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逆鱗のハルトⅡ  作者:
308/308

次なる未知へと。⑦

******


こうして、砂漠の洞窟には数えるほどの人しかいなくなった。


あとは、ここに残ると決めたトレージャーハンターたちと、ユーグルたち。そして、アルヴィア帝国ヤルヴィのトレージャーハンター協会支部長のストーだけだ。


俺たちの出発は明日。

最後まできっちりと報告書をしたためている、ストールトレンブリッジ……曲者ストーと一緒に、である。


……いつの間にか先に出発してしまった爆風に、ディティアじゃないけど、道中もっと話がしたかったな、なんて思ったり。


まあ、アルヴィア帝国帝都でまた会えるんだから、楽しみが増えたと思えばいいか。


既に日暮れで、紅くぽったりとした太陽が沈んでいく。

砂丘の影が濃くなって、砂漠の気温はこれから急激に下がり、冷え込むのだ。


皆は俺より先に洞窟へと戻っていて、俺はこの景色を目に焼き付けようと、ひとり外にいた。


そこに、トコトコとこっちへ向かってくるフェンの姿。


「フェン? 散歩なら気を付けろよ」

「……わふ……ガウゥ」


フェンは嫌々をするように首を振ると、俺の腰のベルトを軽く噛んで引っ張る。


「うん? ど、どうしたんだよ。どこか行きたいのか?」

「ガウッ」

「あっ、おい待てよフェン!」


するりと俺から離れ、早足で進むフェンを、慌てて追い掛ける。

踏み締めた砂に、フェンと俺の足跡が点々と続いていく。


――フェンが向かったのは、ユーグルのテントだった。


「ああ、ハルト!」

「お、おう、トゥトゥ」

そこにいたのは、ロディウルの影と呼ばれる三人のうちのひとり。

くりくりと人懐っこそうな赤眼に、ヤールウインドと同じ深い緑色で、男性にしては長めの髪。

額には赤と白の組紐を巻き付けた凛々しい声の青年、トゥトゥ。


災厄を倒したあとは、ロディウルと話しただけだ。

彼と話すのは久しぶりである。


「どうしたんですか?」

「いや、フェンがここまで……」

「グルル、がうぅ」

当のフェンは、大きく尾を振るうと、ヤールウインドたちがいるほうに顎を向けた。


「……? ヤールウインドに乗りたいようですね」

「は? そうなのか、フェン?」

「わふっ」


俺は、トゥトゥに向かって首を傾げる。

なんだろう、空を飛びたいだけって感じではない……。


「……いいでしょう。僕が一緒に行きますから、どうぞ」

「え、いいのか?」

「はい。なにせ、ハルトはロディウルを救ってくれた……僕にとっての英雄のひとりですから」

「そんな、大袈裟な……」


俺は言いながら、先に駆けていったフェンを見て、ありがたくヤールウインドに乗せてもらうことにする。


――フェンには、なにかやりたいことがあるんだと……そう思ったから。


******


ヤールウインドも場所がわかっていたらしい。


到着したのは、砂丘に囲まれた、小さな岩場。

でも、俺はすぐに『ここがどこなのか』わかった。


降り立ったフェンは矢のような勢いでその岩場へと駆けていき、砂の上をふんふんと嗅ぎ回る。


……ここは。


「……フォウルの、最期の場所なんだな」


思わず呟く。


「あぉん……ガウッ、ガウッ!」

フェンは行ったり来たりを繰り返し、俺を見て鳴く。


その動作は、なにかを探しているようで――。


俺は、はっとして、バフを練った。


「そういうことか。……フェン! 五感アップ!」

「ガウッ!」


投げたバフを、フェンが呑み込む。


彼女は一度だけぐるんと回り、俺へ礼を告げると、再びふんふんと鼻をヒクつかせ、すぐに『なにか』を見つけた。


「ガウガウッ!」


彼女は、見え隠れする岩場のすぐ横、砂を掘り出して……。


ばさっ


「……! それは……」


控えていたトゥトゥが、息を呑む。

フェンは、それを優しく咥えると、こっちに戻ってきた。


「……フェン。よくやった」

俺はしっかりと頷いて、フェンの頭へ手を伸ばす。


フェンが頭を垂れ、ふわりと手が触れた。


「うん。……フェン、お前も辛かったよな……。ロディウルに、持っていってやるんだな?」

彼女は鼻先でふすり、と応える。


――そのとき、思った。


フォウルと、フェン。

容姿こそ違えど、似ている境遇の魔物たち。


俺たちの知らないところで、もしかしたら、彼女たちには深い絆があったのかもしれない、と。


******


戻るころにはすっかり暗くなっていた。


白薔薇の皆は洞窟の外に出て火を起こし、広がる星空の下で待っていてくれて、胸が熱くなる。


なにをしてきたのか話せば、皆はそれぞれ、フェンを労った。


「――宴に招いてくれるんやって?」

……そこにやって来たのは、トゥトゥが呼びにいってくれた、深い緑色の髪にルビー色の眼をした、ユーグルのウル。


傷も癒え、足取りもしっかりとしたロディウルは、俺たちの答えを待たずにフェンの横に座った。


フェンが、ロディウルを慰めるかのように寄り添うと、彼は口元に小さく笑みを浮かべて、その頭を撫でる。


……ロディウルにとって、犠牲になったヤールウインドのフォウルは、きっと家族でもあり、親友でもあったに違いない。


それを失ったロディウルの気持ちを、俺は言葉になんてできなかった。


ロディウルは、少しの間フェンを撫でていたけれど、やがて、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。


「……なあ、白薔薇。しばらく忙しくなるやろし、伝えとくわ。災厄討伐を助けてもろたこと、めちゃめちゃ感謝しとる。俺は、アイシャであんたらに出会えたことを……フォウルに誓って忘れんし、誇りに思うで。この先、なにかあったときは俺を頼ったらええ。必ず――力になる」


「くぅん……」

鼻を鳴らすフェンに、ロディウルは頷いてみせる。


もう大丈夫だと、伝えたかったのかもしれない。


……けれど、フェンはロディウルから離れようとしなかった。


きっとフェンも、わかっている。

ロディウルが、無理をしているんだって。


だから……たぶん、フェンは。

フォウルの代わりにはならなくとも、ロディウルのそばにいようとしている。


それがわかって、少しだけ……誇らしさと、寂しさが込み上げてくる。


そっか、フェンは……もう決めているんだな。

それなら俺たちは、背中を押してやるべきなんだろう。


俺は、フェンから預かったものを、そっと掲げ持った。


「――ロディウル。これ、お前に」


「なんや? 贈り物なん……て……」

彼は、笑おうとしていたに違いない。


けれど、頬が……引きつっただけ。


ロディウルは言葉を紡ぐのをやめ、『俺の手にあるもの』を見詰める。

そして、だんだんと表情を歪め、震える手でそれを受け取った。


「フェンが、見つけてきてくれたんだ」

告げると、彼は……その、大きな一本の羽……フォウルの冠羽を撫で、唇を……震わせた。


「――フォウル」


呟いた名が、夜の冴えた空気に溶けていく。

ロディウルは、嗚咽を堪え、歯を食い縛り、寄り添うフェンを抱き寄せて顔を埋めた。


フェンはただ静かに、その身をロディウルに任せている。


「……っ、……フォウル……、フォウル――」


流した涙は、砂がすぐに隠してくれる。


ぱち、ぱちり、と爆ぜる焚き火の音が、ちらちらと瞬く火の欠片とともに、空へと消えていく。


切なくて、それでも、優しい時間。


しばらく、俺たちはその奏でられる音色だけを聞きながら、ユーグルのウルの――そう、勇敢な相棒へと、祈りを捧げた。


◇◇◇


そして、ロディウルが落ち着いた頃。


「歴史を見守る民なんて、お伽話のようで素敵だわ。……だから、あなたたちとともに戦えたことを、私たちも誇りにしていくつもりよ」

ファルーアが、ロディウルにそっと告げる。


「もう俺らは仲間みてぇなもんだろうよ。盃も交わしただろ、兄弟! ここに来たのは俺たちの意志でもあるからな。名を売るのに、お前にはまだまだ手伝ってもらうぞ、ロディウル」

グランは顎髭を擦りながら、にやりと笑う。


「あははっ。いいね、兄弟! ……ねぇロディウル。俺たち、ロディウルがいなかったら橋から落ちて死んでたかもしれない。いまもこうして歩けるのは、ロディウルがいるからだよ。……だから、ありがとう」

溌溂とした笑顔を向けながらボーザックが言う。


「そうだね。……ロディウル、ありがとうございました。これからはもっと……違う形で動いていくんだよね? ……いつまでも応援するし、また手伝うから。……勿論、白薔薇の皆で!」

ディティアも、ふふっと笑う。


俺は、ロディウルに寄り添うフェンを見て、大袈裟に、ふんと鼻を鳴らしてみせた。

「俺にはほとんど触らせないのに、ロディウルにはこれだもんな。……なあ、ロディウル。フェンは、お前の力になりたいみたいだぞ。どうする?」


「わふ」


フェンの声に、腫れた目元を数回擦って、ロディウルがようやく笑う。


「ははっ、兄弟か。ええな! ……お前もありがとなぁ、フェンリル。そうか――しばらくの間は、俺といてくれるんか?」

フェンは耳をぴんと立ててその言葉を聞いてから、こっちを振り返る。


俺だけじゃなく、皆も、フェンの気持ちは察していたようだ。


「……フェン。お前が決めたことなら、背中を押してやる」

グランが大きく頷いて言うが、その目が少しだけ赤い。


「フェン……俺たち、ずっと仲間だよ」

ボーザックが、ちょっとだけ鼻を啜る。


「ロディウルが落ち着いた頃に、また戻ってくればいいわ」

ファルーアは妖艶な笑みをこぼしながら、声を震わせて。


「フェン……! また旅しようね。大好きだよ」

ディティアが、たまらなくなったのか銀色の毛並みに飛び付いた。


「……言っておくけど、お前はこの先も『白薔薇』だからな? ――待ってるぞ。銀風のフェン」


当然だと言いたいのだろう。

フェンは砂丘に響き渡る声で、アオォーン、と嘶いた。


******


こうして、俺たちはロディウルにフェンを預け、旅立った。

次なる未知が、この先にも待っているに違いない。


「アルヴィア帝国に行って、シエリアのドーン王国に行って、フェンともどっかで合流しないとだな」

俺が言うと、皆はそれぞれ笑顔で頷いた。


「そのころには、フェン、すっごく大きくなってるかもしれないね」

ディティアが、少しだけ腫れた目元を隠すこともせず、ふふ、と笑う。


「ははっ、うん。楽しみだな!」

俺は彼女に応えて、ふと、見上げた。



――旅立ちには申し分ない、すっきりと晴れ渡った空が、俺たち白薔薇を見下ろしていた。



To be continued……


2020年4月より、

続編 逆鱗のハルトⅢを投稿開始しました!

https://ncode.syosetu.com/n0025gd/




逆鱗のハルトⅡは、ここで一区切りとさせていただきます!


逆鱗のハルトⅢ

https://ncode.syosetu.com/n0025gd/

開始しました、どうぞー!


やる気に繋がりますので、逆鱗のハルト、無印もⅡも、よろしければ評価などもしていただければ幸いです。


本当にお付き合いくださりありがとうございました。


引き続き書籍は出ますので、どうぞよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり面白かったです(≧∇≦) アルとフォウル、そして災厄の被害にあった方々のの冥福をを祈ります(。ー人ー。)
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