正義とは何です。⑥
ヤヌはアマルスの言葉に、嗚咽を漏らした。
「……どうして。こんなことに……」
握り締めた拳が震えている。
暗闇の中に、俺達の足音が溶けていく。
アマルスがそれを見て、項垂れた。
******
物心付いた頃には既に独りぼっちだった。
周りにいたのは似たような孤児ばかり。
両親?兄弟?そんなの俺には最初からいなかったように思う。
大きな街で、アマルスは大人から盗みを働いて生きていた。
勿論、失敗して捕まった事もある。
殴られ、蹴られ、顔が、手足が、ぱんぱんに腫れ上がった事もある。
赤紫になって熱を持った打撲に、呻きながら2日間転がっていたことも。
……けれど、アマルスは殺されることは無かった。
アマルスも、お金や食べ物を盗むことはしたが誰かを殺めることは無かった。
何故家族が居ないのか、何故自分がこんな生活をしているのか……気楽な顔をして、親に手を引かれて歩く同年代の子供を見ながら、いつもいつもいつも思う。
どうしてなんだ?と。
トールシャが広い広い大陸だと知ったのは何時だったか。
外に出れば、何かを変えることが出来るだろうか。
アマルスはトレージャーハンター協会に足を運んだ。
誰が造ったのかも全く知らないが、登録を行えば仕事が貰える場所。
対価は、生きて行くには少ないジール。
リスクを孕んだ仕事を考えると割に合わないけれど、こんな街で、独りぼっちで朽ちるなど、考えられなかったのだ。
アマルスは、トレージャーハンターになった。
…………
……
共に仕事をする仲間は、その時々で変わった。
アマルスが子供であることを理由に、分け前を減らそうとする輩も多かった。
そんな時、気が付く。
何故、多くジールを渡さなければならないんだ?と。
これは、正当な報酬なのに。
アマルスは生きるために学んだ『欺く』という方法で、自分の取り分を増やした。
ある時には、見付けた宝をこっそり盗み、隠した。
盗まれた男は仲間を疑うが、誰からも……勿論、アマルスからも宝を見付けることは出来ない。
途方に暮れる男とその仲間達と一緒に『励まし合いながら』仕事の完了報告をして、後に宝を換金した。
ある時には、魔物をわざと呼び込んで、その混乱に乗じて金を盗んだ。
『共に死線を越えた』仲間達は、そんなことも気付かずにまた会おうと言って去って行った。
……そんな時、間抜けそうな顔をしたヤヌと出会った。
簡単な内容だから、ふたりでの仕事。
にも関わらず、ヤヌはアマルスに心を開かない。
こっそりと舌打ちした。
拒絶されていちゃあ、『欺く』ことも出来ないからだ。
「なあお前、そんな顔してるといい運気が逃げちまうぞ」
「なあ、楽しくやろうぜ兄弟」
「なあ、ヤヌ」
話し掛けても話し掛けてもヤヌはアマルスを見なかった。
それでも、アマルスは声を掛けた。
意味が分からない。
こいつは、どうして俺を見ない?
俺は、どうしてこいつを構う?
「なあ、兄弟」
「いい加減、諦めてくれないか?俺に家族はいないんだ」
それは、突然。
拒絶は、初めてだった。
家族がいない男……ヤヌが、アマルスを見た。
「貴方はお節介なのか?気持ちが悪い」
本当に、気持ちが悪いと顔に書いてあるようだった。
その瞬間、アマルスは笑ってしまった。
心の底から、可笑しくて。
「俺からしたら、お前の方が気持ちが悪いね。家族がいないのは俺も一緒だってのに、お前、欺くことを知らないのか?」
ヤヌは眼を見開いて、口を半分開けっ放しで、言った。
「……欺くって、何を」
******
それからヤヌはアマルスと一緒に、生きるために『欺く』ことを学んだ。
それなりに自我が形成されてから孤児になったヤヌには、アマルスは眩しい。
家族がいなくなったのに、何故笑っているのだろうか。
俺もそうなれるのだろうか?
……夢を語れば、アマルスは膝を叩いて笑った。
「すげぇな!ヤヌ!お前には向いてる、こんなに飯が旨いんだからな」
ずっと見ていれば、わかる。
アマルスは、本気でヤヌを弟みたいに扱ってくれていた。
そして、アマルスの『欺く』ことには、決まり事がある。
人は殺めない。
……それが、自分が……自分達が殺されないための決まり事だったのである。
…………
……
それからしばらくして。
エニルを助けた時、アマルスも、ヤヌも、何故か思った。
此奴は、俺達といてはいけない。
……きっと、わかっていたんだ。
自分達の行いが、決して良いことではないと。
そこに、エニルを巻き込む訳にはいかない、と。
だからアマルスは見せた。
人を『欺く』ところを、エニルに。
こっちには、来るなと。
「これでも、一緒に来るか」
それなのに、エニルは眼に涙をいっぱい溜めながら、言い切ったのだ。
「一緒に連れて行って」
……アマルスはその日、エニルが寝入った後、肩を落としてヤヌに言った。
「すまねぇな……ヤヌ。本来なら、お前も……」
「馬鹿言うな、アマルス。俺は、自分でそうしたいから一緒にいるんだ」
「……そうか……そうだな。ありがとよ」
その時から、『欺く』ことを、止めようと決めたんだ。
けれど、今回……このガリラヤ狩りで……それは奇しくも訪れた。
倒れたガリラヤ。
血のような物が飛び散っていて、布っきれが落ちていた。
地面には大きな穴が開き、暗闇が満ちている。
「何だ、こりゃ……」
「ね、ねぇ、これ、何?血??」
エニルが怯えた様子で、そろそろと穴に近寄る。
「……誰も、いねぇな」
アマルスは、唸った。
目の前に倒れている、ガリラヤ。
ここには、誰もいない。
ガリラヤを狩ったはずの、人間も。
……ごくり、と。
アマルスは、咽を鳴らした。
27日分の投稿です。
遅くなりました、だいぶ!
よろしくお願いします!




