命ついえるときには。⑥
◇◇◇
「――シュヴァリエとなに話してたんだ?」
ディティアが砂丘を登ってきたので尋ねると、彼女は俺の隣に座って眉をひそめ、首を傾げた。
「……えぇと……うーん」
「どうした? なにか言われたのか?」
「『逆鱗と文通を始めるよ。そのときは君に、故郷の押し花でも送ろう。疾風の』だって。……ハルト君、文通するの?」
「ぶっ……おいこら! シュヴァリエ!」
思わず振り返ったけど、あいつはとっくに洞窟内に消えたあと。
絶対ほくそ笑んでるぞ、いまごろ!
あいつ、ほんっとーに腹立つな!
誰が文通なんてするか!
俺が唸っていると、ディティアがくすりと笑った。
「励ましに来たんだけど、大丈夫だった……かな」
「……励ましに?」
「うん。ハルト君、元気ないみたいだったし……。あと、ええとね、寒そうだったから!」
彼女ははにかむと、持っていた大きな布を広げてみせる。
それは複雑な模様が編み込まれた、彩り豊かな厚手の布。
砂漠の民族のものだろう。
「そっか。そんなに寒くはなかったけど、ありが……へっくし……おお」
「あはは、狙ったみたいなくしゃみだね! はい、これ被って」
「……ディティアだって寒そうだけど」
「私は大丈夫だよ、さっきまで洞窟の中にいたし」
「まったく理由になってないよな、それ。……じゃあ、ほら」
俺はディティアから布を受け取って半分被り、右手でもう半分側の裾を持って広げた。
「一緒に被ろう」
「……え……ええっ!?」
ディティアが跳び上がるけど……そんなに意外か?
首を傾げると、彼女はおずおずと口にした。
「あの、ハルト君。それは、その、ちょっと恥ずかしいかなぁ……と」
「? いつも一緒のテントだし、いまさらじゃないか?」
「あー、テント……。これは、テント……テントかぁ」
ディティアが項垂れる。
あれ。もしかして、実は同じテントってのは無理してたのか?
考えが顔に出ていたのか、ディティアが首を振った。
「えっと、テントは大丈夫なんだけど。……たまには、ハルト君が照れてもいいと思うなぁ」
「うん? なんで?」
「……むー」
ディティアは抵抗を諦めたのか、大人しく少し俺に近寄る。
肩が触れる距離に収まった彼女に布を被せ、端っこをその右手に渡して、俺は再び首を傾げた。
「一緒に寝起きしてるのに、そんなに照れるか?」
「もー! そうじゃなくてっ! 普通は、その、男の人……と、こんな密着はしないでしょう?」
ディティアが口を尖らせる。
あー。まぁ、確かにそうだな。
俺もほかの異性とこんな密着するような……こと……。
…………。
ディティアの息遣いすら感じられる至近距離。
彼女のエメラルドグリーンの眼に映る、俺自身が見えるほどで。
俺は、その距離感に思わず身じろいだ。
「……あ、えぇと……そっか。ご、ごめん……」
「えっ? ――もしかしてハルト君、いまさら照れてる?」
「てっ……照れては、いない、けど!」
あれ、ちょっと待て。なんか変だぞ。
意識したら、急に……。
慌てて左腕で口元をごしごしすると、ディティアが笑った。
「――そっかぁ! えへへ、そうだよね! 照れちゃうよね? ふふ!」
「な、なんで嬉しそうなんだよ……?」
「ふふー、知らない~」
上機嫌になった彼女の濃茶の髪を眺め、俺は思う。
彼女もシュヴァリエと同じだ。
強くて、俺が持っていないものを持っている。
だけど、あいつと決定的に違うのは――俺が、守りたいと……大切だと思っていること。
出会って、誰かのことをそんなふうに思ったり、誰かにそう思われたりすることは――きっと幸運なことだよな。
そう考えれば考えるほど、隣でにこにこしている双剣使いの女の子が、愛おしく感じた。
同時に、白薔薇の皆を誇りに思う。
俺は、彼女の左手首でちらりと瞬くエメラルドを見て、口にする。
「……俺、白薔薇でよかったと思うよ」
「えっ?」
顔を上げた彼女と、目が合う。
「皆のことも、ディティアのことも、すっげー好きなんだなーと思ってさ」
笑いかければ、彼女は二度、瞬きをした。
「例えば、アルバニアスフィーリアともっと早く出会って、たくさん話してたとしたら……結果は変わってたのかもしれない。でも……それは叶わなかった。あいつには、俺の思う白薔薇みたいな人がいなかったんだよな」
災厄と同化するために身を差し出し、命ついえるときに、彼女はなにを思っただろう。
答えは、わからない。――災厄は、もういない。
アルバスの意志とともに。
俺は、ようやく……それをちゃんと受け止められた気がした。
――しかし。
そのあと、星明りの下でもはっきりわかるほど真っ赤になったディティアに、こってりと怒られることになる。
「その流れの前に! その言葉は! 無神経です! ハルト君!」
彼女の絶叫は、砂丘の向こうへと溶けていったのだった。
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Ⅱはもうすぐ終わりの予定です。最後まで、どうぞお付き合いくださいませ。
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