命ついえるときには。⑤
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――とはいえ。
ちっとも眠れずに……俺は洞窟の外、砂丘の天辺に登って胡坐を掻き、星空を眺めていた。
少し肌寒い空気がいまの俺には丁度いい気がして、なにもかぶってない。
少し埃っぽいような砂の匂いは、嫌いじゃなかった。
――瞬く星たちは本当に綺麗で、ありきたりだけど……自分の存在のちっぽけさを思う。
そこに、さくさくと砂を踏み締める音。
なんとなく……誰かはわかっていた。
「トールシャで見る星も美しいね」
「……ふん」
振り返るつもりはない。
鼻を鳴らすと、そいつは俺のすぐ隣に、右膝を立て、左足をなげうって座った。
その座りかたすら様になっているのが、なんとなくイラッとくる。
「……君も一杯どうだい」
俺たち白薔薇の故郷、ラナンクロストの王国騎士団、その次期団長であるシュヴァリエは、俺のほうに杯をひとつ差し出し、砂にさくり、と立てた。
自分の横にも同じようにしたあとで、その手元、きゅぽん、と鳴いた瓶から、とくとくと金色の液体を注ぐ。
砂丘を思わせる色をした、綺麗な酒だ。
「……」
黙って杯を取ると、シュヴァリエはふふ、と笑みを浮かべ、自分の杯を掲げた。
「逆鱗のハルトに乾杯」
――忘れもしない。
飛龍タイラントを屠り、逆鱗という二つ名をもらったその夜も、こいつはこうやって言ったはずだ。
俺はそのときをなぞるように、口にした。
「……閃光のシュヴァリエに乾杯」
「はは」
シュヴァリエはなぜか楽しそうに笑うと、杯を干した。
俺も一気にあおると、喉を焼くような酒が流れ、腹の中でかあっと熱くなる。
辛口の風味と、熱いと感じるのに滑らかな、文句なしの喉越し。
極上の酒だ。
「騎士団はどうしたんだよ」
聞くと、シュヴァリエは次の酒を俺の杯に注いで、瓶を置く。
なにも言わずに、蒼い眼が、俺を面白そうに見ている。
……ふん。
俺はその瓶を取って、シュヴァリエの杯に酒を注いだ。
わかってやってるところに腹が立つ。
「……僕が騎士団長になるまで、あと一年と決まったんでね。今回は、見聞を広めるための遠征だ」
「見聞ね……。そういや、お前、こっちにも仲間だか部下がいるんだろ?」
「ああ、手紙には書かなかったね。……協力者の名前は、ストールトレンブリッジだよ。もう会っているだろう?」
「ぶっは! ごほっ、ごほっ……」
俺は盛大に咽せて、胸元を何度か叩いた。
「ストー!?」
「はは。曲者ストールトレンブリッジと呼ばれているらしいね」
いや、待て、待て待て。
あいつ、そんな素振りは一切見せなかったぞ!
それに、あいつはトレージャーハンター協会ヤルヴィ支部の支部長だ。
だから、会うことは必然であったとしても……つまり、シュヴァリエは……。
「白薔薇の活躍、素晴らしかったようだね。逆鱗の」
――知っていたんだろう。俺たちの動向を。
「……っ、なんか、お前の手のひらの上にいたみたいで腹立つ!」
「安心するといいよ、逆鱗の。そこまで暇でもないさ」
「はあ? ……ほんとお前、嫌味な奴だなぁ……ったくもう」
悪態をついてみたものの、思わず、苦笑してしまう。
「まあ、仕事と言っても、面倒な書類ばかり増えるけれどね」
シュヴァリエは小さく息をついてから空を仰ぎ、言った。
「――世界は広い。自由な翼を持つ君が羨ましいとも思うよ」
「…………」
それには、少し、驚いて。
俺は自分の杯から、シュヴァリエに視線を移した。
どこか遠くを見ているシュヴァリエの表情は、嘘のないもので。
「……ふ、はは」
なんだかおかしくて、笑ってしまった。
「この場面で笑うとは……心外だね」
「いや、悪い。お前さ、人並みの悩みもあるんだな」
「君は僕をなんだと思っているのか、少し疑問だよ。逆鱗の」
「…………酒が美味いから」
「うん?」
「酒が美味いから、教えてやるよ。悔しいけど……お前は強い。俺には足りないものも持ってる。……お前は、越えるべき相手だ。……待ってろよ、いつか負かしてやるから」
「――」
シュヴァリエが、目を見開く。
珍しい表情に、俺はさらに笑ってみせた。
「ははっ、変な顔」
「君は……まさか、僕に勝てると思っているのかい?」
「……って、そこかよ!」
突っ込むと、シュヴァリエはいつものように優雅な笑みを浮かべた。
「越えるべき……か。ふふ、やはり君は面白いな、逆鱗の」
「ふん、言ってろ。その鼻、へし折ってやるからな」
シュヴァリエは杯を乾し、ゆっくりと口を開いた。
「白薔薇は、次はどうするんだい?」
「さあなあ……。違う国に行くのか……それともこのあたりをちゃんと回るのか……」
「たまには、報せを寄越すといい」
「うん?」
「君の名、まだ広める場所があるはずだろう? 僕の手に掛かればそれも早まるからね」
「なんだよ。素直に、羨ましいから世界のこと教えろって言ってもいいぞ、シュヴァリエ」
「はは。閃光の、と付けてくれてもいいよ。逆鱗の」
「……ふん。……まあ、気が向いたら報せてやるよ」
「そうか。楽しみにしているよ」
シュヴァリエはさらっとそう言って、俺の杯に残りの酒を足し、立ち上がった。
こいつ、こういうところが人たらしなのかもしれないなぁ。
――俺は絶対認めてやらないけど。
「どうも、君は人気者のようだ。順番を譲るとしよう」
「……は?」
振り返ると、砂丘の下、ちょっと困ったように身動ぐディティアが見えた。
「逆鱗の」
「なんだよ」
「災厄討伐、見事だった。君は迷う必要はないよ。同化とは、成り代わることではない。あれは、ただ意志を継いだだけの、魔物にすぎないのだからね」
「……」
シュヴァリエはひらりとマントを翻し、砂丘の下で彼女となにか話したあと、いなくなった。
記念すべき300話です!
そんなときにシュヴァリエ成分が満載。
逆鱗のハルトⅡ、もう少しお付き合いくださいませ!




