たまたま拾ったんだよ……狩った奴等は、恐らく大蛇に喰われちまったんだ。……なあ、それが使えねぇって言うならかまわねえ。ちゃんと働く……だから」
「俺は少しは貯金がある、それも出す。ならかまわないはずだ」
「!、待てヤヌ。それはお前が店を開くための資金……」
「また貯めればいいさアマルス。そこに、エニルがいないと駄目なんだ」
「……ヤヌ」
「……はあ。なあ、お前ら。ここはお前らだけじゃないんだよ。同じように苦しむ奴等も大勢来やがる。こいつは良くやった、安定はしたさ。あとは目覚めるよう祈れ」
「それじゃ駄目なんだよ!あんたヒーラーなんだろう!?ヒールを続けてくれよ!」
「……俺からも、どうか……」
俺は、息をひそめ、手を握り締めていた。
聞いたところ、エニルは少し落ち着いたけど、目覚めるかわからない状態なんだと思う。
身体が、ひやりとした。
「あのな、ヒールは万全じゃねぇよ。あとは自分の体力がものを言うんだ!……いいか?最近はその大蛇のせいで重体の奴等もかなり担ぎ込まれて、今も生死を彷徨っているわけだ。そいつらに比べたら、こいつはまだマシなんだよ……治療所があんなに混んでるのを見たろう?手が回ってねぇ。その大蛇とやらを退治するってんならまだしも、金なんて今は……!」
「じゃあ!……退治するならいいんだな!?」
扉を、叩きつけるようにして開ける。
驚いた顔をしたアマルスとヤヌ。
つるつる頭の所長は、腕組みをして憮然としている。
助けたいんだ。
そう、思ったんだ。
「退治する、だから、様子を見て……少しでもエニルが早く目覚めるよう、手を貸してくれるよな!?」
目の前で斬り伏せられて転がったエニルの姿が、過ぎった。
フェンの尾が、俺を鼓舞するように足を打つ。
「俺が倒すから……」
「俺達が、な」
「うぇっ!?」
変な声が出た。
左肩が、掴まれる。
振り返ると……。
「格好良かったよ、ハルト」
にやにやした不屈のボーザック。
「うん、すごく!」
微笑む疾風のディティア。
「よく言ったわね」
妖艶な笑みを溢す光炎のファルーア。
そして。
「俺達白薔薇が、その討伐を請け負う」
厳つい手で顎髭を摩る、豪傑のグランが、そこにいた。
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