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逆鱗のハルトⅡ  作者:
287/308

なぜここにいるのですか。⑤

******


「はあ、はあ……」

息が切れてきた。

酸素が足りずに、頭がくらくらする。


瞬間、俺の後ろから発せられた殺気ではない奇妙なものが、首筋をちりりとさせて、咄嗟に飛び退く。


ビュッ!


俺がいた場所に砂の手が突き出してきて、ひゅ、と喉が鳴った。


くそ、捕まってたまるか!


――――災厄を追い立てるはずだったのに、俺が追われている状況に、我ながら情けない。


しかも、皆は近くにいなかった。


『災厄の砂塵ヴァリアス』を拠点へと誘導するために動き出した俺たち白薔薇は、数カ所の部屋を実に順調に進んでいたんだけど、八本の道がある部屋で、分断されてしまったのである。


災厄を連れて、ときには攻撃し、攻撃されながら走って辿り着いたその部屋で、俺たちは災厄を『目的の道』に誘導するため、広がった。


そこで、突如災厄が『弾けた』んだ。


回避するためにバラバラに細道へと飛び込んだところで、さらに信じられないことが起こった。


弾けさせた砂の塊とそこにあった砂溜まりを取り込み、さらに大きくなった『災厄』から、巨大な手のようなものが何本もぐにゃりと伸びて、次々と道に蓋をしていったのである!


俺のいた道にも、あっという間に砂の蓋が迫り、閉ざされてしまった。


しかも、通路のこっち側は針のようなものがびっしりと突き出していて、近付けない。


「おい、皆……! 大丈夫か!?」


「……! ……っ」

呼び掛けるけど、くぐもった音しか聞こえない。


あまり近寄るのは危険だ。

俺は自分が飛び込んだのがどの通路だったのか、必死に考えた。


やることは、ひとつ――拠点へと向かうこと。


皆も絶対そうするって、確信があった。

災厄が誰を狙っても、絶対に。


「来い! ……速度アップ、反応速度アップ、肉体硬化!」


踵を返す俺を狙いと定めたらしい災厄は、すぐに追い付いてきた。


象るのは……獣。

まるで、大きな狼だ。


「ふん、フェンのほうがずっと神々しいな!」

言ってのけると、『災厄の砂塵ヴァリアス』が牙を剥く。


まるで、笑っているようだった。


――そうやって、十数分を走っている。


「持久力、アップ……!」

俺はバフを四重にし、歯を食い縛るしかなくて。


必死だった。

頭のなかに思い浮かぶ地図は、拠点がもうすぐだと告げている。

大丈夫、拠点にさえ辿り着けば、討伐隊がいるのだから。


次を左、すぐに右。


走れ。走れ。


「は、はぁっ……」


蒼い光が視界を流れていく。

ときおり砂溜まりがある洞窟内を駆け抜けると、足が取られそうになる。


俺は必死に踏ん張り、災厄の攻撃を躱し続けた。


……まだ、あいつは俺で遊んでいる。

走り出したときならいざ知らず、こんなヘロヘロになった俺を捕まえられないのは絶対におかしい。


速さも落ちているはずなのに、距離を必要以上に詰めてこないのもそのせいだ。


あと少し。もう少し……!


次の部屋、その先の一本道を抜ければ拠点である。


俺は重くなった体に鞭打って、腕を振った。


「く、そ、おおぉっ!」


部屋を抜ける。


細道に入る。


真っ直ぐ、真っ直ぐ!


――俺の勝ちだと、そう思った。



でも。



「…………ッ!」


細道を飛び出した瞬間、頭が真っ白になる。


少し広い部屋。

……それだけだ。


……え、そんな。拠点はどこだ?


「うそ、だろ……っ!」


気が抜けて足が縺れ倒れそうになるのを咄嗟に右手で支え、左の膝を地面に打ったけど倒れることなく、俺は背後を振り返った。


ざああぁっ


流れる砂。

ふたたび、災厄は『アルバス』の形をとる。


俺と災厄が出てきた通路以外に、道はもう一本。

それは、俺の右手で、災厄の左手にあった。


どうする。


どうしたらいい。


あんなに覚えたはずの地図が、まったく思い出せなくて。

俺は、膝が震えているのに気付いた。


ここがどこかわからない。

無闇に走るのは得策じゃないのか?

でも、ならどうするんだよ。

戦うのか?


『ア、アァ……ア――』


砂の塊であるはずの『災厄』から、声が……聞こえる。


ゾッとした。体中から、血の気が引いた。


「くそっ、弱気になるな!」

俺は自分を激励するために大声を上げ、握っていた双剣をひゅっと前へ突き出した。


「……来い! ここで終わるなんて、絶対に御免だ! 速度アップ、速度アップ、反応速度アップ、持久力アップ!」


……わかってる。当たらなければいいのだ。

俺は肉体硬化を捨てて速度アップをかけ、残りのバフを上書きした。


ビュッ!


唐突に突き出された手のようなものを、右肩を引くようにして躱す。

そのまま身を屈め、腕の下へと潜り込むような形で、俺は地面を蹴った。


「はあぁっ!」


剣は効かない。

俺にはファルーアの使うような魔法はできない。


『災厄』は、武器を象った部分は硬かったのに、体を攻撃されたときはほとんど『砂になって』受け流していた。

なら。


どふっ!


災厄の右足に、思い切り体当たりをかましてやる。


案の定、砂となった瞬間、俺は前のめりになる勢いそのままに地面に両手を突いて、さらに災厄の左足へと蹴りをかました。


「い、けぇっ!」


どふんっ!


左足も砂にしたのは、愚策。

頭はよくないんだろう。


災厄の体が傾いで、崩れる。


その一瞬が、勝負だった。


俺は体勢を立て直す勢いを利用し、そのまま跳んだ。


目指すのは、俺の右手にある通路。

ひとりで相手をしても、絶対に勝てない。


なら、少しでも進め!


けれど、このとき無防備になった背中に、衝撃が走った。


ドンッ!


「う、わっ!」

体が浮き、通路へと吹っ飛ばされる。


「く、うぅ……」

ゴツゴツした地面を転がり、俺は呻いた。



火曜日分です!

遅くなってすみません。


今週も引き続きよろしくお願いします!

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