海は広いです。⑥
奇蹟の船ジャンバック。
この大型商船は、2つの航路を交互に回る。
1回3ヶ月程の航海で、年に2回ずつだ。
ひとつは、俺達のいた大陸アイシャとまだ見ぬ巨大大陸トールシャを結ぶ航路……今は、その真っ只中だ。
そして、もうひとつはトールシャの大きな港を3箇所結ぶ航路。
アイシャとトールシャを往復する時は商人や荷物、そして冒険者達を乗せ、トールシャだけ回るときは荷物だけ載せているらしい。
その話をしてから、船医のお婆さんはため息をついた。
「あんたら、飛龍を倒したんだったね。そういう人は何か居るって気が付くもんなのかい?」
「……うん?俺達のこと知ってたの先生?」
ボーザックが言うと、お婆さんは頷く。
「ラナンクロストのギルド長がこの船の乗船券を探してる時に、しっかり情報をもらったのさ」
「わぁおギルド長……」
苦笑いを浮かべるボーザックに、お婆さんも苦笑した。
「……この船の守護神は、海龍さ。船の下にいるのも彼だろうさ。討伐なんざ考えないでおくれ。さっき話したとおり、トールシャだけを回る時は荷物以外載せてないのさ。それは、年に2回、海龍に感謝の供物を渡してるからなんだ」
「……く、供物?」
ボーザックが恐る恐る口にする。
「はっはぁ、そう身構えなさんな。魚とかね、要するに食べ物さ」
******
「海龍だってさ」
船室に戻る頃には日はとっぷり暮れていた。
お婆さんと話をして、夕飯もそこでそのまま食べたからだ。
船内灯がゆらゆらと光っている。
そんな中、俺がぽつんと言うと。
「海龍だってな」
「海龍ね」
「海龍ですね」
「わふ」
ボーザック以外が応えた。
「何年も一緒みたいだし、心配無さそうだねぇ」
ボーザックもほっとしたような顔で、フェンを撫でた。
「フェンも頭良いし、海龍も優しいのかな……」
「そうなのかもなぁ」
海龍のことは、船員以外にはわざわざ報せていないそうだ。
まあ、混乱するだけかもしれないし。
船長は、療養中の本物が戻る予定なので知らされていないこともわかった。
つまり。
船が魔物に襲われなくて、時間も遅れないのは、海龍が船を支えて泳いでいるからなのだ。
ただ、そんな話をしてから、ふと気付く。
「あれ?じゃあ船長は何を隠してた?」
「……おお、そういやそうだな」
「あそこまで言って放っておくのも微妙な気がしますね」
俺の疑問に、グランとディティアが答えてくれる。
「よし、船長んとこ行くぞ。気のせいでしたーとでも言うしかねぇだろ」
「そうね。ボーザック、居場所はわかるのかしら?」
「この時間は船長室じゃないかなー、行こう」
グランの判断にファルーアが頷き、ボーザックが答えて、俺達は船長室へと赴くことにした。
…………
……
コンコン。
ノックの音が細い廊下に消えていく。
磨き上げられてつるつるの樹の扉には、扉の外に掛けられた船内灯が造る影が揺らめいていた。
少し待ったけど返事が無いから、俺達は顔を見合わせる。
「あれ?おかしいな-。この時間は日誌か何かを書くって言ってたのに……船長-?」
ボーザックがノックしながらノブを捻る。
がちゃ。
「ありゃ、開いちゃった」
「開いちゃったって、お前…………な?」
ぎい、と扉が開き、見えた室内。
俺は、息を飲んだ。
散乱する、本、本、本。
本棚という本棚から引っ張り出された分厚い本達が、そこら中に散らばっていたのである!
明らかに、誰かが家捜しをしたような状態だ。
「な、何だよこれ!?」
「船長、おい、いねぇのか!?」
グランが咄嗟に呼びかけてくれる。
扉の横にある本を見ると、どうやら航海日誌のようだった。
「ボーザック!フェン!副船長か船員か、誰でもいい、連れてこい!」
「わ、わかった!」
「がうっ」
ボーザック達が、弾かれたように走り出そうとした時。
それは、始まった。
ぐわぁん……!!
「うおっ」
「きゃ……!」
グランとファルーアが声を上げる。
大きく浮き上がったような感覚と同時に、今度はぶわっと落ちる感覚が訪れる。
「うわっ!」
俺は思わず、掴まれるような突起も無いのに廊下の壁に張り付いた。
そして、すぐに次の波が。
「っ、は、反応速度アップ!!」
咄嗟に、バフを投げた。
「フェン!……反応速度アップ!」
フェンはひらりと受け取って、揺れる廊下に難なく着地すると、ぐるる、と唸る。
「ハルト!五感アップして!」
「ハルト君!五感アップ!!」
ボーザックとディティアに言われて、すぐにバフを広げた。
すると。
「…………嘘だろ!?」
動いている。
俺達の足の下、ずっと深い位置にいたはずの、巨大な気配が。
…………近付いてくる!!
ぐわあぁんっ!!
揺れる船。
何処かで悲鳴が上がるのが、強化された聴力ではっきりと聞き取れた。
「甲板だ!行くぞ!」
「うん!」
グランの指示に、ボーザックがいち早く駆け出す。
俺達は、甲板までの道程を走り抜けた。
そして。
〈くおおおぉぉぉんん〉
「う、わ」
飛びだした先、闇の中で、そいつはここっちに顔を向けていた。
シャアンッ
ディティアが、いち早く双剣を構える。
「何があるかわからねぇ!全員臨戦態勢!!」
グランに怒鳴られて、俺もボーザックもすぐさま剣を取った。
……甲板には、夜の闇を照らすいくつもの灯りが踊っている。
充ちる潮の香りに、五感アップを消した。
何人かの船員と、恐らくは商人。
そして、俺達と、冒険者。
船の目の前で雄叫びを上げたそいつは、じっとこちらを見ている。
……龍だった。
飛龍とも、災厄の黒龍とも違う、ぬらぬらとした皮膚。
蒼く煌めくヒレがたくさんあって、鼻先から長い髭が左右一本ずつ生えている。
そして、さらに驚愕したのは、その海龍の真ん前。
「姿を現したか魔物め!!船はやらせん!!」
……この船の現在の船長が、大剣とも違う、反りのある大きな剣を携えて、雄々しく立っていた。
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