仕事は優先です。③
******
夜は、満天の星が頭上を埋め尽くしていた。
気温はだいぶ下がっていたけれど、火を起こすことで凌ぐことにして、バフは消してある。
ふう……。
少しだけ皆から離れて、息を吐く。
……さすがに一日中バフに気を配るのは、ちょっと骨が折れるな。
ちょっと気怠い感じもしたからローブを着たまま寝っ転がると、意外と快適だった。
とっくに砂でじゃりじゃりになっている頭を気にする必要も無さそうだし。
……あれだけで疲れたとか言うのも、情けないしさ。
怠かったけど、手を空に向けて、バフを練ってみる。
相手の身体を、硬くするバフの逆。
イメージを、形にするんだ。
……脆くするイメージ。
肉を、骨を、刃がするりと断ち切るような……。
簡単に砕けて、粉々になるような……。
ゆっくりとバフを錬りながら、ふと思う。
……遠くまで来たはずなのに、こうして見上げる星はいつも綺麗だ。
辺りは暗く静かで、皆が何か話している声くらいしか聞こえない。
こういう時間がずっと続きそうな感覚になって、バフを消し、俺はひとり目を閉じた。
異変が起きたのは、その時だ。
「……ガウガウガウッ!!」
突然、フェンがけたたましく吼えた。
「何だ!?どうした!」
テントから飛び出してくるグラン。
「グムゥ、グー」
まとまって休んでいた砂牛達が、初めて聞く鳴き声で何かを訴え、身を寄せ合う。
俺は飛び起きて、自分にバフをかけた。
「五感アップ!」
視覚が
聴覚が
嗅覚が。
研ぎ澄まされて、俺は見た。
俺達が休むことにしてテントを張った少し先。
俺がまさに寝っ転がっていた、そのすぐ、向こう。
大きな魚のような魔物が、ギョロリと目玉を動かして、こっちを見ていたのである。
鼻先に薄ら感じたのは生臭いような臭い。
戦慄した。
「……っ!!」
咄嗟に、ローブの下で双剣を抜く。
ディティアのようなシャンとした音は鳴らなかったけど、俺の出来うる速さで抜き放った双剣は、月と星の光の下、鈍く光った。
音も無く、あんな近くまで迫られていたんだと気付いてぞっとする。
背中に、一気に冷たい汗が噴き出す。
「ここだ!何かいる!!」
叫ぶと、直ぐさまディティアが隣に走り寄ってきた。
その隣に、銀色の風が寄り添う。
「ハルト君!」
「ガウゥッ」
「照らしなさい!」
ファルーアが後ろから炎の球を投げ上げてくれて、そいつの影が砂に落ちる。
やはり魚……に見えた。
丸々した身体、大きめの背びれと、身体を支えるように地面に添えられた左右側面にある手びれ、そして扇状に開いている尾びれ。
砂の上に腹側を降ろして、しっかりと立っているのはちょっと気持ち悪かった。
半開きの口にはずらりと牙が並び、どう見ても草食ではないことがわかる。
……そもそも砂漠に草らしい物はそうそう無かったけど。
大きさはたぶん、俺と同じくらいはありそうだ。
「アーラ!こいつ何!」
大剣を構えて駆け寄ってきたボーザックが声を上げる。
アーラはフードを取っ払い、黒髪を靡かせてその後ろからやって来た。
「流砂に生息する魔物だよ!……何でこんなところにザナラオが……?」
「おい、どうやって戦えばいい、それとも逃げるのか!」
グランが盾を前にして、先頭にやって来てくれる。
「彼奴は今こっちを見てる。普段はお腹が空いてる時しか攻撃してこないけど……今は警戒されてる。背中向けたらやられる。……攻撃の時はすごく跳ぶから、囓られないように注意して!……あとは、彼奴は水の魔法で身体の周りの砂漠を流砂にすることが出来る。それで、流砂が無くても砂の中を泳いで移動するの!」
アーラの説明を聞きながら、混乱は使ってこないと判断した。
今は砂の上にいるんだから、流砂とやらにはなっていない……つまり魔法は使ってないということだ。
「魔法を使われたらどうしたらいい」
俺が言うと、アーラは唇を噛んだ。
「足が填まったら抜け出せないと思って。彼奴を中心に流砂になるはず。足が沈みそうな感じがあったらすぐに下がって」
「接近戦は無理だな」
グランが唸る。
「脚力アップで上に跳ぶとかは?」
「背びれが邪魔だね。あそこに飛び乗れたとして、潜られちゃったら危ないかも」
ボーザックにディティアが言いながら、油断なく魔物を見据えた。
そこに、ひゅんっと龍眼の結晶の杖を振って、ファルーアが妖艶な笑みをこぼす。
「つまり……動けなくしちゃえばいいのよね?」
「……えっ?そうだけど……」
アーラが驚いた顔をする。
「ハルト、持久力アップと威力アップを。……ティア、陽動出来るわね?……5分よグラン」
取り払われたフードの下から流れ出た金の髪が、炎の球の下、ゆらゆらと光る。
グランがにやりと笑った。
「成る程な……やるぞお前ら!ハルト!」
俺も、思わず笑みをこぼした。
「おう!……持久力アップ!威力アップ!……速度アップ、速度アップ!……肉体強化!肉体硬化!」
俺は持久力アップと威力アップをファルーアに。
速度アップをディティアに。
肉体強化と肉体硬化を残りにかける。
「ええっ、ど、どうするの!?ねぇ、お、お兄さん……」
「まあ見てろよアーラ!……よし、いいぞ!」
「ふふ、じゃあ行ってきます!」
「ええ……」
困惑するアーラを余所に、俺達はしっかりとザナラオという魔物を見据える。
動かないでいてくれたのは有り難かった。
「頼むぞ!」
「はいっ!……はあぁっ!」
グランの号令で、ディティアがザナラオへと飛び掛かる。
「ギイイィ!」
ザナラオは気持ちの悪い、ギチギチした音を出して、身を屈めた。
瞬間……!
ザアアァァッッ!!
ザナラオを中心に、砂がうねった。
攻撃すると見せ掛けたディティアが、さっと身を翻して離れるのと、ザナラオが砂の流れにずぶりと沈んだのはほぼ同時だ。
「ギシャアァ!」
身体の半分近くを砂に埋め、威嚇と思われる声を上げるザナラオ。
「ファルーア!お願い!!」
着地したディティアの指示に、ファルーアが杖を掲げ、光が集まる。
「いくわよ、凍りなさい!!」
キィーー……ン!!
高い、透き通った音。
ただでさえ冷えた砂漠の空気が、ぐっと下がる。
「う、嘘……」
アーラの呟きが微かに耳に届くのと、凍り付いた流砂に身動きを封じられたザナラオが甲高い声で鳴いたのはほぼ同時。
「5分だ、行くぞ!」
グラン、ボーザック、ディティア、フェンが駆け出す。
俺はディティアのバフをひとつ肉体強化に変えて、杖を掲げるファルーアを伺った。
「大丈夫、押さえられるわ」
頼もしいメイジはそう言って、笑みをこぼす余裕を見せる。
「はは、頼もしいな」
俺は呆然としているアーラの肩をぽんと叩いて、戦闘に加わるべく走りだした。
結果。
魚料理が、次の日の食卓に並ぶこととなるのであった。
昨日は更新できずでした、申し訳ないです。
本日分の投稿です!
よろしくお願いします!




