海は広いです。⑦
「って、待て待て待て!!!あんた何してんだよ!?」
我に返ったグランが怒鳴ると、船長は肩越しにちらとこっちを見て応えた。
「ようやく来ましたか!さあ!やりますぞ!!おかしいと思ったのです!風も無いのにぐんぐん進み、波が荒れても動じない船などと!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!小魚とか言ってたのに!?」
ボーザックが大声で返す。
「いきなり魔物だなどと誰が認めるものですか!今は私が船長ですぞ!?客人を不安になどさせません!」
いやいや、十分すぎるほど不安になったけど……?
思わず眉をひそめると、ファルーアも小さい声で「はぁ?」と悪態をついた。
……その間も、海龍はじっと様子を見ているだけだ。
事の成り行きを見守ってくれてる……と思っていいのか?
「巨大な気配があると知って、本来の船長の日誌で見付けましたぞ!許すまじ!こんな、魔物に魅入られた船に人を乗せるなど!!」
その瞬間、荒れに荒れた船長室がぱっと脳裏に過ぎる。
うわぁ、あれ自分でやったのか……。
そうしている内に、周りにいた冒険者達が、己の武器を手に集まってきた。
これじゃあまるで大規模討伐だ。
「ま、待て!この海龍はこの船の守護神で……!」
さらには、その前に船員達が立ちはだかり、甲板は騒然となった。
唯一、商人達だけは船内に1番近い場所まで下がってきているけどな。
「退きなさい!私が船長ですぞ!」
「いや、だから……待ってくださいって船長!彼は……」
「えぇい!これが守護神だというなら何故今現れたのですか!いつもは出てこないと航海日誌にはありましたぞ!」
「……そ、それは……」
その間も、船長と船員の怒鳴り合いは止まらない。
「う、うぅん……これは、ちょっとどうしましょう?」
ディティアが構えたまま困った顔をする。
グランも白い大盾を構えながら唸った。
海龍があまり動かないせいか、揺れは治まっている。
俺達の後ろ……船内から次々に、様子を見に来た船員と冒険者達が出てきて……その混乱っぷりといったらやばい。
「こ、攻撃するのか!?しないのか!?」
「攻撃しますぞ!」
「駄目です!!」
冒険者達に、船長と船員がさらに怒鳴り合う。
武器を構えた冒険者達は、途方に暮れたように海龍と船長に視線を彷徨わせた。
「ねぇ」
そんな中、ボーザックは船内から飛び出してきて前に行こうとする船員を呼び止めた。
「今それどころじゃ……って、おお、ボーザック」
どうでもいいけど、ボーザックはやっぱり知り合いらしい。
「いつもは海龍出てこないって本当?」
「……あぁ。船長が笛を鳴らして呼び出す以外は出てこないんだが」
「……笛?」
ボーザックが聞き返すと、船員は頷いた。
船長ってのは、本来の船長のことだろう。
そうすると、笛も吹いてないのに何で出てきたかだけど……。
そこに、ファルーアが髪を指でくるくるして言った。
「ねぇ、笛ってことは……あれよ、寝てる船員」
「笛吹きのカタールか?」
答えてから、グランはそうか、と頷いた。
「確か毎晩吹いてたんだろ?それが今日は無いことに海龍が気付いたんじゃねぇか?」
船員は、驚いた顔をした。
「そ、そうか!もしかしてカタールのやつ、船長から指示を……叩き起こしてくる!!……っと、頼む、海龍は俺達の守護神なんだ!攻撃しないでくれ!!」
船員が大声を上げて、踵を返して船内に消えた。
その時。
「もう我慢なりません!やりますぞ!!」
船長が、大きな剣を振り上げた。
船長を取り押さえようとしていた船員達がその勢いに仰け反ったところを、一気に船首の先へと走り出す、それはもう見事に黒い爺さん。
その瞬間には、俺はバフを練り上げていた。
「速度アップ!速度アップ!ディティア!!」
「任せてハルト君!」
バフを重ねた彼女が、シャンッと双剣を鳴らして鞘に収めながら、飛び出す。
俺達も後を追う。
「覚悟おおぉぉぉ!!」
「うわあぁ!!?船長ーー!?」
船首からそのまま、海龍へと高く跳び上がろうとする船長に、船員達が絶叫した。
あのまま跳べば、海龍に到達できるかもしれない。
けど、その後は。
……恐らく、真っ暗な夜の海へ真っ逆さまだ。
ぎらぎらと光る大きな剣、そして。
「はぁぁーーーっ!!」
気合一閃。
間一髪。
追いついた疾風、ディティアが船長の襟首をむんずっと掴み、引き戻した。
「ぬおおお!?」
「グランさん!!」
「おおっ!?」
ディティアの風のような勢いに振り回されるようにしてぶん投げられた船長を、グランがキャッチした。
一瞬、静寂が広がる。
そして。
「船長おぉぉぉ!何してんですか!!死にたいんですか!!」
「このままいても同じですぞ!!貴方達こそ恥を知りなさい!!私達は大切な命を運んでいるんですぞ!!」
船長を支えたままのグランを巻き込んで、怒鳴り合いが再開された。
とことこと戻ってきたディティアに、俺は笑う。
「おつかれ」
「ふうー、間に合った!ハルト君のバフのおかげだね」
人差し指を立てて笑うディティア。
今日も彼女の仕草は小動物のそれだった。
守護神だと海龍を守ろうとする船員と、わめき散らす船長。
さらには、未だ海龍が動かないことに、緊張状態で構えていた冒険者達も、漸く肩の力を抜き始めたらしい。
どっちが正解なのか、もうわかったことだろう。
フェンは少し前から大人しく座っていて、呆れたようにふすぅっと鼻を鳴らす。
「待たせたねあんた達!!」
そこに、ばあちゃ……船医のお婆さんが、笛吹きのカタールと彼を起こしに行った船員と共に駆けてきた。
中々のスピードだ。
揺らめく灯りの中、彫りの深いお婆さんの顔は……うん、ちょっと怖い。
やがて、ふらつきながら、カタールが背負っていたデカい巻き貝の形の笛を担ぎ上げた。
「笛……って、あれなのかな」
ディティアに、俺も唸る。
「あれ……なんだろうな」
どう見ても、グランの大盾くらいあるぞ。
笛吹きなんて言うから、もっと軽やかな音色を奏でる細い笛を想像してたんだけどなぁ。
カタールもデカかったし、現実は豪快である。
そして、息を目一杯吸い込んで、カタールは笛に口を寄せた。
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