志を抱くもの。⑤
――ガキイィィンッ!
響いた音が、洞窟の壁や天井からさらに反響し、耳の奥に余韻を残す。
俺のこぶし大ほどの『核』が、グランの一撃で吹っ飛び、洞窟の壁に叩きつけられた。
俺には魔力感知で激しく光って見えるその塊が、跳ね返ってゴツゴツした床に転がり、近くにいた討伐隊がさーっと離れたのがわかる。
真っ二つとまではいかなかったけど、ヒビは入ったのだろう。
塊はちらちらと光を撒き散らしていた。
一瞬、しん……と静寂があたりを支配して、誰もが息を止めている。
俺は塊を確かめるべく、グランと視線を交わして頷き、慎重に近付いた。
転がった紅い石……血結晶に見えるそれが、未だ渦巻く魔力の中で明滅する。
「……終わった、のか?」
呟いた自分の声が掠れていて……思わず唇を湿らせた俺は、誰もが固唾を呑んで見守るなか、一歩、また一歩、核に近付く。
砂は……集まってくる気配がない。
「……」
直接触れるのは躊躇われた。
俺はゆっくりと『核』の近くに歩み寄り、動かないそれを見下ろす。
紅い……どこまでも紅い石。
それはまるで、血のような……。
――キレイ、だ。
美しい核は、ちろちろと命を揺らめかせ、ルビーのような華やかさを纏う。
吸い込まれそうなほどの深い輝きに、俺は身を屈め、もっと近くで見ようと手を……。
「――触ったらあかんで、逆鱗のハルト」
そのとき、耳に届いたその言葉に、我に返る。
びくりと肩が跳ね、思わず後退った俺は、すぐそばにいたユーグルのロディウルにぶつかった。
あ……そうか、爆風がここにいたんだから、ロディウルもいて当然だよな……。
場違いなことを思って、俺は息を呑んだ。
「……あ、え……?」
自分の状態に、冷や汗がぶわっと噴き出す。
――なにが綺麗なもんか。
血結晶そのもののような『核』に、そんなこと思うわけがないはずなのに。
俺、一体なにを?
どっ、どっ、と心臓が脈打つ。
『魅入られていた』のだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「こいつが災厄の本体か。ちっさいなぁ……」
ロディウルは俺の左肩を右手でぽんと叩き、するりと前に出ると、なんでもないような顔をしてにやりと笑ってみせてから『核』を拾い上げた。
「こんな奴が世界を脅かすなんて、信じられへんよな……」
魔力はぐるぐると渦を巻き、ロディウルの右手に絡み付いていく。
それは腕へ、肩へ……ゆっくりと、でも、確実に延びていった。
「ロディウル……お前、大丈夫なのか?」
思わず聞くと、紅い眼をこちらに向けて、彼はくすりと笑う。
「さあ、どうやろなぁ。誰かさんとはちゃうからなぁ?」
「……う。わ、悪かったな……」
視線を泳がせた俺に、ロディウルは少しだけ目を伏せ、続ける。
「……なあ。いいか、よく聞くんやで」
「うん?」
「災厄を倒せるのは、志を抱くものだけや。逆鱗のハルト……あんたらはきっと、そうやな。……頼むで」
「……え?」
「――あかん! ロディウルを止めてハルト!」
悲鳴にも聞こえる、女性の叫びがこだました。
ユーグルでロディウルの姉であるセシリウルの声だ。
自分の右手、そこにある塊を、ロディウルは一瞬だけ掲げたように見えた。
けれど、その手にあるものがそれだけじゃないことに、俺は気付く。
――鈍く光る、小さな刃。
そして、そのまま……。
どん、と。音がした。
「うっ……グ……!」
ロディウルが、胸に……手を、打ち付けたのだ。
もんどりうった体が、くの字に折れる。
「ばっ……馬鹿! なにやってるんだよお前!」
思わず、いまだ胸にあるその腕を引き剥がそうとした瞬間。
思いのほか強い力で、俺はロディウルに突き飛ばされた。
いや、突き飛ばされたというには生温い。
殴り飛ばされたような衝撃だった。
「……ッ!」
「ハルト!」
よろけた俺を、グランが受け止める。
そこに、セシリウルとカムイが人混みを掻きわけ、飛び出してきた。
「いやや! あかん! ロディウル!」
「ふざけんじゃねェ! なにしてんのや!」
「……災厄は、アルバスを取り込んだ……。もうこうするしかないんや……」
呻くロディウルの胸元、絡み付いた魔力の渦が吸い込まれていくのが、俺の目には見えている。
災厄の砂塵ヴァリアスの核が、少しずつ、その体に沈み込む。
そんな。ここまできて。
嘘だろ……?
――ロディウルが……『蝕まれて』いく。
「ロディウル――!」
駆け寄ろうとするセシリウルを見て、ロディウルはカムイを睨んだ。
「……カムイ。『止めるんや』」
「……、……くそがァッ」
「ちょっ、なにすんねん! カムイ!」
カムイの屈強な腕が、セシリウルの細い腕を掴む。
「放して! ロディウル、あかん! その手を早くどかしぃや! そのままじゃあかん!」
暴れる彼女をものともせず、歯を食いしばったカムイが、真っ直ぐにロディウルを見ている。
「許さへん……恨むでェ! ロディウル!」
泣きそうで、怒ったようで、それでいて全てを悟ったような顔。
唇は、震えている。
「せや、な……悪いなぁ、カムイ」
ロディウルは、自分を生贄にするつもりだ。
災厄を、鎮めるつもり……なんだ。
ここまできて。
ここまできて、どうして。
災厄が、アルバスを取り込んだからなんだっていうんだよ。
ユーグルはなにか知っているのかもしれない。
でも、目の前で呑まれていくロディウルを、黙って見てろっていうのか?
「…………るなよ」
口から、ぽろっと言葉がこぼれた。
俺のすぐ後ろ、グランがはっと息を呑んだのが聞こえる。
なんの説明もないのかよ、とか。
勝手に自分で完結しやがって、とか。
ふつふつと、体中の血が燃え上がるような感情が込み上げて。
俺は、思いっ切り息を吸った。
――なにが「悪いなぁ」だよ。
「……ふっざけるなよロディウル! 絶対に、許さないぞ……俺は! 肉体強化、肉体強化、肉体強化――!」
目を見開くカムイと、セシリウル。
「歯ぁ、食いしばれ――! このおおおぉぉぉぉ!」
俺は、容赦なく。
ロディウルの頬を、これでもかというくらい思いっ切り、ぶん殴った。
日付かわっちゃいましたが火曜分です!
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