珍しい魔物です。③
*****
「それで、髪を切っていたと」
「ええ、ハルトのお陰ね」
しれっと答えるファルーア。
両手を胸の辺りで握り締めながらおろおろするディティア。
「……すんませんでした」
俺は腕組みをした厳つい大男……グランに頭を下げる。
戻ってきたグランとボーザックは、出された水を一気に飲み干したところで、髪を整えた2人と俺に出迎えられた。
この暑さの中、情報を集めるため村をひと回りしてくれていたのである。
その時のぽかんとした顔と言ったら……そりゃあ怒るよなぁ。
「……それで?ハルトは何してたわけ?」
口を尖らせ、腰に手を当てたボーザックに言われて、俺は両手を上げる。
「2人が髪を切られるのを見てました」
本当、弁解の余地も無い。
しかも。
「そもそもさあハルト、体感調整バフあったよね!?俺すっかり忘れてたんだけどー!めちゃめちゃ暑かったんだけどー!何でバッファーが忘れるんだよー!」
そう。
そうなのである。
俺はバフをすっかり忘れて、皆が出ていくのを見ていたのである。
……面目ない。
「あ、あの、ボーザック……グランさんも……」
「ディティアは気にするな」
「うぅ」
ぴしゃりとグランに言われて、ディティアはしゅんと肩を落としてしまった。
「で、ハルト。お前、何でその行動に出た?」
「そうそうー、ちゃんと教えてもらわないと俺納得出来ないよ」
詰め寄られ、俺は呻くように声を絞り出す。
「……その、2人が、髪をちゃんとした所で切ってもらいたいって前から言ってたから……」
「つまり、誰のためにやった?」
「そりゃ、もちろんディティアとファルーア……」
俺が手を上げたまま答えると、ボーザックが前にやって来て……。
「……ぶはっ、あははっ!すごい!ハルトやるじゃん!!」
バシッ!!
上げていた右手に拳をぶちかまされる。
「…………は?」
「いや、お前よくやったな!俺は忘れてたぞ!」
ドスッ!!
グランも笑いながら俺の肩を殴った。
……痛い。
「やー、びっくりしたよ俺。ハルト、何か成長したんじゃない?」
「おう、俺もそう思うぞボーザック。やるじゃねぇかハルト!」
「…………」
嬉しそうに笑うボーザックとグラン。
俺は、じわじわと状況を飲み込んだ。
「な、何だよ!からかってたのかよ!」
思わず、大声を上げる。
本当に反省したんだからな!俺の反省返せ!
ファルーアが口元を隠して笑っているのを見るに、絶対に気付いてたはずだ。
……しかし。
「彼女」は、俺と同じだったらしい。
「…………グランさん、ボーザック」
「お……」
「えっ」
冷たい声。
「すごく、すごーーーく、心配しました」
背中がひやりとする。
俺は後ろから感じる空気に、身を硬くした。
恐る恐る振り返ると、そりゃあもうご立腹らしき疾風のディティアの姿が。
「もう!そういう冗談は!私が居ないところでしてください!!」
「えぇ……居なくてもしないでもらいたいんだけど……」
「ハルト君?」
「はい、すみません」
ぼやいた俺は、より高く手を上げて、即謝ることを選択する。
何処にいたのか、フェンが肉を咥えながらするすると部屋に入っていったのが見えたけど……あいつ、もしかしてずっと建物内にいたんじゃないか?
「それで、おふたりとも。何か言うことはありませんか」
『すんませんでした』
結局、疾風のディティアに詰め寄られた2人も即謝ることを選択したようだった。
******
疾風のお許しが出た頃には日が暮れかけていた。
俺達は部屋に戻って情報共有をすることにする。
シャーラさんからお皿と一緒に蝋燭がたくさん渡されたんで、部屋の隅や棚に並べて、ファルーアが火を灯した。
シャーラさんが、ここではランプは高価なため何処の家も大体蝋燭を使っているんだと教えてくれる。
……柔らかい灯りに照らされた部屋は、中々幻想的だ。
その時に、俺達は迅雷のナーガがこの村に仕送りをしていることも知った。
まだまだ貧しい村ではあるけど、そのお陰で衣食住は何とかなっているらしい。
村にいくつかある井戸も、迅雷のナーガの仕送りを使って追加で掘ったんだってさ。
ふぅん、あんまりナーガを知らなかったけど、家族どころか故郷まで大切にしている奴だったんだな。
素直にすごいと思う。
次に会うことがあったら話してみようか……と思ったけど、そうだ、あいつグロリアスだ。
うん、やめておこう。
「さて……じゃあ始めるぞ」
グランの号令で、俺達は情報の整理を始めた。
……
…………
ダルマニの村から山脈を越えた北側は、別の国だと言う。
ちなみに、トールシャの玄関港である樹海の街ライバッハ、砂漠の街ザングリ、ここダルマニ、そして西のカーマンは同じ国らしい。
とは言え、100を越えるという国があるトールシャでは、一部地域を除いてそれほど厳しい入国管理なんかは行われていないそうだ。
国境にも特に何があるわけでもないから、気付いたら隣の国でした、なんてこともあるとか。
何て言うか……スケールが違う。
「で、これが地図だよ」
ボーザックが、使い古された地図を広げる。
一緒にここまで来た探索専門のトレージャーハンター、トーラムさんがくれたらしい。
地図には東西に連なる山脈が描かれ、ダルマニから北西へと延びた道が、うねうねと蛇行しながら山脈を越えていく道となっているのがわかる。
西へと山脈沿いに行けばカーマンが在り、その辺りの山脈はより太くなっていた。
……成る程、ダルマニ寄りから山を越えないと効率が悪そうである。
山脈の向こう側も平野で、その平野をさらに行った先に別の街が記されていた。
グランはそれを眺めてから、俺達を見回す。
「とりあえず、山脈を越えて、この平野を街道沿いに進むぞ。その間に珍しい魔物や他のトレージャーハンターがいるかもしれねぇしな」
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