次なる未知へと。④
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翌朝。
「あ、いたいた。シエリアー」
呼ぶと、北にある自由国家カサンドラよりもさらに北にあるという、ドーン王国の第七王子、シエリアが振り返った。
相も変わらず鋭い三白眼が、恐さを増幅させる微笑みとともにこちらに向けられる。
「ハルト君!」
肩に触れそうな長さの金髪を揺らし、俺に向けて大きく手を振ってくれるシエリアに、苦笑を返す。
深い蒼の鎧に身を包み、その背で白いマントが翻る佇まいは、一国の王子に相応しい気がした。
……今日、砂漠の拠点から、第一陣が出発する。
シエリアは、その第一陣とともにここを発つのだ。
だから俺は彼らに挨拶をするために、白薔薇の皆と探していたのである。
同じく出発するトレージャーハンターたちも集まっていて、洞窟の外はとても賑やかだ。
皆、晴れ晴れとした顔をしていて、足取りも軽い。
皆は雄姿のラウジャやシュレイスたちと話し始めたので、俺はシエリアの隣に歩み寄る。
「シエリアはドーン王国に戻るんだろ?」
聞くと、シエリアは大きく頷いた。
「はい。暗殺者から逃れ……皆のために戦うことができたのは、何度も言いますがハルト君のお陰です。……ありがとうございます、幸運の星」
眩しそうに周りのトレージャーハンターたちを眺めながら紡がれた言葉に、俺は肩を竦める。
「そろそろ、俺のお陰じゃなくて自分の力だって、認めたらどうなんだよシエリア。幸運の星は、お前自身が持ってるものだと思うけど?」
シエリアは三白眼を見開いて、ぱちぱちと瞬きをした。
「ハルト君……誰かに幸運の星の物語を聞いたんですか?」
「は? ……いや、そういやまだ概要しか聞いてないままだな」
返すと、シエリアは唇をぐっと引き結んだ。
俺を見る三白眼が、眇められて、たぶん……涙を堪えているんだろう。
「……シエリア? 大丈夫か?」
「やはり、君は……」
「え?」
「幸運の星は……ハルト君。物語の最後に言うんです。『私は幸運の星などではなく、あなたに宿る希望そのものです』と」
「……」
「僕の希望、僕の星。……ありがとう、君が僕を照らしてくれたんだ。……本当に、ハルト君に、会えて……僕は……」
唇が震えて、その瞳が潤む。
堪えきれなくなった涙が、ちかりと瞬いて、こぼれた。
そっか。そうなんだ。
初めて聞いた物語の終わりに、思いを馳せる。
幸運の星。それは、胸に宿る希望。
暗殺者から逃げるため、国を脱したシエリアに……この先多くの幸せが訪れることを祈る。
「う……」
ぽろぽろと、とめどなく涙をこぼすシエリアに――俺は。
「ふ」
思わず、笑ってしまった。
「……わ、笑いますか? ここで?」
ごしごしと腕で目元をこすり、シエリアが鼻を啜る。
「あ、悪い。……まるで今生の別れみたいだなってさ。すぐ会いに行くから、泣くなよ」
「……えっ?」
シエリアが、涙一杯の目をこっちに向ける。
俺は笑ったまま、拳を突き出した。
「まずはアルヴィア帝国。そのあとは、自由国家カサンドラを通って、ドーン王国。……見に行くよ、お前の国」
「――!」
出したままの俺の拳と、俺の顔。
シエリアは何度か視線を行ったり来たりさせて、口をぽかんと開けた。
「僕の、国に?」
「そう。皆と話したんだ。ドーン王国も見てみたいってな」
魔法が使える者が多いと聞く、まだ見ぬ王国。
ファルーアが興味を持ったこともあるけど、なにより、シエリアがいる国だ。
「持てなしてくれるんだろ?」
続けると、シエリアは涙を引っ込めて目を見開き、ぶんぶんと首を縦に振った。
「も、勿論です!」
「ハルト! 王子様泣かせてなにやってんのよ!」
「え? ……うわっ! いてっ!」
ガツッ!
出したまま所在がなかった俺の拳に、『彼女』の拳が叩きつけられる。
燃えるようなオレンジ色の髪が、まるでマントのようにばさりと舞った。
気が強そうな切れ長の紅い吊り目に、つんと尖らせた唇。
アイシャのヴァイス帝国皇帝であるラムアルを思わせる容姿の女性……シュレイスだ。
彼女は、輪郭に沿って丸く整えられた黒髪のテール、ドーン王国出身だという緑髪のヒーラー、ラミュース、そしてグランにどことなく似ている、短く刈った茶髪に紅い眼の厳つい大剣使いのダンテとともに、シエリアに雇われた身……だったはず。
聞けば、彼女たちもシエリアに付いていくそうだ。
「シュレイス。ハルト君は悪くありません」
「あら、そう? 王子様が言うなら許すわ!」
「いや、お前なぁ……許すってなんだよ」
呆れて言うと、シュレイスは胸を反らせた。
「ドーン王国に来るんでしょう? 聞いたわ。その頃にはあたしは王子様の近衛よ!」
……おい。
俺の話、聞いてないだろ。
「……いいのかシエリア。こんな奴で」
「えっ!? それは、そうですね。でも、彼女は近衛ではなくて僕の……」
「ほらシュレイス。お前、近衛は駄目だってさ」
言うと、シエリアは驚いた顔をした。
「あ、そういう……。そうですよね、ハルト君でしたね」
「は?」
「……つっ、続きは、あとで聞くからねっ王子様……」
「はい。楽しみにしていてください、シュレイス」
「……?」
なんだ?
首を傾げると、背中をものすごい衝撃が襲った。
「いっ……!?」
「やだねぇ鈍感は! ……シエリアの近衛には、この雄姿のラウジャがいいだろうね!」
鎧着てるのに、この衝撃。
どんだけ力があるんだよ、と内心で突っ込みつつ、俺はラウジャを振り返る。
その向こうで、白薔薇の皆やテール、ラミュース、ダンテが生温い笑みを浮かべていた。
朝になってしまいました、すみません。
いま、2巻の原稿の修正などなどを進めています。
引き続き、逆鱗のハルトをよろしくお願いします。




