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逆鱗のハルトⅡ  作者:
286/308

なぜここにいるのですか。④

******


「じゃあ……五感アップ、五感アップ!」

練り上げたバフを、手の上で一気に広げる。


災厄を拠点に追い立てるのは、俺たち白薔薇の役目になった。


――気配は、まだ感じない。


俺たちは物資調達の隊が戻るまで、徹底的に地図と進路を頭に叩き込んだ。

何度も紙に書き出し、どの部屋で災厄と遭遇してもうまく誘導できるようにするためである。


はっきりいって暗記は得意ではない。

特にボーザックと俺は、頭をがしがししながら、涙目で作業を繰り返した。


「皆でやれば……大丈夫だよね……?」

ボーザックが珍しく弱気な発言をする。

俺は二回、深く頷いて、苦笑しているディティアに向き直る。


「頼んだからな、〈疾風のディティア〉」

「えっ、ええっ!?」

「おい。ここでそんな真面目な雰囲気出すんじゃねぇよ」

グランに突っ込まれて笑うと、皆も笑う。


一応、地図はちゃんとバックポーチに入れてある。

いざというときに見られるかというと怪しい気もするが、ないよりはましだろう。


俺たちは地下洞窟の奥へと進んだ。


******


災厄の砂塵ヴァリアスと最初に遭遇した部屋を通り越し、まだ奥へ。

蒼く光る鉱石たちが、ゴツゴツとした岩肌に影を落とす。

その陰影が神秘的で、美しさにため息を付きたくなるような景色だ。


観光地にしたら人気が出そうだな……などと思っていると、

五感アップの二重を保つ俺の感覚に、『なにか』の気配が引っかかった。


「なにかいるよ」

ボーザックがいち早く声にして、皆の歩みが止まる。


「少し先だな。こっからだと……」

「――ええと」

グランと俺が逡巡する間に、女性陣がさらりと言った。


「こっちから回り込むわ」

「行きましょう」

「わふ」


……頼もしいかぎりである。


俺たち男性陣は顔を見合わせて、肩をすくめた。


******


気配が濃くなっていく。

もう、目と鼻の先に『なにか』がいる。


俺は五感アップを消し、肉体強化と肉体硬化をかけなおした。


感覚が緩くなっても、どこかひんやりとした空気が肌を撫でるのがわかる。


俺はゆっくりと息を吸い込んでから細く吐き出し、双剣を慎重に抜いた。

……次は、あんな怪我をするわけにはいかないからな。


細い道で武器を構え、グランを先頭に、ディティア、ファルーア、俺、ボーザックが続く。

フェンは、通路の入口を警戒してくれていた。


そのまま、音を立てないよう息を殺しながら進んで、部屋の直前、グランは動きを止める。


中を窺おうにも、俺からは見えなかったけど……グランは右腕で大盾を構え、左手を頭上に掲げて、突撃の合図を示す。


…………三、二、一。


「行くぞ!」

――俺たちは、部屋に飛び込んだ。


そして。


俺たちを前にした『そいつ』は、体の表面をざらりと震わせた。


『アアアァ、ア』


「こ、声……? っていうか、あれって……」

ボーザックが、切っ先を『そいつ』に向けて、困惑した声をこぼす。

俺も、思わず息を呑んだ。


砂。


砂の塊。


それは間違いない。

表面がまるで液体のごとく流動していて、ときおり砂の玉を排出しては、また一つに。


けれど、ぞわりと肌が粟立つのは、その異様なさまのせいじゃないんだ。


『アァ、ア……』


高くもなく、低くもない。

そんな、声……。


そして、その『形』だった。


「あれって……でも……」

ディティアが声を絞り出す。


後ろから追い付いたフェンが、低く唸った。


「アルバニアスフィーリア……『アルバス』ッ」

俺の発した言葉に、『災厄の砂塵ヴァリアス』が震える。


そう。

その姿は、人型。


前に戦った巨人ではなく、少女のような、少年のような、そんなものだった。

顔の部分にも凹凸があって、明らかに、『人』の形をとっている。


どことなくアルバニアスフィーリアの容姿に似た『災厄の砂塵ヴァリアス』に、俺たちは動きを止めた。


「……まさか、同化を……?」

ファルーアがそう言って、龍眼の結晶の杖を災厄へと向ける。


「どっちにしてもやることは決まってる。……あいつを」

グランが眉間にしわを寄せ、そう言いかけた……そのとき。


『アアアッ――!』

災厄の、絶叫。


「っ、来い!」

グランが、己の言葉を切って怒鳴る。


「フェン! こっち!」

ボーザックが瞬時に大剣を盾のようにかざし、その後ろにフェンが飛び込む。


俺とディティア、ファルーアは、咄嗟にグランの後ろへと飛び込んだ。


ダ、ダ、ダ、ダッ!


それは、まるで爆弾。

震えた砂の体から突如弾けた砂の塊が、かなりの威力を伴って飛んできたのである!

後ろの壁や地面にぶつかったそれは、ズドン、と、砂にあるまじき音を立てた。


「グラン! そのまま動かないで! …………行きなさい!」

対抗するのは、ファルーア。

グランのすぐ後ろで、彼女が杖を掲げると、龍眼の結晶が瞬いて、生まれた水の塊がぎゅんと飛び出した。


こっちも、ダァン、という水にあるまじき音を立て、大盾越しに砂混じりの飛沫が四方八方へと散ったのが見える。


その瞬間、砂の礫がやみ、ボーザックが動いた。

ひゅん、と白い大剣を翻し地面を蹴ると、一気に災厄に詰め寄る。


「たあぁぁ――っ!」


俺もグランの後ろから飛び出し、ボーザックの一撃が閃くのに合わせて双剣を繰り出した。


ザンッ、ザンッ……!


刃は、間違いなく災厄を捉えた。


けれど、砂に剣を突き立てたような感覚しかない。


手応えはなく、俺たちはすぐに災厄から距離をとった。

今はまだ、凍らせるときではない。


このまま拠点へと追い立てないとならないからな。


俺は斬り付けたときに頬に付いた砂粒を腕で拭う。


――作戦は、始まりを告げた。



今週も平日更新できそうな感じです。

日付またぐことはありますが、お付き合いくださいませ。


よろしくお願いします!

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