命ついえるときには。③
『くっ、ウゥ……』
よろめいたロディウル……いや、アルバスかもしれない……は、俺をその紅い眼に映し、苦痛に顔を歪める。
ぽたりぽたり、と。
俺の左腕に刺さったナイフを伝い、鮮血が滴り落ちていく。
ゆっくりと、ロディウルの口が開かれて……ともすれば少年のようにも聞こえる『彼女』の声がこぼれた。
『ドウシて。ハル、ト……』
胸が、ぎゅっと締め付けられたような気がした。
止めたことに、後悔はない。
ロディウルが生贄になるのは、認めない。
……だけど。
「――たくさん死んだんだ……虫けらなんかじゃない、人が、たくさん。俺は、災厄を……お前を止めにきたんだ、アルバニアスフィーリア」
『ナンで……ジャマ、するノ。アタシの、楽園……ハルトは、イテもいい、って……言っタ、ハズ』
「……お前、必要とされてたのに。……お前のやりかたは、間違ってたんだ」
『嘘、イワナイでよ。オマエに、なにガワカル。ウソツキ』
「なにもわからないさ! でも、アルは必要とされてたんだよ。ソードラ王国で王がいない理由に俺は腹が立ったし、ならアルが王になればいいって、本当に思ったんだ」
『……ウソ、ツ……キ』
消え入りそうな声。
アルバニアスフィーリアは生贄になりたがっているような言動をしていたけど、それは……彼女が彼女の理想郷を欲していたからだったのかもしれない。
でもこれは……あってはならないやり方だ。
「……アルバニアスフィーリア。いや、災厄の砂塵ヴァリアス。ごめん……倒させてもらう」
言い切って歯を食いしばった瞬間、目の前の結晶が、ぎらりと光った。
『なら……ッ、オマエも道連れにナレェ……ッ!』
アルバニアスフィーリアが、俺の左腕に刺さったナイフを無理矢理引き抜く。
鮮血がぱっと飛び散って、激痛が走る。
「うぅっ……ぐ――!」
俺は顔を歪め、『核』に突き刺した双剣を放しそうになって必死で力を込めた。
いま放したら、逃げられてしまう。そう、直感が訴えてくる。
けれど視界の端では、抜かれたナイフが、再び俺の首目掛けて振りかぶられるのが見えた。
……くそ!
しかし。
キィーーンッ
高い、高い音。
『皆……死ンデ……シマ……エ……』
消えていく声。
からん、と、ナイフが落ちる。
「君の意志、確かに見せてもらったよ。逆鱗の」
俺の左腕、その下を潜らせるようにして。
細い剣を真っ直ぐに『核』へと突き刺したそいつは、小さく呟いた。
「……シュヴァリエ」
……悔しいけど、助かった。
銀の髪が、場違いなほど優雅に揺れる。
シュヴァリエは剣を納め静かに頷くだけで、なにも言わない。
なんだよ、と思った。
いつもなら茶化してくるくせに。
こんなときだけ、そんな反応するのかよ。
俺は砕けてこぼれていく結晶から双剣を引き抜き、反動で倒れるロディウルを支えた。
どうやら、完全に意識を失っているようだ。
胸の傷はたいしたことないらしく、呼吸はしっかりしていて、まるで眠っているようだと……そう思う。
俺の意志……。
シュヴァリエの言葉を、胸の奥で反芻する。
アルバスがやったことは許されない。
止めたことに、後悔はない。
ロディウルが生贄になるのは、認めない。
……だけど――これは、人を殺めることと、なにが違うのだろう。
罪を犯したものを狩ることをよしとしないと言い切ったのに、胸を張れる結果なのか?
その思いを後押しするかのように、災厄を倒したこの瞬間、誰一人として歓声を上げるものはいなかった。
冷えた洞窟内には、張り詰めた空気が満ちている。
災厄の砂塵ヴァリアスと同化したのであろうアルバスは、自分の楽園のために行動した。
ロディウルという体を得た一瞬のあいだだけ、言葉を交わしたけど……思えば、砂の体でも、なにかを話そうとしていたんだろう。
もう少し形がちゃんとしたら、あのままでも話すことができたのだろうか。
そこまで考えて、俺は項垂れた。
なら、もしかしたら。
まだ人としても、生きることができたんじゃ――。
そのとき、俺の右肩が、ぐっと掴まれた。
「あれは災厄。魔物だ、逆鱗」
「……爆風」
「アルバスの意識を継いだ、ただの魔物。アルバスはすでに喰われたあとで、時間とともに意識は薄れていったはずだ。あれは破壊を招く、存在してはならないものだろう。……お前は、なぜロディウルが同化しようとしたと思う? 同化に必要なものを知っているんだろう?」
言われて、俺は息を呑んだ。
災厄と同化するとき、その災厄に自分が馴染みやすくするために、災厄には自分の魔力を込めた血結晶を取り込ませておくのが望ましかったはず。
ロディウルは、自分が同化できると確信していたように見えた。
……なら、アルバスはなにを取り込んだのか。
ロディウルの魔力が籠もった血結晶があったとして、条件を知っているアルバスが、それを食べるとは思えない。
なら……それと同じようなものがあったのだろうか。
――思い浮かんだのは、ロディウルが血結晶を食べさせていたという……怪鳥。
もし……ずっと与えていたのが、ロディウルの魔力を込めた血結晶だとしたら?
「――フォウル……?」
掠れた自分の声に、抱きかかえたロディウルが呼応するように身じろいだ。
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