海は広いです。③
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「…………ッ!」
全員を船室に集めて五感アップを投げた。
ボーザックが眼を見開き、息を呑む。
「これ、どういうこと?この下に……何かいる?」
意図したわけじゃないんだろうけど、声は押し殺されていた。
グランも唸って、腕を組んだ。
額には汗が滲んでいる。
「おいハルト、五感アップ最後に使ったのはいつだ?」
「それが……船に乗ってから使ったのは、今回が最初なんだ」
「そうか……いつから『いる』のかはわからねぇんだな。よし、とにかくただ事じゃねぇ。こんな場所で襲われたら、俺達は魚の餌だろうよ。……船長に話をするぞ」
「なら、俺が呼んでくるよ。フェン、一緒に来てくれる?」
「がうっ」
ボーザックがフェンと立ち上がり、すぐに部屋を出て行く。
「討伐するにも、この船の戦力がわからねぇ」
「そうね。魔法も、海の中じゃ炎は役に立たなそうよ」
「そうだね。出て来てくれないと攻撃も届かないし……ファルーア、水系の攻撃魔法は?」
「旅の途中に水を作るのと変わらないから、出来なくはないわね。ただ、古代魔法みたいな威力のものはどうかしら……」
ファルーアは、爆炎のガルフから貰った魔道書をぱらぱらとめくった。
ワインレッドの表紙に金糸で刺繍が施された高そうな本には、古代魔法と呼ばれる恐ろしい威力の大魔法を、爆炎のガルフがアレンジして使いやすくしたものが記されているらしい。
「……渦を作ることは出来そうね。船ごと沈むくらいの規模」
「いやいやいや、それ俺達共倒れじゃん!」
思わず突っ込んで、苦笑する。
グランも、ディティアも、少し笑った。
「こんなとこで魚の餌になってたまるか。ちゃんと調整出来るんだろうな?ファルーア」
「そうね、やるしかないでしょう?」
いつもの妖艶な笑みが、本当に頼もしい。
何となくだけど、ファルーアはものすごく強くなったと思う。
俺もうかうかしてられないよなぁ。
丸い窓から見える空は今日も快晴。
けれど、行く先には暗雲。
俺達は、それでも進まなければならなかった。
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「何事ですかな」
ボーザックとフェンに引っ張られてきたのは、真摯な口調の厳つい爺さんだった。
さすが、日に焼けて真っ黒な肌は海の男そのもの。
まだ筋肉もがっつりある。
とりあえずソファーに無理矢理座らせて、俺達は船長の前に詰め寄った。
「とりあえず、落ち着いて聞いてくれ。……この船の真下に、船よりデカい何かがいる」
グランは単刀直入にそう言って、船長の反応を窺った。
「……な、何を仰いますか」
船長は、当然だけど、思い切り身体を引いて、引き攣った笑みを浮かべる。
「おいハルト」
「ああ。五感アップ!」
「お、おおっ!?これは!?」
眼を見開き、キョロキョロする船長は、やはり身体を引いたまま。
厳ついだけに、その動作はちょっと気持ち悪い。
「五感を強化するバフなんだ。わかるだろ?この大きな気配」
俺が言うと、彼は口を引き結んだ。
……でも。
「こ、この気配が、小さな魚が群れになったものでない確証はございますかな」
しどろもどろにも関わらず、強いひと言が返される。
俺は耳を疑った。
確かに海のことはよく識らない。
それでも、この気配が小さな気配の集合じゃないことくらいはわかる。
何て言うか……説明は難しいんだけど。
寧ろ、いくら冒険者じゃなくたってわかるもんじゃないのか?
「こ、小魚の群れ……?」
ボーザックがぽかんと口を開け、ファルーアが眉をひそめた。
「ちょっと、小魚がこんな大量に群れながら付いてくるとでも?なんの淀みも無く、同じ隊列で?」
それだ!
さすがファルーア。
そう、淀みがなくて、気配がぶれないんだ。
群れだとしたら、かなり統率が取れていて、それこそ危険じゃないか?
そんな俺の考えとは裏腹に、船長は、俺達とは眼を合わせず何度も頷く。
「そ、そうです。我々の船と一緒に移動するのです」
「……よくあることなんですか?」
ディティアも訝しげ。
グランも、髭を擦ったまま眉間にしわを寄せている。
「ありますとも、毎回、毎回です!……ああ、そろそろ船長室に戻りますな。来客予定がありましてな!」
慌てて部屋を出て行く船長を、これ以上引き留める術は無い。
それに、怪しすぎて逆に……おかしいよな?
離れていく足音が消えてから、漸く俺達は息を吐いた。
「はあー……何だよあれ」
思わず言葉にする。
「明らかに何か隠しているわね」
「うん……困ったね」
「こんな状況で隠すって、何を知ってるんだろう-?」
ファルーアとディティアが同意してくれて、ボーザックも半ば呆れ顔。
「さあな。ただ、いつ襲われるかわからねぇ……まあ、爺さんの反応を見るに襲われねぇ確信でもあんのかもしれねぇが……正直生きた心地がしねぇ。情報を集めるぞ」
グランが結論を出してくれて、俺は頷いた。
……とりあえず、やれることをやるしかないよな。
本日3話目。
4話までは今日更新します!