試練は終わりです。③
タルタロッサ。
その船は、船長タルタロッサ率いるトレージャーハンター達が乗る、その当時では誰もが聞いたことのある、船長の名を冠した船であった。
魔法都市国家が滅びたトールシャでは、長年に渡り、その歴史を紐解き、かつ遺産を手に入れるため、トレージャーハンター達がハントを続けていた。
実のところ、トレージャーハンターは、アイシャの冒険者と違ってそこまで人気の職業という訳でもない。
何故なら、一攫千金……殆どは身にならず、命を賭して宝を探す当ての無い旅路だったからである。
……その中で、船長タルタロッサは、まさに一攫千金を形にした、トレージャーハンターの憧れだった。
鍛えた身体で、右肩から左脇腹に向かって深い傷の跡がある雄々しい男。
格好良いからという理由で眼帯をしていて、戦う時は邪魔で外すような、ちょっと間抜けなところもある憎めない男だった。
そんな男が動かし、財宝を積むと噂されたタルタロッサ。
巨大な魔力結晶も所持していたというその船は、今から20年ほど前に忽然と姿を消す。
最後の仕事は、海に沈んだ島があるという場所の調査。
そして、それは船の墓場からさらに南へ南へと進んだ先だという。
……
…………
遠くを見ながらアルタナは言葉を紡ぐ。
まるで、そこに居る誰かを視ているように見えた。
……アルタナは、もしかしたらタルタロッサ船長とかなり親しい間柄だったんじゃないか……?
「タルタロッサは岩礁を物ともせず進んでいたが、恐らくは魔力海月が浮き上がらせていたんだろうと思う。あれだけびっしりいたんだ、朽ちた船一隻くらいなら動かせるんじゃないか?」
そんな折、船長がアルタナの話の合間に、俺が持ってきた本を広げる。
どうやら話の間も読み進めていたらしい。
あの幽霊船の中にあっても、本はそれなりに綺麗だった。
肉塊が居た場所……つまり船長室は、レイス達にも荒らされてなかったんだろう。
「所々朽ちてはいるが、殆どは読める。……これはタルタロッサ航海日誌28、タルタロッサが孤島調査に出たときのものらしい。この孤島には古代遺跡があってな!タルタロッサが発見して、今も調査途中のものなんだぞ!!」
船長は興奮気味にそう言ったが、その後は肩を落としてしまう。
「そして、こっちだ。航海日誌33。……海に沈んだ島を、彼等は見付けていた……。彼等トレージャーハンターが持っていた魔力結晶の魔力を欲したんだろうな。島は自ら浮かび上がってきたらしい。巨大な魔力海月だったそうだ」
「ええっ……海月って……そんなことあるの?そんな大きく育つ魔物なの??」
ボーザックが驚きの声を上げる。
「さあなあ。でも、ここにはそう書いてある。魔力海月の背に、小さな街が乗っかっていて……そこにそいつは眠っていた、とな。……しぼんだ袋みたいな物体だったそうだ。タルタロッサに持ち帰られたそいつは、何か、生き物のミイラのようだと書いてある」
俺はそこまで聞いて、俺達が混乱から意識を取り戻した時に見た肉塊を思い出した。
真っ二つのそれは、見る影もなくしおしおになっていたはずだ。
……いや、そんなまさか……。
船長と眼が合う。
「察しがいいな逆鱗のハルト。そうだ。そいつこそ、報告にあった肉塊の魔物だろう。そいつが目覚めて、船員を取り込み始めた。その度に大きくなって目玉も増えたそうだ。若い奴等を優先的に箱に隠れさせたとある」
褒められても嬉しい内容ではなかった。
あの、びっしりと開いた眼。
あれが……取り込まれた人達の眼だったとでも言うのか?
そして、箱に入ったレイス達。
隠れたままレイスになってしまったのかもしれないと、胸が苦しくなった。
「そこで日誌33は終わり。最後にひと言、タルタロッサ船長からのメッセージがあるぞ、アルタナ」
「……」
船医のお婆さん、アルタナは、険しい顔をしていた。
それは、聞きたくないと言っているようでもあったし、聞きたいと願っているようでもあった。
船長はその様子に、静かに、読み上げた。
「帰ったら、治療ついでに土産話がたんと出来そうだ」
アルタナは、ゆっくり眼を閉じる。
そうして、小さく、絞り出したような声で告げた。
「そうかい。……本当に、あいつは……居なくなっちまったんさね……礼を言うよ、白薔薇」
******
客室に帰された俺達は、窓から見える明ける直前の薄青い空を見た。
結局、夜通し掛かっていたらしい……今更身体が重いことに気付く。
「すっきりしねぇ内容になっちまったな」
「……はい……」
グランに言われて、ディティアが頷いた。
ファルーアがふう、とため息をついて言葉を紡ぐ。
「アルタナは、彼を探すつもりでジャンバックに乗船していたのかもしれないわね……」
「随分親しそうだったしな。それはあったんじゃないか?」
俺が言うと、ボーザックが眼を見開いた。
「は、ハルト……!」
「えっ、な、何だよ??」
「わかるようになってきたのか?そりゃあすげぇ進歩だな」
グランまでそんなことを言うので、俺はふんと鼻を鳴らした。
「何かよくわからないけど、婆ちゃんは少しはすっきり出来たと思うけど!……だって、見付かったんだから。軌跡がさ」
その言葉に、皆が、少しだけ笑みをこぼす。
「ハルト君が言うと少し心配かなぁ……だけど、そうだといいなって、私も思うよ!」
「う、うん?微妙に貶されてる気がするんだけど……?」
「えっ、そ、そんなことは!!」
肩を落とした俺に、皆が笑うのだった。
ちょっと過ぎましたが8日分の投稿です。
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