仕事は優先です。②
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アーラは人見知りをしない性格だって事は見て分かる。
けど、ディティアが返した質問で、明らかに彼女はもう1歩、俺達に歩み寄ってくれた気がした。
「それじゃあ改めて、爆風のガイルディアの話をするね」
「うん!お願い!!」
意気込むディティアに、アーラはくすくす笑う。
「あの人は破天荒なおじさんだったよ。どれ位前かなあ、もう1年になるのかな。初めてなはずの砂漠をひとりで越えるーとか言っちゃって、ゴード兄もあたしも大慌てだった。正直アイシャのことはよく分からないけど、あの人がアイシャの普通じゃないと思いたいな……」
思い出しても面白いのか、アーラは楽しそうだ。
「アイシャの普通ってどんなだろう、俺達普通だよね?」
ボーザックが皆を見回して言ったけど……どうだろう?
俺達はアイシャの一般的な冒険者かと言われると怪しい。
自分で言うのもなんだけど、そもそも、残念なことにバッファーなんてのがいるパーティーがあまり無いはずだし。
「うーん、白薔薇はお人好しすぎるんじゃないかな?……あのね、砂漠には毒を持った虫みたいなのがいるの。尾の先に丸い膨らみがあって、そこから針になった部分がこう、びゅっ!って伸びてるんだけど。それをね!食べようとか言い出して……」
「お人好しってぇのは褒め言葉に受け取っとくが……爆風のガイルディアはそれだけ聞くととんでもねぇ奴だな……」
グランが髭を擦りながら呆れた声を出す。
「で、でも強いんですよ!」
……何故かディティアがそこに噛み付くんだけど、強いかどうかは関係ない気もするな。
「結局、オアシスまではゴード兄とあたしで付いていったの。けど、そう!お姉さんが言うみたいに、そりゃもうやる気無さそうなのに強い強い!サンドワームには遭遇しなかったけど、アムジャールっていうトカゲみたいな奴は瞬殺だったね!」
「へえ、そのアムジャール?って強いのか?」
聞いたら、アーラは小首を傾げる。
「そうだなあ、サンドワームよりは弱いけど、砂漠でも動きが速いから結構大変な相手ではあるかな」
アーラはさらに、砂漠の歩き方や、そこに息づく者達の話を交えて、最後には爆風のガイルディアがひとり、北西へと向かったことを教えてくれた。
「あたし達の産まれた村を越えた辺りで砂漠は終わる。爆風のガイルディアはそこから西の都市を目指すって言ってた。……村はダルマニ、都市はカーマンって名前だよ」
そこで、アーラは足元に眼を落とし、ディティアを手招きした。
「わあ、見て!……こいつ、砂蜘蛛の一種で、昼間はああやって移動するの」
足元にいた小さな生き物に、アーラは嬉しそうにしゃがみ込んだ。
そこには、砂の傘みたいな物を被った奴が数匹、ソロソロと歩いている。
もしかして暑さを緩和するために砂を固めて傘にして、それを乗せて移動してるのかな。
だとしたら中々賢い。
日は高くなり始め、気温もさらに上がってきているようだ。
さすがに歩き通しだと暑さも感じるけど、バフを切らさないようにしているだけで十分、何とかなる。
……うんうん、やっぱバフ、もっと覚えたいな。
考えを巡らせていたら、ディティアがちょっと身を引いて呟くのが聞こえた。
「くっ、蜘蛛……」
「あれあれー?お姉さんもしかして蜘蛛苦手かな?……ふふ、ほら!可愛いよ!!」
「きゃひゃあぁっ!!」
「うわっ」
変な声を上げて飛び退いたディティアが、俺にぶつかる。
慌てて抱き留めると、彼女は硬直してしまった。
「だ、大丈夫か?」
思わず聞くと、彼女は目の前のアーラの白い手に乗った蜘蛛と後ろの俺を交互に見て、困った顔になった。
うるうるした眼に、思わず魅入る。
やっぱり小動物みたいだなあ。
「う、ぅえあ……え、えぇと、ううーー」
「よしよし、虫系の魔物も苦手だもんな。俺も得意じゃないけど、そん時くらいは守れるようにするな」
彼女の頭を撫でて笑うと、ディティアはぎょっとした顔になり、やがてフードを深々と被ってしまった。
「……なぁ、ハルトよぉ。お前、それは本当に無自覚か?本気か??俺は、こう、むずむずするぞ」
グランに聞かれて、フードの上からディティアを撫でて慰めていた俺は顔を上げた。
「え?……そりゃ、そんな時くらいはいいとこ見せたいだろ?いつもは守られてばっかりだし」
「……何かしらね、この、とてつもない脱力感」
ファルーアは憂鬱そうなため息を返してくる。
「えぇ?……何でだよ。皆も思うだろ?」
「じゃあさ、ハルト、俺が虫苦手だったら守ってくれる?」
ボーザックが笑う。
俺は少し考えて、首を振った。
「いや、お前は、自分でやらないと駄目だろ。強くなりたいって言ってたし」
「え、えぇ……そういう理屈?言ってたけどそうじゃないんだよーハルトぉ……はあ。……でもティア、俺もちゃんと守ってあげるね」
それを聞いて、今度は何故かアーラが眼をきらっきらさせながら詰め寄ってきた。
「やっだ、お兄さん無自覚なの?……あたし手伝ってあげるね、お姉さん!!手始めに、ほらほら見て!」
「……え?……ひゃあああっ!!」
「って、ちょっ、うおああ!?」
ばっさあ!
いつの間にか増えていた、手の上の蜘蛛に。
ディティアは俺を跳び越える勢いで突っ込んできて、『俺だけが』ひっくり返る。
ちょっと待って、今、肩の辺りを踏み台にされたんだけど。
脚力アップバフなんてかけてないぞ。
「う、うわああ!ごめんハルト君!!」
見事に着地したディティアが駆け寄ってきて、アーラと一緒に覗き込んできた。
「あちゃー、お兄さん、そこは受け止めてあげてよー!……ううん、これは難敵ね……お姉さん、あたし頑張るね」
「ええっ、あ、アーラ!それは、その、頑張らなくていいから!」
「あっははっ!、はー!おもしろー!!アーラやるねぇ!」
後ろで笑い転げているボーザックに、俺は鼻を鳴らした。
「何かよくわかんないけど、後悔しろ、ボーザック!」
砂まみれの手を上げて、俺は腹いせにボーザックのバフを消してやった。
上半身を起こすと、フードの中まですっかり砂まみれ。
頭がじゃりじゃりする。
「えっ、ちょっと、えっ、暑い!!暑いハルト!!」
「そうだな、ここは砂漠だからなー」
「ハルトぉ!!」
そんなこんなで、砂漠の1日目は過ぎていく。
……けれど、平和な道程はそう長くは続かなかった。
本日分の投稿です。
目安は21時から24時ですが、ずれる日も多々ございますので大変恐縮です。
そんなわけで、本日もどうぞよろしくお願いします!




