命ついえるときには。④
「……せや……逆鱗……。アルバスは、フォウルを喰うた……」
「ロディウル……起きたのか」
「力は、入らへんけど……な」
俺にもたれ掛かったまま、ロディウルは苦しそうに呻いた。
「ロディウル!」
そこに、セシリウルとカムイが飛び付いてくる。
彼らは問答無用で俺からロディウルを引き剥がし、揉みくちゃにした。
「心配かけさせんとき!」
「俺ら影に恥ィかかせる気やったんかァ! このド阿呆!」
「いてっ……や、やめへんか……」
それが、あまりに温かい光景だったから。
俺は……言葉を詰まらせた。
間違ったことをした、そんなつもりはないけど。
それでも……それでも、胸のなかに残るのは、黒い、息苦しさを覚えるような感情だ。
思わず唇を引き結んだところに、ヒールがふたつ飛んでくる。
左腕からぼたぼたと流れていた血が止まり、傷が塞がっていく。
俺は一度目を閉じて息を吐き出してから、彼女たちに向き直った。
「うふふぅ、放っておくかは、迷ったのよ?」
「ふん。そんな傷で文句言われたら面倒だからね」
緑髪のヒーラーであるラミュースと、バフを使えるヒーラー、リューンだ。
その向こうでは、三白眼のシエリアが、いつものように恐い顔をさらに歪めて、俺に頷いた。
「……ありがとな」
素直に応えると、今度はグランとボーザックが、俺の左右の肩をそれぞれ叩く。
「格好よかったぞ、ハルト」
「俺、やっぱハルトは強いなーって思う」
「……え?」
思わずふたりを見れば、真面目な顔。
「俺はお前を誇りに思ってる」
「俺、ハルトと同じ気持ちでいるから。俺たちも一緒だよ」
「…………」
応えられなかった俺に、ふたりは頷いてみせる。
そこに、今度はディティアが飛び付いてきた。
「おぉ!?」
「わあっ」
グランとボーザックも巻き込まれて一緒に彼女を受け止め、目を丸くする。
「災厄は、止まりました……逆鱗のハルト。……ロディウルは、助かったよ。……胸を張っていいんだよ、ハルト君」
俺のことを見上げるエメラルドグリーンの眼は、力強く輝いていて。
じわり、と胸が温かくなった。
「……災厄を止めたのは私たち『白薔薇』よ。あんただけに背負わせたりしないわ。さあ、凱旋しましょう」
ファルーアが、妖艶な笑みを浮かべて、俺の額を指先でぺしりと弾く。
足下にはフェンがいて、俺のふくらはぎを鼻先で突いた。
「……うん。そうだな、大丈夫。ありがとう」
視線を上げれば、爆風が笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いてくれた。
*******
討伐隊の撤収は明日以降となった。
それなりに時間も遅く、皆、疲れていたのが理由だ。
それでも、俺たちは話をしなくてはならない。
ロディウルが、それを望んだんだ。
だから俺たちは星空の下、ユーグルたちが集まる場所へと赴いて……彼らのテントで話をすることになった。
◇◇◇
「……この洞窟付近まで来たとき、フォウルがなにかに反応したんや。俺は、爆風たちを先に行かせ、違う入口に辿り着いた」
ロディウルは顔色は悪いけど、口調はしっかりしている。
気丈に振るまうユーグルのウルの眼には、悲しみが見て取れた。
「そこにいたのは、雄のヤールウインド。俺たちのヤールウインドじゃああらへん。アルバスの飼い慣らした奴だってのはすぐに気付いた……その入口から入った先に、災厄がおったからな。ちょうど、アルバスが同化する瞬間やったんや」
勿論、戦ったけど……フォウルが犠牲になってしまったと、彼は続ける。
砂に取りつかれて、飛べなくて。
それでも、命ついえるそのときでさえ……フォウルは、ロディウルを守ったそうだ。
結局、災厄を捕り逃がし、入口を塞がれてしまったロディウルは、そのあとで、探しに来たセシリウルとカムイに拾われた。
「……私たちが最初に災厄と戦った直後のことだと思います。……拠点に戻ったとき、私たちのヤールウインドが騒ぎ出したと聞いて、私とカムイは様子を見に向かいました。しばらくして、そこに爆風のガイルディアたちが来た。彼らの話を聞いて、私たちはロディウルを探しに行ったのです」
セシリウルがそう言うと、ファルーアが頷いた。
「……そのあいだに作戦が決まり、私たち白薔薇が動いたのね」
「そのようだ。到着したときに白薔薇が潜ったことを聞いたが、拠点近くを嫌な気配が掠めたんでな。様子を見に行った先でお前に会ったというわけだ。逆鱗」
爆風がそう言って、手元の酒をあおる。
「はは、あれは傑作だったな」
「アイザック……いまのハルトを虐めないであげてよ」
「おお、すまねぇ。ボーザック」
「いや、その会話が傷を抉るんだけど……?」
思わずこぼすと、隣にいたディティアが笑った。
心外だとばかりに口を尖らせると、彼女はにこにこして口にする。
「皆、ハルト君を元気付けたいんだよ」
「……これで?」
「そう!」
うーん、それはそれで、情けないような、嬉しいような。
ついでに、照れもあるというか。
俺はとりあえず、ディティアの左頬を摘まんだ。
「ひゃ!?」
「……たぶんこっちのほうが、癒されるかな」
「…………!」
うん。やっぱり小動物。可愛いもんである。
俺は俯いて呻いているディティアの頬から手を放し、その頭をぽんぽんと二回撫でた。
硬直して紅くなるディティアを眺めていると、その向こうから爽やかな空気が撒き散らされる。
「照れ隠しもほどほどにしたらどうだい? 逆鱗の」
「……うぐ。な、なに言って……」
「あなたは少し、場をわきまえるべきかと」
「……えぇ?」
しかも、追い討ちをかけてきたのは、さらに向こうにいた迅雷のナーガだ。
爆炎のガルフの片眉が、ぐあーっと持ち上がる。
あれ、驚いたときの癖なのかな。
「……お前、すげぇなハルト……二度目かよ」
「閃光のシュヴァリエに関わらなくても話せるのね、あなた」
グランが目を丸くし、ファルーアは澄まし顔。
フェンは俺をチラ見して、すぐにそっぽを向く。
俺は迅雷のナーガとともに、盛大に鼻を鳴らした。
けど、それを聞いていたロディウルが微笑む。
「正直なぁ、お前にぶん殴られて目ぇ覚めたんやで。逆鱗のハルト」
「うん?」
「フォウルがな、命張って助けてくれたんや。……それを、生贄になろうだなんて馬鹿やったなぁ、っと」
「……まあ、それはその通りだろ。本当に腹立ったし……きっとフォウルだってそうじゃないか」
俺が言うと、ロディウルはますます笑顔になった。
「――せやな」
本当は辛いんだと思う。それでも、ロディウルは笑ったから。
俺は、一緒に笑うことを選択した。
……それからの話は、とんとんと進んだ。
まず、爆風は樹海の災厄を倒すため、すぐに爆炎のガルフを呼ぶと決めたこと。
ヤールウインドで海を渡り、ラナンクロストで爆炎を確保したところ、グロリアス全員を連れて行くはめになったこと。
災厄の走龍クァンディーンを危なげなく屠った彼らは、砂漠へと向かい、その途中で――俺はすっかり忘れてたけど――伝達龍を狩っていた、血結晶を呑んだメイジたちに遭遇。
そいつらは縛り上げて砂漠の村に置いてきたそうで、おそらくほかにもいるだろうとのこと。
……アルバスが砂漠の災厄に同化することを決めていて、念入りに準備したのだろうと、爆風は言った。
準備期間は数年に渡っていたはずだ、とも。
災厄は、長い年月のうちに弱っていたんだろう。
その昔、遠い遠い昔は太刀打ちできなかったはずで、だからこそこうやって眠らされていたのだから。
長い時間で、人も弱くなっているのかもしれない……いや、弱くなったんだろう。
それでも、やっと災厄を倒し、最初に贄になったものと同化したものを永久の眠りへと誘うことに成功したのだと……ロディウルは、肩の力を抜いて告げた。
そうやって、皆で少し騒いで、ようやく人心地ついたような気持ちになった俺たちは、それぞれのテントへ戻るべく……解散となった。
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