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逆鱗のハルトⅡ  作者:
294/308

志を抱くもの。⑤


――ガキイィィンッ!


響いた音が、洞窟の壁や天井からさらに反響し、耳の奥に余韻を残す。


俺のこぶし大ほどの『核』が、グランの一撃で吹っ飛び、洞窟の壁に叩きつけられた。


俺には魔力感知で激しく光って見えるその塊が、跳ね返ってゴツゴツした床に転がり、近くにいた討伐隊がさーっと離れたのがわかる。


真っ二つとまではいかなかったけど、ヒビは入ったのだろう。

塊はちらちらと光を撒き散らしていた。


一瞬、しん……と静寂があたりを支配して、誰もが息を止めている。


俺は塊を確かめるべく、グランと視線を交わして頷き、慎重に近付いた。


転がった紅い石……血結晶に見えるそれが、未だ渦巻く魔力の中で明滅する。


「……終わった、のか?」

呟いた自分の声が掠れていて……思わず唇を湿らせた俺は、誰もが固唾を呑んで見守るなか、一歩、また一歩、核に近付く。


砂は……集まってくる気配がない。


「……」

直接触れるのは躊躇われた。


俺はゆっくりと『核』の近くに歩み寄り、動かないそれを見下ろす。


紅い……どこまでも紅い石。

それはまるで、血のような……。



――キレイ、だ。



美しい核は、ちろちろと命を揺らめかせ、ルビーのような華やかさを纏う。


吸い込まれそうなほどの深い輝きに、俺は身を屈め、もっと近くで見ようと手を……。



「――触ったらあかんで、逆鱗のハルト」



そのとき、耳に届いたその言葉に、我に返る。


びくりと肩が跳ね、思わず後退った俺は、すぐそばにいたユーグルのロディウルにぶつかった。


あ……そうか、爆風がここにいたんだから、ロディウルもいて当然だよな……。

場違いなことを思って、俺は息を呑んだ。


「……あ、え……?」

自分の状態に、冷や汗がぶわっと噴き出す。


――なにが綺麗なもんか。

血結晶そのもののような『核』に、そんなこと思うわけがないはずなのに。


俺、一体なにを?


どっ、どっ、と心臓が脈打つ。

『魅入られていた』のだと気付くのに、そう時間はかからなかった。


「こいつが災厄の本体か。ちっさいなぁ……」

ロディウルは俺の左肩を右手でぽんと叩き、するりと前に出ると、なんでもないような顔をしてにやりと笑ってみせてから『核』を拾い上げた。


「こんな奴が世界を脅かすなんて、信じられへんよな……」


魔力はぐるぐると渦を巻き、ロディウルの右手に絡み付いていく。

それは腕へ、肩へ……ゆっくりと、でも、確実に延びていった。


「ロディウル……お前、大丈夫なのか?」

思わず聞くと、紅い眼をこちらに向けて、彼はくすりと笑う。


「さあ、どうやろなぁ。誰かさんとはちゃうからなぁ?」

「……う。わ、悪かったな……」

視線を泳がせた俺に、ロディウルは少しだけ目を伏せ、続ける。


「……なあ。いいか、よく聞くんやで」

「うん?」

「災厄を倒せるのは、志を抱くものだけや。逆鱗のハルト……あんたらはきっと、そうやな。……頼むで」

「……え?」


「――あかん! ロディウルを止めてハルト!」

悲鳴にも聞こえる、女性の叫びがこだました。

ユーグルでロディウルの姉であるセシリウルの声だ。


自分の右手、そこにある塊を、ロディウルは一瞬だけ掲げたように見えた。

けれど、その手にあるものがそれだけじゃないことに、俺は気付く。


――鈍く光る、小さな刃。


そして、そのまま……。


どん、と。音がした。


「うっ……グ……!」

ロディウルが、胸に……手を、打ち付けたのだ。

もんどりうった体が、くの字に折れる。


「ばっ……馬鹿! なにやってるんだよお前!」

思わず、いまだ胸にあるその腕を引き剥がそうとした瞬間。


思いのほか強い力で、俺はロディウルに突き飛ばされた。

いや、突き飛ばされたというには生温い。

殴り飛ばされたような衝撃だった。


「……ッ!」

「ハルト!」

よろけた俺を、グランが受け止める。


そこに、セシリウルとカムイが人混みを掻きわけ、飛び出してきた。


「いやや! あかん! ロディウル!」

「ふざけんじゃねェ! なにしてんのや!」


「……災厄は、アルバスを取り込んだ……。もうこうするしかないんや……」

呻くロディウルの胸元、絡み付いた魔力の渦が吸い込まれていくのが、俺の目には見えている。

災厄の砂塵ヴァリアスの核が、少しずつ、その体に沈み込む。


そんな。ここまできて。


嘘だろ……?


――ロディウルが……『蝕まれて』いく。


「ロディウル――!」


駆け寄ろうとするセシリウルを見て、ロディウルはカムイを睨んだ。

「……カムイ。『止めるんや』」


「……、……くそがァッ」

「ちょっ、なにすんねん! カムイ!」


カムイの屈強な腕が、セシリウルの細い腕を掴む。

「放して! ロディウル、あかん! その手を早くどかしぃや! そのままじゃあかん!」


暴れる彼女をものともせず、歯を食いしばったカムイが、真っ直ぐにロディウルを見ている。

「許さへん……恨むでェ! ロディウル!」


泣きそうで、怒ったようで、それでいて全てを悟ったような顔。

唇は、震えている。


「せや、な……悪いなぁ、カムイ」


ロディウルは、自分を生贄にするつもりだ。

災厄を、鎮めるつもり……なんだ。


ここまできて。

ここまできて、どうして。


災厄が、アルバスを取り込んだからなんだっていうんだよ。


ユーグルはなにか知っているのかもしれない。

でも、目の前で呑まれていくロディウルを、黙って見てろっていうのか?


「…………るなよ」


口から、ぽろっと言葉がこぼれた。

俺のすぐ後ろ、グランがはっと息を呑んだのが聞こえる。


なんの説明もないのかよ、とか。

勝手に自分で完結しやがって、とか。


ふつふつと、体中の血が燃え上がるような感情が込み上げて。


俺は、思いっ切り息を吸った。


――なにが「悪いなぁ」だよ。


「……ふっざけるなよロディウル! 絶対に、許さないぞ……俺は! 肉体強化、肉体強化、肉体強化――!」


目を見開くカムイと、セシリウル。


「歯ぁ、食いしばれ――! このおおおぉぉぉぉ!」

俺は、容赦なく。


ロディウルの頬を、これでもかというくらい思いっ切り、ぶん殴った。




日付かわっちゃいましたが火曜分です!

いつもありがとうございます。

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