次なる未知へと。⑦
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こうして、砂漠の洞窟には数えるほどの人しかいなくなった。
あとは、ここに残ると決めたトレージャーハンターたちと、ユーグルたち。そして、アルヴィア帝国ヤルヴィのトレージャーハンター協会支部長のストーだけだ。
俺たちの出発は明日。
最後まできっちりと報告書をしたためている、ストールトレンブリッジ……曲者ストーと一緒に、である。
……いつの間にか先に出発してしまった爆風に、ディティアじゃないけど、道中もっと話がしたかったな、なんて思ったり。
まあ、アルヴィア帝国帝都でまた会えるんだから、楽しみが増えたと思えばいいか。
既に日暮れで、紅くぽったりとした太陽が沈んでいく。
砂丘の影が濃くなって、砂漠の気温はこれから急激に下がり、冷え込むのだ。
皆は俺より先に洞窟へと戻っていて、俺はこの景色を目に焼き付けようと、ひとり外にいた。
そこに、トコトコとこっちへ向かってくるフェンの姿。
「フェン? 散歩なら気を付けろよ」
「……わふ……ガウゥ」
フェンは嫌々をするように首を振ると、俺の腰のベルトを軽く噛んで引っ張る。
「うん? ど、どうしたんだよ。どこか行きたいのか?」
「ガウッ」
「あっ、おい待てよフェン!」
するりと俺から離れ、早足で進むフェンを、慌てて追い掛ける。
踏み締めた砂に、フェンと俺の足跡が点々と続いていく。
――フェンが向かったのは、ユーグルのテントだった。
「ああ、ハルト!」
「お、おう、トゥトゥ」
そこにいたのは、ロディウルの影と呼ばれる三人のうちのひとり。
くりくりと人懐っこそうな赤眼に、ヤールウインドと同じ深い緑色で、男性にしては長めの髪。
額には赤と白の組紐を巻き付けた凛々しい声の青年、トゥトゥ。
災厄を倒したあとは、ロディウルと話しただけだ。
彼と話すのは久しぶりである。
「どうしたんですか?」
「いや、フェンがここまで……」
「グルル、がうぅ」
当のフェンは、大きく尾を振るうと、ヤールウインドたちがいるほうに顎を向けた。
「……? ヤールウインドに乗りたいようですね」
「は? そうなのか、フェン?」
「わふっ」
俺は、トゥトゥに向かって首を傾げる。
なんだろう、空を飛びたいだけって感じではない……。
「……いいでしょう。僕が一緒に行きますから、どうぞ」
「え、いいのか?」
「はい。なにせ、ハルトはロディウルを救ってくれた……僕にとっての英雄のひとりですから」
「そんな、大袈裟な……」
俺は言いながら、先に駆けていったフェンを見て、ありがたくヤールウインドに乗せてもらうことにする。
――フェンには、なにかやりたいことがあるんだと……そう思ったから。
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ヤールウインドも場所がわかっていたらしい。
到着したのは、砂丘に囲まれた、小さな岩場。
でも、俺はすぐに『ここがどこなのか』わかった。
降り立ったフェンは矢のような勢いでその岩場へと駆けていき、砂の上をふんふんと嗅ぎ回る。
……ここは。
「……フォウルの、最期の場所なんだな」
思わず呟く。
「あぉん……ガウッ、ガウッ!」
フェンは行ったり来たりを繰り返し、俺を見て鳴く。
その動作は、なにかを探しているようで――。
俺は、はっとして、バフを練った。
「そういうことか。……フェン! 五感アップ!」
「ガウッ!」
投げたバフを、フェンが呑み込む。
彼女は一度だけぐるんと回り、俺へ礼を告げると、再びふんふんと鼻をヒクつかせ、すぐに『なにか』を見つけた。
「ガウガウッ!」
彼女は、見え隠れする岩場のすぐ横、砂を掘り出して……。
ばさっ
「……! それは……」
控えていたトゥトゥが、息を呑む。
フェンは、それを優しく咥えると、こっちに戻ってきた。
「……フェン。よくやった」
俺はしっかりと頷いて、フェンの頭へ手を伸ばす。
フェンが頭を垂れ、ふわりと手が触れた。
「うん。……フェン、お前も辛かったよな……。ロディウルに、持っていってやるんだな?」
彼女は鼻先でふすり、と応える。
――そのとき、思った。
フォウルと、フェン。
容姿こそ違えど、似ている境遇の魔物たち。
俺たちの知らないところで、もしかしたら、彼女たちには深い絆があったのかもしれない、と。
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戻るころにはすっかり暗くなっていた。
白薔薇の皆は洞窟の外に出て火を起こし、広がる星空の下で待っていてくれて、胸が熱くなる。
なにをしてきたのか話せば、皆はそれぞれ、フェンを労った。
「――宴に招いてくれるんやって?」
……そこにやって来たのは、トゥトゥが呼びにいってくれた、深い緑色の髪にルビー色の眼をした、ユーグルのウル。
傷も癒え、足取りもしっかりとしたロディウルは、俺たちの答えを待たずにフェンの横に座った。
フェンが、ロディウルを慰めるかのように寄り添うと、彼は口元に小さく笑みを浮かべて、その頭を撫でる。
……ロディウルにとって、犠牲になったヤールウインドのフォウルは、きっと家族でもあり、親友でもあったに違いない。
それを失ったロディウルの気持ちを、俺は言葉になんてできなかった。
ロディウルは、少しの間フェンを撫でていたけれど、やがて、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「……なあ、白薔薇。しばらく忙しくなるやろし、伝えとくわ。災厄討伐を助けてもろたこと、めちゃめちゃ感謝しとる。俺は、アイシャであんたらに出会えたことを……フォウルに誓って忘れんし、誇りに思うで。この先、なにかあったときは俺を頼ったらええ。必ず――力になる」
「くぅん……」
鼻を鳴らすフェンに、ロディウルは頷いてみせる。
もう大丈夫だと、伝えたかったのかもしれない。
……けれど、フェンはロディウルから離れようとしなかった。
きっとフェンも、わかっている。
ロディウルが、無理をしているんだって。
だから……たぶん、フェンは。
フォウルの代わりにはならなくとも、ロディウルのそばにいようとしている。
それがわかって、少しだけ……誇らしさと、寂しさが込み上げてくる。
そっか、フェンは……もう決めているんだな。
それなら俺たちは、背中を押してやるべきなんだろう。
俺は、フェンから預かったものを、そっと掲げ持った。
「――ロディウル。これ、お前に」
「なんや? 贈り物なん……て……」
彼は、笑おうとしていたに違いない。
けれど、頬が……引きつっただけ。
ロディウルは言葉を紡ぐのをやめ、『俺の手にあるもの』を見詰める。
そして、だんだんと表情を歪め、震える手でそれを受け取った。
「フェンが、見つけてきてくれたんだ」
告げると、彼は……その、大きな一本の羽……フォウルの冠羽を撫で、唇を……震わせた。
「――フォウル」
呟いた名が、夜の冴えた空気に溶けていく。
ロディウルは、嗚咽を堪え、歯を食い縛り、寄り添うフェンを抱き寄せて顔を埋めた。
フェンはただ静かに、その身をロディウルに任せている。
「……っ、……フォウル……、フォウル――」
流した涙は、砂がすぐに隠してくれる。
ぱち、ぱちり、と爆ぜる焚き火の音が、ちらちらと瞬く火の欠片とともに、空へと消えていく。
切なくて、それでも、優しい時間。
しばらく、俺たちはその奏でられる音色だけを聞きながら、ユーグルのウルの――そう、勇敢な相棒へと、祈りを捧げた。
◇◇◇
そして、ロディウルが落ち着いた頃。
「歴史を見守る民なんて、お伽話のようで素敵だわ。……だから、あなたたちとともに戦えたことを、私たちも誇りにしていくつもりよ」
ファルーアが、ロディウルにそっと告げる。
「もう俺らは仲間みてぇなもんだろうよ。盃も交わしただろ、兄弟! ここに来たのは俺たちの意志でもあるからな。名を売るのに、お前にはまだまだ手伝ってもらうぞ、ロディウル」
グランは顎髭を擦りながら、にやりと笑う。
「あははっ。いいね、兄弟! ……ねぇロディウル。俺たち、ロディウルがいなかったら橋から落ちて死んでたかもしれない。いまもこうして歩けるのは、ロディウルがいるからだよ。……だから、ありがとう」
溌溂とした笑顔を向けながらボーザックが言う。
「そうだね。……ロディウル、ありがとうございました。これからはもっと……違う形で動いていくんだよね? ……いつまでも応援するし、また手伝うから。……勿論、白薔薇の皆で!」
ディティアも、ふふっと笑う。
俺は、ロディウルに寄り添うフェンを見て、大袈裟に、ふんと鼻を鳴らしてみせた。
「俺にはほとんど触らせないのに、ロディウルにはこれだもんな。……なあ、ロディウル。フェンは、お前の力になりたいみたいだぞ。どうする?」
「わふ」
フェンの声に、腫れた目元を数回擦って、ロディウルがようやく笑う。
「ははっ、兄弟か。ええな! ……お前もありがとなぁ、フェンリル。そうか――しばらくの間は、俺といてくれるんか?」
フェンは耳をぴんと立ててその言葉を聞いてから、こっちを振り返る。
俺だけじゃなく、皆も、フェンの気持ちは察していたようだ。
「……フェン。お前が決めたことなら、背中を押してやる」
グランが大きく頷いて言うが、その目が少しだけ赤い。
「フェン……俺たち、ずっと仲間だよ」
ボーザックが、ちょっとだけ鼻を啜る。
「ロディウルが落ち着いた頃に、また戻ってくればいいわ」
ファルーアは妖艶な笑みをこぼしながら、声を震わせて。
「フェン……! また旅しようね。大好きだよ」
ディティアが、たまらなくなったのか銀色の毛並みに飛び付いた。
「……言っておくけど、お前はこの先も『白薔薇』だからな? ――待ってるぞ。銀風のフェン」
当然だと言いたいのだろう。
フェンは砂丘に響き渡る声で、アオォーン、と嘶いた。
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こうして、俺たちはロディウルにフェンを預け、旅立った。
次なる未知が、この先にも待っているに違いない。
「アルヴィア帝国に行って、シエリアのドーン王国に行って、フェンともどっかで合流しないとだな」
俺が言うと、皆はそれぞれ笑顔で頷いた。
「そのころには、フェン、すっごく大きくなってるかもしれないね」
ディティアが、少しだけ腫れた目元を隠すこともせず、ふふ、と笑う。
「ははっ、うん。楽しみだな!」
俺は彼女に応えて、ふと、見上げた。
――旅立ちには申し分ない、すっきりと晴れ渡った空が、俺たち白薔薇を見下ろしていた。
To be continued……
2020年4月より、
続編 逆鱗のハルトⅢを投稿開始しました!
https://ncode.syosetu.com/n0025gd/
逆鱗のハルトⅡは、ここで一区切りとさせていただきます!
逆鱗のハルトⅢ
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開始しました、どうぞー!
やる気に繋がりますので、逆鱗のハルト、無印もⅡも、よろしければ評価などもしていただければ幸いです。
本当にお付き合いくださりありがとうございました。
引き続き書籍は出ますので、どうぞよろしくお願いします。
奏




