表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆鱗のハルトⅡ  作者:
300/308

命ついえるときには。⑤

******


――とはいえ。


ちっとも眠れずに……俺は洞窟の外、砂丘の天辺に登って胡坐を掻き、星空を眺めていた。

少し肌寒い空気がいまの俺には丁度いい気がして、なにもかぶってない。


少し埃っぽいような砂の匂いは、嫌いじゃなかった。


――瞬く星たちは本当に綺麗で、ありきたりだけど……自分の存在のちっぽけさを思う。


そこに、さくさくと砂を踏み締める音。

なんとなく……誰かはわかっていた。


「トールシャで見る星も美しいね」

「……ふん」

振り返るつもりはない。


鼻を鳴らすと、そいつは俺のすぐ隣に、右膝を立て、左足をなげうって座った。

その座りかたすら様になっているのが、なんとなくイラッとくる。


「……君も一杯どうだい」

俺たち白薔薇の故郷、ラナンクロストの王国騎士団、その次期団長であるシュヴァリエは、俺のほうに杯をひとつ差し出し、砂にさくり、と立てた。

自分の横にも同じようにしたあとで、その手元、きゅぽん、と鳴いた瓶から、とくとくと金色の液体を注ぐ。


砂丘を思わせる色をした、綺麗な酒だ。


「……」

黙って杯を取ると、シュヴァリエはふふ、と笑みを浮かべ、自分の杯を掲げた。


「逆鱗のハルトに乾杯」


――忘れもしない。


飛龍タイラントを屠り、逆鱗という二つ名をもらったその夜も、こいつはこうやって言ったはずだ。

俺はそのときをなぞるように、口にした。


「……閃光のシュヴァリエに乾杯」


「はは」

シュヴァリエはなぜか楽しそうに笑うと、杯を干した。


俺も一気にあおると、喉を焼くような酒が流れ、腹の中でかあっと熱くなる。

辛口の風味と、熱いと感じるのに滑らかな、文句なしの喉越し。


極上の酒だ。


「騎士団はどうしたんだよ」


聞くと、シュヴァリエは次の酒を俺の杯に注いで、瓶を置く。

なにも言わずに、蒼い眼が、俺を面白そうに見ている。


……ふん。


俺はその瓶を取って、シュヴァリエの杯に酒を注いだ。

わかってやってるところに腹が立つ。


「……僕が騎士団長になるまで、あと一年と決まったんでね。今回は、見聞を広めるための遠征だ」

「見聞ね……。そういや、お前、こっちにも仲間だか部下がいるんだろ?」

「ああ、手紙には書かなかったね。……協力者の名前は、ストールトレンブリッジだよ。もう会っているだろう?」

「ぶっは! ごほっ、ごほっ……」

俺は盛大に咽せて、胸元を何度か叩いた。


「ストー!?」

「はは。曲者ストールトレンブリッジと呼ばれているらしいね」


いや、待て、待て待て。

あいつ、そんな素振りは一切見せなかったぞ!


それに、あいつはトレージャーハンター協会ヤルヴィ支部の支部長だ。

だから、会うことは必然であったとしても……つまり、シュヴァリエは……。


「白薔薇の活躍、素晴らしかったようだね。逆鱗の」


――知っていたんだろう。俺たちの動向を。


「……っ、なんか、お前の手のひらの上にいたみたいで腹立つ!」

「安心するといいよ、逆鱗の。そこまで暇でもないさ」

「はあ? ……ほんとお前、嫌味な奴だなぁ……ったくもう」


悪態をついてみたものの、思わず、苦笑してしまう。


「まあ、仕事と言っても、面倒な書類ばかり増えるけれどね」


シュヴァリエは小さく息をついてから空を仰ぎ、言った。


「――世界は広い。自由な翼を持つ君が羨ましいとも思うよ」


「…………」

それには、少し、驚いて。


俺は自分の杯から、シュヴァリエに視線を移した。

どこか遠くを見ているシュヴァリエの表情は、嘘のないもので。


「……ふ、はは」

なんだかおかしくて、笑ってしまった。


「この場面で笑うとは……心外だね」

「いや、悪い。お前さ、人並みの悩みもあるんだな」

「君は僕をなんだと思っているのか、少し疑問だよ。逆鱗の」

「…………酒が美味いから」

「うん?」

「酒が美味いから、教えてやるよ。悔しいけど……お前は強い。俺には足りないものも持ってる。……お前は、越えるべき相手だ。……待ってろよ、いつか負かしてやるから」

「――」

シュヴァリエが、目を見開く。

珍しい表情に、俺はさらに笑ってみせた。


「ははっ、変な顔」

「君は……まさか、僕に勝てると思っているのかい?」

「……って、そこかよ!」

突っ込むと、シュヴァリエはいつものように優雅な笑みを浮かべた。


「越えるべき……か。ふふ、やはり君は面白いな、逆鱗の」

「ふん、言ってろ。その鼻、へし折ってやるからな」


シュヴァリエは杯を乾し、ゆっくりと口を開いた。


「白薔薇は、次はどうするんだい?」

「さあなあ……。違う国に行くのか……それともこのあたりをちゃんと回るのか……」

「たまには、報せを寄越すといい」

「うん?」

「君の名、まだ広める場所があるはずだろう? 僕の手に掛かればそれも早まるからね」

「なんだよ。素直に、羨ましいから世界のこと教えろって言ってもいいぞ、シュヴァリエ」

「はは。閃光の、と付けてくれてもいいよ。逆鱗の」

「……ふん。……まあ、気が向いたら報せてやるよ」

「そうか。楽しみにしているよ」


シュヴァリエはさらっとそう言って、俺の杯に残りの酒を足し、立ち上がった。


こいつ、こういうところが人たらしなのかもしれないなぁ。

――俺は絶対認めてやらないけど。


「どうも、君は人気者のようだ。順番を譲るとしよう」

「……は?」


振り返ると、砂丘の下、ちょっと困ったように身動ぐディティアが見えた。


「逆鱗の」

「なんだよ」

「災厄討伐、見事だった。君は迷う必要はないよ。同化とは、成り代わることではない。あれは、ただ意志を継いだだけの、魔物にすぎないのだからね」

「……」


シュヴァリエはひらりとマントを翻し、砂丘の下で彼女となにか話したあと、いなくなった。



記念すべき300話です!

そんなときにシュヴァリエ成分が満載。

逆鱗のハルトⅡ、もう少しお付き合いくださいませ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ