志を抱くもの。⑥
ずだあぁんっ!
「ぐ、はっ……!」
殴られた反動で床に転げたロディウルが、空気を吐き出す。
ごろごろと転がったその体に、俺はすかさず走り寄った。
真横に立ったまま身を屈め、その胸ぐらを掴む。
「生贄になんか、させないっ……俺たち白薔薇は、そのためにここに来たんだ……!」
「せやかて、逆鱗のハルト。わかるんや。ここに、アルバスの意志がある。俺はこれからこいつを押さえ込んで、災厄を鎮めなあかんのや」
彼の胸元に少しだけめり込んだ紅い結晶が、その言葉に呼応して、脈打つかのごとく明滅する。
――それが、たまらなく許せなかった。
「こんな塊、俺たちが粉々にしてやる! なにが志を抱くものだ! お前自身が抗えよ! 生きる志はないってのか!?」
「……!」
目を見開いたロディウルの、深緑色をした髪が揺れる。
「お前が同化したからって、誰も救われない! そんなことに命を賭けるなんて認めないぞ……!」
「……は、甘ちゃんやな……ほんまに」
吐き出された言葉は、しっかりしていた。
大丈夫。
ロディウルは、まだ「ロディウル」だ。
災厄なんかじゃない。
同化はしていない。
なら、間に合うんじゃないのか。
「……離れろ、逆鱗のハルト」
けど、掠れた声が、俺の耳を打つ。
「――まだそんなこと……ッ!」
言いかけた俺を、紅い眼がじっと見つめる。
ロディウルは胸ぐらを掴まれたまま、ゆらりと立ち上がった。
魔力感知に上書きし、肉体強化を三重にした俺の胸元に、その腕が伸ばされて……。
「っ、う、わ!」
浮遊感とともに、世界がぐるんと一回転した。
投げ飛ばされたんだと理解するのと同時に、ゴツゴツした岩肌に叩きつけられる。
「ハルト君!」
俺の横、すぐにディティアが駆け寄ってきた。
「つぅ……」
打ち付けた腰がズキズキしたけど、すぐ前に立っているロディウルを見て、俺は目を見開いた。
『はっ、仕返しや! その賭け、乗ったルわ……逆鱗のハルト』
――笑ってる。
ロディウルが、にやりと不敵な笑みをたたえ、笑っていたのだ。
その声は、心なしか二重になっているような音に聞こえる。
少しずつ、体が蝕まれているからかもしれない。
オレは鼻を鳴らして、立ち上がった。
「ふん、賭けなもんか! 俺たちが勝つのは決まってるんだからな」
「ははっ! よく言ったぞハルト!」
「さっすが! ハルトの逆鱗に触れるなんて、ロディウル、やっちゃったね!」
そこに、場違いなほど明るい声で、グランとボーザックが応える。
ついでとばかりに、ふたりに背中をど突かれて、俺は前のめりに蹌踉めいた。
「いっ……!」
ただでさえ投げ飛ばされたんだ。
少しは加減してくれよと思ったけど、同時に、気持ちが滾る。
「うちのバッファー、こう見えて諦め悪いのよ?」
「うん。……ハルト君がこう言うなら、覚悟してもらわないとね。ロディウル」
「ぐるる……」
ファルーアとディティアが俺の横で武器を構え、その足下、神々しく美しい銀の毛並みを光らせたフェンが唸る。
「うん、やはり若者はいいな!」
さらには爆風がひらりとやってきて、シャンッと双剣を打ち鳴らしたところに、
「はは、頼もしいね。……僕も参戦させてもらおう」
そんな言葉とともに爽やかな空気がぶわぁっと振りまかれ、俺は顔を顰めた。
「いや、お前はいいよシュヴァリエ……」
「閃光の、と付けてくれてもいいよ。逆鱗の」
「あー……疲れる……」
「ほっほ、では、儂らも参戦かのう? 祝福の」
「まあ、うちの大将が動くからなぁ」
「えっと、僕たちもいいでしょうか……ハルト君」
「なんだいシエリア! もっと堂々といこうじゃないか! ……ところで、爆炎のガルフ。ご無沙汰してます」
「ほっ! 相変わらずゴツイのぉ、雄姿のラウジャ」
見回せば、シエリアたちや、ゴードとアーラ、殺気を滾らせたガルニアに、バフが使えるヒーラーのリューン、そしてストーまで集まっていた。
――ああ。なんだかんだ、多くの人と出会ってきたんだな。
胸の奥が、熱くなる。
『……あカんな。敵ばっかリやで、カムイ』
ロディウルが、やはり二重になっているような声で吐き出す。
それを聞いたカムイは盛大に鼻を鳴らした。
「悪いなァ、ロディウル。俺らも、やらせてもらうでェ」
その隣ではセシリウルも、ものすごく恐い顔をしている。
「ええ。簡単に許されると思わないでください。ロディウル」
少し落ち着いたのか口調を戻し、冴えたナイフのような声で続ける彼女に、ロディウルが苦虫をかみつぶしたような顔をする。
俺たちが構えると、ロディウルは胸元に刺さったままのナイフを引き抜いた。
『……災厄を、仕留めルか……俺の同化が先か……見せテもらうでェ、白薔薇』
……彼の言葉は、幼さを残した少年のような、ともすれば少女のような、そんな複雑な音となってこぼされた。
水曜分となります。
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