なぜここにいるのですか。⑤
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「はあ、はあ……」
息が切れてきた。
酸素が足りずに、頭がくらくらする。
瞬間、俺の後ろから発せられた殺気ではない奇妙なものが、首筋をちりりとさせて、咄嗟に飛び退く。
ビュッ!
俺がいた場所に砂の手が突き出してきて、ひゅ、と喉が鳴った。
くそ、捕まってたまるか!
――――災厄を追い立てるはずだったのに、俺が追われている状況に、我ながら情けない。
しかも、皆は近くにいなかった。
『災厄の砂塵ヴァリアス』を拠点へと誘導するために動き出した俺たち白薔薇は、数カ所の部屋を実に順調に進んでいたんだけど、八本の道がある部屋で、分断されてしまったのである。
災厄を連れて、ときには攻撃し、攻撃されながら走って辿り着いたその部屋で、俺たちは災厄を『目的の道』に誘導するため、広がった。
そこで、突如災厄が『弾けた』んだ。
回避するためにバラバラに細道へと飛び込んだところで、さらに信じられないことが起こった。
弾けさせた砂の塊とそこにあった砂溜まりを取り込み、さらに大きくなった『災厄』から、巨大な手のようなものが何本もぐにゃりと伸びて、次々と道に蓋をしていったのである!
俺のいた道にも、あっという間に砂の蓋が迫り、閉ざされてしまった。
しかも、通路のこっち側は針のようなものがびっしりと突き出していて、近付けない。
「おい、皆……! 大丈夫か!?」
「……! ……っ」
呼び掛けるけど、くぐもった音しか聞こえない。
あまり近寄るのは危険だ。
俺は自分が飛び込んだのがどの通路だったのか、必死に考えた。
やることは、ひとつ――拠点へと向かうこと。
皆も絶対そうするって、確信があった。
災厄が誰を狙っても、絶対に。
「来い! ……速度アップ、反応速度アップ、肉体硬化!」
踵を返す俺を狙いと定めたらしい災厄は、すぐに追い付いてきた。
象るのは……獣。
まるで、大きな狼だ。
「ふん、フェンのほうがずっと神々しいな!」
言ってのけると、『災厄の砂塵ヴァリアス』が牙を剥く。
まるで、笑っているようだった。
――そうやって、十数分を走っている。
「持久力、アップ……!」
俺はバフを四重にし、歯を食い縛るしかなくて。
必死だった。
頭のなかに思い浮かぶ地図は、拠点がもうすぐだと告げている。
大丈夫、拠点にさえ辿り着けば、討伐隊がいるのだから。
次を左、すぐに右。
走れ。走れ。
「は、はぁっ……」
蒼い光が視界を流れていく。
ときおり砂溜まりがある洞窟内を駆け抜けると、足が取られそうになる。
俺は必死に踏ん張り、災厄の攻撃を躱し続けた。
……まだ、あいつは俺で遊んでいる。
走り出したときならいざ知らず、こんなヘロヘロになった俺を捕まえられないのは絶対におかしい。
速さも落ちているはずなのに、距離を必要以上に詰めてこないのもそのせいだ。
あと少し。もう少し……!
次の部屋、その先の一本道を抜ければ拠点である。
俺は重くなった体に鞭打って、腕を振った。
「く、そ、おおぉっ!」
部屋を抜ける。
細道に入る。
真っ直ぐ、真っ直ぐ!
――俺の勝ちだと、そう思った。
でも。
「…………ッ!」
細道を飛び出した瞬間、頭が真っ白になる。
少し広い部屋。
……それだけだ。
……え、そんな。拠点はどこだ?
「うそ、だろ……っ!」
気が抜けて足が縺れ倒れそうになるのを咄嗟に右手で支え、左の膝を地面に打ったけど倒れることなく、俺は背後を振り返った。
ざああぁっ
流れる砂。
ふたたび、災厄は『アルバス』の形をとる。
俺と災厄が出てきた通路以外に、道はもう一本。
それは、俺の右手で、災厄の左手にあった。
どうする。
どうしたらいい。
あんなに覚えたはずの地図が、まったく思い出せなくて。
俺は、膝が震えているのに気付いた。
ここがどこかわからない。
無闇に走るのは得策じゃないのか?
でも、ならどうするんだよ。
戦うのか?
『ア、アァ……ア――』
砂の塊であるはずの『災厄』から、声が……聞こえる。
ゾッとした。体中から、血の気が引いた。
「くそっ、弱気になるな!」
俺は自分を激励するために大声を上げ、握っていた双剣をひゅっと前へ突き出した。
「……来い! ここで終わるなんて、絶対に御免だ! 速度アップ、速度アップ、反応速度アップ、持久力アップ!」
……わかってる。当たらなければいいのだ。
俺は肉体硬化を捨てて速度アップをかけ、残りのバフを上書きした。
ビュッ!
唐突に突き出された手のようなものを、右肩を引くようにして躱す。
そのまま身を屈め、腕の下へと潜り込むような形で、俺は地面を蹴った。
「はあぁっ!」
剣は効かない。
俺にはファルーアの使うような魔法はできない。
『災厄』は、武器を象った部分は硬かったのに、体を攻撃されたときはほとんど『砂になって』受け流していた。
なら。
どふっ!
災厄の右足に、思い切り体当たりをかましてやる。
案の定、砂となった瞬間、俺は前のめりになる勢いそのままに地面に両手を突いて、さらに災厄の左足へと蹴りをかました。
「い、けぇっ!」
どふんっ!
左足も砂にしたのは、愚策。
頭はよくないんだろう。
災厄の体が傾いで、崩れる。
その一瞬が、勝負だった。
俺は体勢を立て直す勢いを利用し、そのまま跳んだ。
目指すのは、俺の右手にある通路。
ひとりで相手をしても、絶対に勝てない。
なら、少しでも進め!
けれど、このとき無防備になった背中に、衝撃が走った。
ドンッ!
「う、わっ!」
体が浮き、通路へと吹っ飛ばされる。
「く、うぅ……」
ゴツゴツした地面を転がり、俺は呻いた。
火曜日分です!
遅くなってすみません。
今週も引き続きよろしくお願いします!




