幽霊船は震えます。②
ギッ……ギィ、ギィ……
ざぶ、ざぶと波の音に混ざって、船員が船を漕ぐ音。
それ以外は静か。
手漕ぎの船には船長とカタール、フェン以外の俺達白薔薇の他に、2人の船員が乗っている。
手漕ぎの船に乗れる人数に限りがあって、フェンにはジャンバックで待っててもらうことにしたのである。
船長は、船長のお父さん……つまりは親父船長が使っていた反りのある大きな剣を腰に提げ、カタールは前に見た笛のようなサイズの鈍器を背負っていた。
……そうだな、アイザックのとげとげしい杖みたいな感じだ。
あとは全員、装備の他に万が一落ちた時のために腕に装着する形の浮き袋を装備している。
浅くなってる岩礁ったって結構深そうだ。
底なんて見えない。
俺やディティアはともかくとして、重装備のグランとボーザックには致命的だからな。
それから、カタールと2人の船員に交ざって、何故かグランが漕がされているのが地味に面白い。
見ていたら、グランの眉間に皺が寄ったから、そっと眼を逸らす。
どんまいグラン。
「……すごい光景ね」
ファルーアがこぼす。
えっ?グランのことか?と思ったけど、彼女は広がる墓場を見ていた。
岩に交ざって突き出す船の残骸には、びっしりと貝のような物が付着している。
それなのに、何て言うか……生き物の気配はあまりしなかった。
五感アップも魔力感知も続けていたけど、引っかかることは今のところ無い。
動いているのは波打つ海面と、潮風にゆらゆらしている朽ちた帆くらいだ。
「ねえ船長、ここって魚とかいないのー?」
ボーザックは手漕ぎの船なら大丈夫なのか、一応精神安定バフはひとつだけ重ねてあるからそれと薬でなんとかなってるのか、身体を乗り出して海面を眺めている。
「魚はいないな。だから鳥も来ないぞ!……いるのはもっとのっぺりしてブニブニした奴だ!!」
「……ちょっとボーザック。不穏な情報引き出すんじゃないわよ」
「えー、知っておく方がいいかもしれないよーファルーア」
笑うボーザックに、ファルーアは肩を竦めた。
「そんなこと言って、噂をすれば……とかあるでしょう?…………あぁ、もう」
ファルーアがカツンと音をたて、杖を掲げた。
瞬間、ディティアが片膝を立てる。
「何か来ます!!」
その時には俺の感覚にも、気配というよりは魔力の塊がせり上がってくるのがわかった。
1メートル無いくらいの何かが、浮き上がってきているらしい。
「ようし!漕ぎ手はバランスを取ってくれ-!!」
『アイサー!』
ジャリンッ!!
船長は楽しそうに剣を抜き放つと、そいつが浮いてきた瞬間を狙って振り下ろした!
「ははは!行くぞ!!」
ボシュッ!!
「ちょっ、うわ!?」
俺は思わず仰け反った。
反動で船が揺れる。
「急に動くんじゃねぇよハルト!!」
「そ、そんなこと言ったってさあ!」
グランにどやされたけど、そんなの無理だ。
何か煙みたいな、青黒い霧みたいなものが、船長が斬ったそいつから飛び出したのである!!
っていうか何だよこれ!魔物なのか!?
「次来ます!!」
ディティアも双剣を引き抜く。
俺も慌てて右手だけ双剣を抜き、縁に掴まった。
ボコォッ!!
気持ちの悪い音で浮き上がってきたそれに、ディティアが息を呑む。
丸くてのっぺりしたブニブニの何か、だった。
色は白で、とにかくでっかいキノコみたいにも見える。
「これ……何ですか?」
ディティアが困惑の声を上げると、
「うわっ、こっちからも来るよ!?」
ボーザックが顔を引っ込めて、大剣の柄を握った。
「こいつは魔力海月だ!」
船長は浮き上がってきた別の塊を、同じく叩き斬る。
ボフヒュッ!!
「きゃあ!?」
またも溢れる青黒い霧に、ファルーアが杖を振り上げた。
いや本当、凄まじい反射だ。
「燃えなさい!!」
「あっ」
「えっ!?」
船長と、たぶんファルーアの声。
そして。
ボゴオオォンッ!!!
「熱ッ!?」
「ぅあっちぃ!!」
自分も叫んだし、他にも誰か……もしかしたら皆叫んだのかも。
俺は慌てて五感アップを消したけど、遅い。
霧に触れたファルーアの魔法が、一気に巨大な火柱となった。
五感アップを施しているせいで、感じたのは強烈な熱さだ。
「こいつらは攻撃されるとこの霧を噴き出して沈むんだ。で、この霧は魔力海月の集めた魔力だったりする!」
船長がからからと笑うけど……。
「笑い事じゃないっす船長!説明してあげてほしいっすよ!めちゃくちゃ熱いッす!!」
カタールがひぃひぃ言いながら窘めてくれた。
うんうん、本当に洒落にならない。
……でも、それで戦い方はわかった。
「じゃあとりあえず斬りますね!……触っちゃ駄目とかありますか?」
「平気だ!なんなら乗れるんじゃないか?ははは!!」
「わかりました、じゃあ私はこっちやるね!」
「おっけーこっちは任せて!ハルト!やっちゃおう!」
「ああ!」
ディティアとボーザックが構えて、俺も身を乗り出す。
そうこうしている内に、周りは海月だらけになっていた。
ところが。
「ハルト君、速度アップ頂戴!」
「ん?おう……?えっと、速度アップ!!」
「ふふ、ありがと!……よし。行きます!」
え。
えええ!?
「うぇっ、ちょ、ティア!?」
「おまっ、ディティア!!」
ボーザックと、思わず手を伸ばす。
ディティアが、足取り軽く船縁から踏み切ったのである!
「はあぁっ!」
ばしゅっ、ぼひゅ!……ボフォン!!
…………!!
絶句、ってこういうことなんだな……。
ディティアは、海月の上を飛び回り、切り裂きながら、一気に船の周りを回っていく。
その、踊るような軽快なステップは本当に凄かった。
「……俺、ちょっと自分の存在意義を考えてる」
「気が合うなボーザック……俺も……」
呟く俺達を余所に、
「はははっ!素晴らしいな!!」
船長だけが物凄く喜んでいたのだった。
さ、昨日分の投稿です!!
よろしくお願いします!!




