砂の下に眠るもの。⑤
部屋の灯りになっている魔力結晶が、ゆらり、と光を明滅させた。
俺たちはストーの話に、動きを止める。
――沈黙があたりを包んだ。
「……姿を変えるってェのは、どういうことやァ?」
カムイが聞くと、ストーは口元に笑みを湛えたまま、静かに返す。
「そのままです。おそらくこの災厄は、自身の姿を変えている。そう仮定すると、辻褄が合います。疾風さんの言う『擬態』だけでは説明が付きませんからね」
「龍にも、鳥にも、人型にもなれるってことか?」
俺が聞くと、ストーは頷いて、眼鏡を押さえた。
「どんな形になれるのかは、目撃情報だけではわからないかもしれませんし、実体を見た隊がないので、例えば液状なのか、はたまた変形する固体なのか、それも不明です」
「どの隊も襲われてねぇってことは、災厄は俺たちを避けてるってことか?」
グランが言うと、ストーは肩をすくめた。
「わかりません。様子を窺っているのか……なにか策があるのか。もしかすると、話にもあったアルバスを待っているのかもしれませんし」
「……ここに彼女……アルバスが来た可能性は?」
セシリウルが身を乗り出すと、ストーは唸った。
「この入口からは侵入はなかったはずですが、まだ調べ切れていませんからね。ほかの入口がある可能性はあります」
「つまり、わからねぇってことだな」
グランが顎髭を擦りながら応える。
「なら、もうその『災厄』を探して叩くくらいしか思い付かないわね。仮説が正しいとして、どうにかして見付けださないと」
ファルーアの言葉に、全員が押し黙った。
そうなんだよな。
なにもわからないってことは、対策を立てることもできないってことだし。
……要は、どこに災厄がいるのかわかればいいってことだ。
俺は未だに頭を抱えているディティアを眺めながら、手の上にバフを練り上げた。
「……五感アップ、五感アップ」
すーっと感覚が研ぎ澄まされ、皮膚に触れた空気の冷たさや、それが含む湿気のしっとりとした感触が強くなる。
奥にあるのであろう水の匂いがして、拠点にいる人々の会話がより近くなった。
それと同時に、俺たちは息を呑んだ。
「ええっと。なんか……思ったより近くに……すごく強い気配、感じない?」
ボーザックが呟いたんだけど……そうなのだ。
言うなれば、強烈な存在感。
それが、あまり離れていない場所にある。
ストーは地図に指を這わせた。
「方向はこっちですね。……災厄だとして、今動ける部隊は皆さんしかいません」
「……ふん。行くしかねぇだろうよ。……おい、行けるな?」
グランがばしりと膝を叩く。
俺は……いや、白薔薇の皆は、しっかりと頷いた。
ディティアも気を取り直したようだ。
すぐに立ち上がると、シエリアがラウジャと目配せし、こっちを見る。
「僕たちも行きます」
「せっかく一緒に来たんだ、ここで動かなきゃねぇ」
「すまねぇが、油断はできねぇからな。来てくれるならありがてぇ。……頼めるか?」
「勿論です。僕はハルト君に救われたも同然ですからね」
グランに言い切るシエリアに、俺は立ち上がって肩をすくめた。
「それ、なんの理由にもならなくないか? ……とりあえず、頼むぞシエリア」
******
武器を構えながら、慎重に気配を辿る。
拠点から細い通路を抜け、大きな丸い部屋へと辿り着くけど、謎の気配はまだ先だ。
一緒に来たのは俺たち白薔薇とシエリア、ラウジャ、ラミュース、そしてユーグルのカムイとセシリウル。
ガルニアには万が一のために拠点を守ってもらい、シュレイスとテールは申し訳ないけど留守番である。
シエリアが判断したことなので俺は口を挟まなかったけど、一緒に行けないことがシュレイスはかなり堪えたようだった。
五感アップの二重を維持したまま、ところどころで蒼く光る鉱石が照らし出す洞窟内を進んでいく。
眼を見張るほど幻想的な空間だけど、酷く張り詰めた空気は肌を刺すようだった。
さら、さら、と……砂が落ちる音が聞こえてきて、知らず、息を詰める。
――気配は通路のさらに奥からだ。
人ひとりなら余裕があるけど、ふたり並ぶには狭い通路を抜けたところで小さな部屋にさしかかり……瞬間、ディティアが腰を落とした。
「なにかいますッ」
「……!」
部屋の奥にある別の通路。
その向こうで、長い尾が……正確には、尾の影が揺らめいたのを、俺たちは見た。
「行くぞ!」
グランが大盾を前にして走り出し、俺たちもあとに続く。
部屋を駆け抜け、通路に身をねじ込むようにして影を追った先は、大きな部屋。
けれどそこには……なにも、いなかった。
天井の割れ目から、さら、さら、と砂が落ち、部屋の隅に山を作っている。
本来であれば真っ暗なのであろう部屋は蒼い鉱石によってよく見渡すことができた。
「なにも……いませんね」
シエリアが慎重に言う。
正面には別の通路があるようだけど、よほど脚の速い魔物でないかぎり、すでに逃げたなんてことはないはずだし、なにより部屋に満ちた濃厚な気配は、なにかが近くにいることを示唆している。
「気配は相当近い感じがするぞ」
俺が応えると、彼はじりじりと足を踏み出しながら頷いた。
「……そうですね。バフがあるからよくわかります」
「とりあえず変なもんがねぇか確認するぞ。災厄がいないとは言い切れねぇからな」
「わかりました」
「ええ」
グランの指示にディティアとファルーアが応えたので、俺は短く息を吐き出して、次のバフを手の上に広げる。
五感アップは万が一のために消しておくべきだろう。
「肉体強化、肉体硬化」
俺はバフを上書きして、グランに頷いてみせた。
木曜分です。
よろしくお願いします!




