志を抱くもの。④
俺たちは最前線へと走り寄り、まずは倒れた人の救助に当たった。
「動ける奴は手伝え! 怪我人を災厄から遠ざけろ! ヒーラーは回復だ、急げ!」
グランが大声で指示を出し、周りの人たちが数人でひとりを担ぎ上げて運び、ヒーラーたちの杖や水晶が光る。
――ゴードとアーラは、その最前線で怪我人を運んでいた。
「ゴード、アーラ!」
「逆鱗のお兄さん! ……大丈夫、お兄さんのバフがあったから、これなら皆助かるよ。早いところ運んじゃわないと」
俺が呼ぶと、アーラが必死な顔をして、気を失ったひとりの女性をずりずりと引き摺った。
「あんたたちはそっちだ! そこの姉さん、この人を運んで!」
ゴードは倒れた人の様子を順番に確かめて、近くの人へと指示を出している。
裏ハンターである彼の指示は、的確だった。
無駄な人数を割かずに、次々と捌いていくその判断力に、正直、舌を巻いたほどである。
水の球体は未だごうごうと音を立てて、災厄と砂をごちゃごちゃにしながら荒れ狂っていたけど……やはりというか、それだけでは終わらなかった。
「砂が戻ってくるぞ!」
誰かが叫ぶ。
「ふっ!」
ギンッ!
振り返ろうとした俺のすぐ横、いつの間にか近くにいたシュヴァリエが細い剣を閃かせて、『それ』を弾き飛ばした。
「放出した砂が集まってくるようだね、逆鱗の」
こんなときですら爽やかな空気を纏う、その言葉通りに。
あちこちに飛ばされたはずの砂の礫が、水の球体に次々と戻っていくのがわかった。
ビュン、ビュン、と音を立てながら、一度は放たれたはずの砂が飛び交うのを見て、思わず唇を噛む。
怪我人を運ぼうとしていた人たちが、その礫に当たってひっくり返り、被害が広がろうとしている。
「――くそ、肉体硬化!」
俺はありったけのバフを練り上げ、広げた。
「シュヴァリエ! お前、礫を弾けるんだろ、癪だけど頼む!」
「ふ、君の頼みとあっては、ねっ!」
ガガッ
いけ好かない奴だけど、やっぱり強い。
言いながら飛んでくる礫を弾くシュヴァリエに、俺は目を見張った。
俺じゃああれほど確実に弾ける気がしない。
悔しいけど、今はそれどころじゃないのはわかっていた。
意識を切り替え、周りを確認して双剣を閃かせるふたりを見付け、すぐにバフを飛ばす。
「肉体硬化、肉体強化!」
「ありがとうハルト君!」
返ってきたディティアの声に、頷きで応える。
彼らは怪我人を運ぶ人たちを守るために、縦横無尽に駆け回って礫を弾いていた。
……ここは大丈夫そうだ。なら。
俺はすぐにひっくり返った人たちに駆け寄り、意識を失った男を共に担ぎ上げる。
「ここから離れる! 頑張れ! アーラ、すぐ手伝うから!」
「ありがとう逆鱗のお兄さん!」
おそらく、ファルーアと爆炎のガルフが災厄を抑えていられるのはあと二分程度だろう。
それだけあれば、倒れた人たちをここから放すくらいならなんとかなるかもしれない。
グランとボーザックもそれぞれが怪我人を運んでいる。
俺は必死で担いできた男をアイザックがいる壁伝いに寝かせ、ゴードとアーラを手伝った。
「災厄が動くわ! 気を付けなさい!」
やがて、ファルーアの声が洞窟内にこだまする。
瞬間、水の球体が弾けて、べしゃりと音を立て、砂の塊が落下した。
災厄の周りを囲むように、討伐隊が陣を敷く。
俺たち白薔薇も集まって、各々武器を構えた。
「弾けられないくらいに凍らせることはできねぇのか」
グランが言うと、ファルーアは眉を寄せる。
「やってみないとわからないわ。どれくらいの魔力で抑えられるのか……」
「イチかバチかってことか」
その間にも、災厄がずるりと形になろうと……あれ?
俺は、まだ小さな塊の災厄に違和感を覚えた。
なにか、違う色……紅い色が砂の間に……。
「――! 魔力感知、魔力感知!」
咄嗟に、バフを練る。
ここには魔力をふんだんに含んだ水はほどんどなく、俺のバフが捉えたのは目の前の光だけ。
ガルフが言ってたじゃないか。
『核がある』って!
俺は、思い切り地面を蹴った。
「ハルト!?」
「ハルト君!」
ボーザックとディティアの声が耳を掠め、緊張した空気になったのが肌にびりびりと感じられる。
それは、一瞬だったはずだ。
それでも、まるで時間がゆっくりと流れているかのような感覚があった。
「うおおおぉっ!」
双剣を、思い切り振りかぶる。
見えるのは、濃い光の渦。
紅く光るそれは、『血結晶』によく似ていた。
俺の剣がそれを捉え、砂の中から抉るように弾き出す。
「グラン! 核だ! ぶん殴れ――!」
「おうよ!」
紅いそれが、グランのほうへと弧を描いて飛んでいく。
グランは盾を引き、腰を落とした。
「肉体強化、肉体強化ッ! 腕力アップ!」
俺の投げたバフが、グランを包む。
「いくぞ! おおおっ、らあぁぁぁッ!」
――気合とともに、飛龍タイラントの角で作られた白い大盾が、思いっ切り振り抜かれた。
月曜分です。
電車に酔って途中下車するという現象が起きてびっくりしてます。
今週もよろしくお願いします!




