正義とは何です。⑤
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両手に衝撃があって、俺は息を詰まらせた。
「…………そこまでだ」
「っ……!!」
ひと言で表すなら、影。
黒いローブに身を包み、口元まで引き上げられた布と目元を覆う仮面。
俺は黒鎧の男を狙って振り抜いた双剣が、そいつに受け止められたことに驚愕した。
こいつ……何処から来た!?
声からすると男。
その手には、双剣が握られている。
「遊んでる場合じゃない。『来るぞ』、ガルニア」
影のような男が、静かに言う。
「ここにか?……おいおい、邪魔ばかり入ってきやがる」
俺の剣はその影のような男に完全にいなされていた。
「……負け惜しみかよ」
それでも、俺は瞬時に殺気が消えた黒鎧の男に悪態をつく。
「あぁ?」
ギロリ、と上から睨まれるが、俺は歯を食いしばって睨み返す。
切り払われたエニルの姿が、はっきりと浮かんだ。
……許せるはずがない。
「やめろ、ガルニア。……君も今は剣を引け。今からもっとデカいのが『来る』ぞ」
仮面を向けて、俺を見る影のような男。
「ちっ……わかったよスレイ。……おい、大盾」
ガルニアと呼ばれた男が、構えたままのボーザックや俺には目もくれずに、さっと剣を引き、グランに向き直る。
「勝負は後だ。その首、洗って待ってろ」
「……あぁ?何でだよ、嫌に決まってるだろ」
グランは眼を細め、眉間にしわを寄せた。
「……もう!よくわからないけど後にしましょう!!何か来ます!!ファルーア!アマルスさん達を連れて少し離れて!」
ディティアが暗闇に視線を走らせながら叫ぶ。
「ハルト」
「わかってる」
ボーザックが右手で俺の肩を握り、俺はゆっくりと双剣を引いた。
俺達は、男達から慎重に離れる。
その時だ。
茂みから、黒ローブがもう1人飛び出してきた!
「…………下だ!……肉体強化!肉体強化!」
……っ!
あの女……!!
女は大声を上げながら、ガルニアと呼ばれた黒鎧の男と、スレイと呼ばれた影のような男にそれぞれバフをかける。
……広げて同時にかけることは出来ないのだとわかった。
「気張れよ野郎共!狩りの始まりだ!!」
その号令と共に、俺達の間、地面から凄まじい勢いで何かが飛び出してくる。
俺は思わず、腰を落として双剣を構え直した。
ドゴアァァッ!!
バラバラと小石や砂が降り注ぐ。
凄まじい音を立てて飛び出した『そいつ』に、グランとディティアがすぐ俺とボーザックの傍まで駆け寄ってくる。
「……大蛇……!?」
ボーザックが息を呑む。
そう。
それは、巨大な鎌首をもたげ、ちろちろと舌を出し入れしながら俺達を見下ろす、真っ赤な蛇型の魔物だったのである。
太さはグランと同じくらいはありそうだ。
長さは……地表に出てる部分だけでは予想できなかった。
地面の中に潜って移動する奴なのかもしれない。
だから、ボーザックが『変な感じ』と言っていたんだろう。
こいつが現れて、ガリラヤが平原に移ったんだ。
「さて、乗り掛かった船とやらだ。一緒に狩るか?……終わった後なら、話を聞いてやる」
影のような男が、全く表情の見えない仮面をこちらに向けてくる。
「……グラン、どうする」
魔物と男達を見ながら、俺はグランに聞いた。
グランは大盾を構えたまま、唸る。
「俺達にはエニルがいる……時間を取られるのは恐らく致命的だろうよ」
それが聞こえたのか、何なのか。
黒ローブの女が、吐き捨てた。
「邪魔だね、さっさと消えな」
「……っ!」
思わず言い返そうとした俺を、グランが止める。
……そして、ひと言。
「お前らの正義は、何だ」
低い声で、問う。
それを聞いて、女が口元を緩ませた。
フードを被っているので、それ以上は隠れて見えない。
「それは、お前達にそのまま返してやるよ」
「…………」
……グランは、無言で踵を返した。
「ちょ、グラン!?」
「行くぞ」
「え、い、いいんですか!?」
慌てるボーザックとディティアに、グランは言い切った。
「大丈夫だ、放っておけ」
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真っ暗な山道を歩くことになってしまった。
離れていたファルーアは、俺達が魔物を放置してきたのを見て怪訝な顔をしたけど、グランが何か言うと頷いて、炎の球を浮かべる。
ボーザックが先頭、その後ろにヤヌとアマルス。
ディティアとファルーアが続き、俺、グランで夜道を進む。
後方の戦闘の音はやがて聞こえなくなった。
「……」
エニルを背負うヤヌは、青い顔で無言。
アマルスに至っては口を引き結んで何かを考え込んだまま。
……グランがガルニアって奴に問い掛けたのを、アマルス達は聞いているはずだ。
裏ハンターか?と。
自分達が疑われているかもしれないことに気付いているだろう。
俺は、全員に五感アップと脚力アップを重ねていた。
もう隠す必要は無かったし、何より、あの女の言葉が気になっていたからだ。
『お前らの正義は、何だ』
『それは、お前達にそのまま返してやるよ』
あれはどういう意味だろう。
俺達の正義って?
そう思うほど、アマルス達の様子も気になってしまう。
「……グラン」
俺は、殿のグランに声を掛けた。
グランは髭を擦って、ため息をつく。
「アマルス、ヤヌ。聞かせてくれ。お前達に、襲われる理由はあったのか?」
先頭を歩くボーザックは、聞こえているはずだけど振り返らない。
「……アマルス」
ヤヌが、声を絞り出す。
アマルスは、しばらく間を置いてから、ぽつりと言った。
「無い……殺される理由なんて、俺達には……無いよ、そうだろ……?」
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