砂の下に眠るもの。⑦
「私も手伝います!」
セシリウルがこっちに駆け寄ってきて、頷く。
「頼む。……持久力アップ!」
俺が彼女にもバフをかけると、龍眼の結晶の杖をかざし、ファルーアはすっと息を吸った。
そのあいだも、グラン、ボーザック、ディティア、ラウジャが攻撃を繰り返す。
シエリアはラミュースを守り、カムイとフェンがセシリウルとファルーアの傍に立つ。
『人型』は槍を振り回し、ときには体を砂に戻すように霧散させることで、悠々と立ち回っていた。
「いくわよ」
「いつでもいけます!」
ファルーアの金色の結晶が煌々と輝き、セシリウルの手首の水晶がちかりと瞬く。
グランが槍を受けて後ろに飛び離れ、目配せする。
俺はその瞬間、叫んだ。
「いまだ! 撃て!」
「押し流しなさい!」
「凍れ……っえ?」
どばあっ
ファルーアが放ったのは、水の魔法。
対して、セシリウルは氷の魔法だ。
セシリウルは驚いたようだけど、ファルーアは妖艶な笑みを零した。
なるほど、先に湿らせて固めるつもりなんだな。
セシリウルはすぐに理解したようで、そのまま両手をかざす。
まるで何匹もの蛇が集まったような濁流が、先に『人型』へと直撃する。
渦巻く濁流に『人型』が呑み込まれ、その槍だけが渦から突き出ていた。
グラン、ボーザック、ディティア、ラウジャは『人型』を囲むような位置取りで己の武器を構え、いつでも追撃できる姿勢だ。
炸裂した水の魔法の上から、追い掛けるようにしてセシリウルの氷の魔法。
彼女の手元からは氷の粒が未だに噴き出して、吹雪のような勢いで、水を被った『人型』へとぶつかった。
ビュオオオォォッ
室温が一気に下がる。
「体感調整、肉体硬化、肉体強化、肉体強化!」
俺は『人型』を囲む四人へとバフを広げてかけ直し、あるいは重ねて、四重にする。
メイジとヒーラー以外の残りには、自分も含めて肉体強化をひとつ減らした三重に。
やがて濁流が消え、白く霜を被った氷像が顕わになった。
「やった……!」
「まだこれからよ! 気を抜くんじゃないわ、ボーザック!」
「うぇ……」
歓声を上げるボーザックに、ファルーアが龍眼の結晶の杖を再び光らせながらぴしゃりと告げる。
ビシッ……!
氷像からは無理矢理動こうとするような、軋む音が。
「行くぞ!」
グランが地面を蹴り、ボーザックとディティア、ラウジャも続く。
「うおおぉぉっ、らあぁっ!」
ガコォンッ!
「たあぁッ!」
左足部分、氷の壁を弾けさせた白い大盾の一撃に続き、ボーザックがグランの一撃が入った場所を正確に狙って、大剣を横薙ぎに振るった。
ギィンッ……! ビキィッ!
『人型』の左足に割れ目が走り、氷の礫が散る。
「次行くよ!」
ラウジャがその割れ目へと戦斧を叩きつけ、深く穿たれた傷に閃くのは……疾風。
「はあぁぁっ!」
ザンッ、ザンッ……!
双剣が『人型』の左足、その傷を広げ、最後に……彼女のエメラルドグリーンの眼が、俺を映した。
「――ハルト君!」
「任せろ! 脚力アップ! おおぉぉぉっ!」
駆け寄っていた俺は、踏み切って思い切り跳んだ。
「倒れ……ろおおぉぉぉっ!」
体を捻り、思い切り脚を振り抜く。
『人型』の左肩のあたりに炸裂した俺の蹴りは、脚力アップも相まって、かなりの威力を出した……はずだ。
バキン、と。
なにかが折れる音。
着地と同時に飛び離れた俺の目の前、ゆらり、と『人型』が傾ぐ。
折れた左足では自重を支えきれず、それはそのままゴツゴツした地面へと倒れ伏した。
ぐわしゃあんっ!
凍った砂粒が弾けるようにして飛び散る。
空気中に舞った破片が、蒼い光に照らされてきらきらと瞬いた。
「やったんかァ!?」
カムイが声を上げたその瞬間、フェンが咆えた。
「グアァウッ!」
吹き抜ける銀の風が、あっという間に『人型の残骸』を跳び越え、その向こうへと駆け抜けて――。
ガチンッ
フェンの牙が噛み合わさる。
俺は、一抱えはありそうな『なにか』がフェンの口に挟まっているのに気付く。
ところが。
「……!」
次に見た光景に、俺は息を呑んだ。
見る間にぼろりと崩れ落ちたそれから、分離された『大きなネズミ』が部屋の奥へと駆け抜けていくのである。
『ネズミ』は、濡れた砂の塊。
つまり、災厄はあんな大きさにもなれるのだと気付いてしまったのだ。
「グルル……」
「フェン、深追いするな」
口の砂を吐き、踏み出しかけたフェンを、グランが止める。
「ボーザック、ディティア! 災厄は離れていってるか?」
「うん、大丈夫」
「はい。遠のいていると思います」
ふたりの返事に頷いて、グランは俺に向き直った。
「……ハルト、お前、もう足は平気なんだな?」
血塗れて破れた服に、グランの視線が落ちる。
「ああ。傷は塞がってる。……ごめん」
俺が答えると、白薔薇のリーダーは珍しくほっとしたような顔をして、顎髭を擦った。
見ると、ディティアも、ボーザックも、苦笑している。
……かなり心配させちゃったみたいだな。
本当に不用心だった。
「すぐに拠点に報告に戻る。災厄の対処法はわかったが、通路も部屋も狭すぎるからな。態勢を整えるぞ」
「賛成です。ハルト君、僕の服でよかったら、枚数はあるのでどうぞ。背もそんなに変わりませんよね、たぶん」
指揮を執るグランに、シエリアが頷く。
俺は肩をすくめ、思わず戯けてみせた。
「俺のほうが、高くない?」
本日分です。
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