志を抱くもの。②
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……災厄は、ちまちまと攻撃しては逃げる俺たちに痺れを切らしたのか、前にいるものを標的と決めたらしく、途中で獣の姿をとった。
……好機。
俺は全員のバフを速度アップの四重にして、一気に拠点まで駆け抜ける。
拠点は、壁伝いに衝立がずらりと並べられて薄暗く、気配は濃いのに静まり返っていた。
飛び込んだ俺は、その異様な空気に気圧されて速度を緩めてしまい――爆風に背中を叩かれる。
いや、叩かれるというか、思い切りどつかれたっていうか。
「止まるな、逆鱗」
彼の言葉に、俺は緩めた速度を再び上げる。
あの衝立の向こう側には、討伐部隊が所狭しと並び、息を殺しているんだろう。
広い部屋の中心あたりまで来た俺たちを、災厄の砂塵が牙を剥いて追い掛けてくる。
肩越しに確認すれば、ちゃんとグランたちの姿も見えた。
砂を取り込んで大きくなった災厄は、体高が俺の胸ほどまである巨大な狼の姿だ。
天井はそれほど高くないけど、獣姿の災厄が立ち回るくらいならさほど障害にもならないだろう。
「行くぞ疾風」
「はいっ、爆風!」
シャアンッ!
そこで、ふたりの双剣使いが刃を閃かせ、踵を返す。
俺も足を止めて手をかざし、バフを一気に広げた。
「肉体強化! 肉体硬化! 反応速度アップ! 速度アップ!」
速度アップを三つ書き換え、ひとつは上書きに。
同時に、届く範囲の『味方』にも、バフがかかったはずだ。
「お手並み拝見といくかの」
爆炎のガルフがほっほと笑う。
その隣、シュヴァリエが剣の柄に右手を添えて真っ直ぐに立ち、ちらと俺を見た。
「白薔薇の成長、見せてもらうよ。逆鱗の」
「ふん、言ってろ」
応えて、双剣を抜く。
「まあ、回復は手伝うぞ」
苦笑する祝福のアイザックと、無表情の迅雷のナーガを横目に、俺は踏み出した。
俺の前をいくふたりの風に合わせるように、ファルーアの練り上げた魔法が災厄の砂塵ヴァリアスへとぶつかって、派手な飛沫が舞う。
「はぁっ!」
最初にディティアが斬り掛かる。
災厄は彼女の双剣を、大きく身を捻るようにして避けた。
しかし、その先にはすでに爆風が回り込んでいて、力と速さを活かした強烈な蹴りが災厄の体を抉り、濡れた砂の塊が大きく弾ける。
爆風へと首を向けて牙を剥く災厄に、俺と、反対側からボーザックが肉薄。
一瞬だけ目を合わせ、俺たちはほとんど同時に飛び掛かった。
「やあぁっ!」
「おおぉっ!」
俺の双剣が災厄の脚を裂き、爆風を追い掛けていた大きな口がばくんっ、と閉じたところに、ボーザックの白い大剣が斜め上から振り下ろされる。
ザンッ!
濡れた砂に一本の『線』が刻まれて、爆風を狙った前脚の爪が三回、空を掻いた……その瞬間。
「いまです!」
おそらく、ストーの号令が轟いて――空気が、震えた。
「凍りなさい!」
「凍れ!」
ビュオアッ
前後左右から、氷の礫が衝立を吹き飛ばしながら……あるいは突き破りながら放出される。
洞窟の空気が急激に冷えていくのがわかり、俺は討伐隊の動きをじっと見ているグロリアスの近くへと引いた。
……このままだと巻き込まれそうだしな……。
炸裂した魔法は災厄の濡れた体を凍らせ、その表面をビキビキと音を立てて根のように広がっていく氷が、地面にも下りていく。
吐く息が急激に白くなり、露出した肌がぴりぴりと痛んだ。
「行くぞ! おらああぁッ!」
グランが声を響かせて、大盾を振るう。
殴られた災厄の尾の部分が、ガツリと硬い音を立てたかと思うと、派手に吹き飛んだ。
「おおおお!」
「わああぁ!」
それを合図にするかのように。
衝立の向こうから、鬨の声を上げて、討伐隊が飛び出してきた。
ビシビシッ、と災厄の体が軋む。
ぱらぱらと氷の破片がこぼれ、砂の塊なのに氷像のような災厄が震える。
「ハルト、怪我はないわね? ……爆炎のガルフ。こんなところで会うとは思わなかったわ……どうしてここに?」
そのとき、俺の近くに、いそいそとファルーアがやってきた。
グランとボーザックも一緒で、フェンはディティアと爆風のところへと向かっているようだ。
「俺は大丈夫だけど……」
「ほっほ。爆風の奴に連れ回されているところじゃよ」
台詞を被せるようにして、ガルフが長い白髭を撫でる。
「アイザック、久しぶり~!」
「おうボーザック! 元気だったか!」
ボーザックは、とげとげしい杖に袖のない黒ローブの『祝福のアイザック』に声をかけていた。
……まあ、あのふたりは親戚らしいので、気が合うんだろうな。
その間にも討伐隊が災厄へと雪崩のように押し寄せる。
しかし災厄は、未だにぱらぱらと氷の礫をまき散らしているだけだ。
――俺は嫌な予感がして、群がっている討伐隊にバフを広げた。
「……肉体硬化ッ、肉体硬化!」
四重バフだった人の分は、速度アップと反応速度アップを上書きにして、五重にならないように。
杞憂ならいいんだけど……。
そう思った瞬間、災厄が一際大きく震え――弾けた。
日付かわっちゃいました、失礼しました!
よろしくお願いします。




