責任と葛藤の先には。③
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「いやー、やるな。白薔薇ァ」
夕食は、カムイたちユーグルのテントで取ることにした。
開口一番そう言ったカムイが、セシリウルとふたりで床に座っている。
その床には持ち込んだ夕食が並べられて、空腹の胃を刺激する匂いがテント中に満ちていた。
今日の夕食は、でかい肉をじっくりと焼いたもの。
……もともと、災厄を討伐したあとに食べるはずの食事だったわけで、いつもより豪華だ。
全員がまるまる無事だなんて、さすがに夢を見すぎかもしれないけど……そうしたいと思ってたからな。
本当に。
きっと、カムイもわざと明るい口調にしてくれているんだ。
「……とりあえず、災厄の破壊獣ナディルアーダ討伐、お疲れ様でした。討伐が完了したことは確かです」
ところが。
さくり、と切り出したのはセシリウルだった。
「お、おいィ。セシリウル、いきなりその言いかたはないんとちゃうかァ?」
「……いや、かまわねぇよ。気遣わせて悪ぃなカムイ。……とりあえず食いながらでいいな?」
グランが苦笑して首を振る。
カムイは困った顔をしたまま右手で後ろ頭を掻き、ため息を付いてから肉を切り分けた。
それを皆の皿に載せながら、言いにくそうに話し出す。
「まァ、なんだ。……まさかアルバニアスフィーリアがアルバスだとは思わへんかったのもあってなァ。しかも、ヤールウインドに乗っていた……アルバスは魔物を飼い慣らしているってことになるんやけどなァ」
ちら、とセシリウルに視線を走らせたカムイ。
セシリウルは横目でそれを確認して、自分の器に野菜を取り分けながら話し出した。
「――実は、災厄を起こす……正確には同化するために必要なのが、血結晶を取り込ませた魔物か、自分自身なのです。私たちユーグルは自分自身を生贄にすることを教えられますが、『自分に忠実な魔物』がいる場合、それを生贄にすることで同化後に言うことを聞かせられる可能性は高い。今回も……おそらくは災厄の毒霧のときも、飼い慣らした魔物を生贄にしたのでしょう」
そこまで言って、セシリウルは野菜を口に運ぶ。
……俺たちもそれぞれ食事を開始した。
カムイは、セシリウルが咀嚼するのを見ながら肩を竦め、話の続きを引き取ることにしたようだ。
「生贄の育成と同時に、眠っている災厄には『同化させる奴で育てた血結晶、または同化させる奴の魔力が籠もった血結晶』を取り込ませ、馴染みやすくするんが望ましいんや。せやから、生贄にする魔物は『血結晶を育てることができる魔物』に限られる。ヤールウインド、フェンリルもそうやなァ」
ふたりが話しているのは、古代の魔法の一端だ。
ファルーアがきらりと目を光らせた。
「――つまり、魔物を生贄にする場合、同じ種類の魔物で育てた血結晶であれば、災厄に取り込ませていいということかしら」
「その通りやでェ。フェンリルならフェンリル、ヤールウインドならヤールウインドを使って育てた血結晶であれば、同一個体やなくてもいいんや。今回、おそらくはフェンリルが同化に使われた」
ここまで聞くと、フェンが悲しそうな声で小さく鼻を鳴らす。
しかし、俺が手を伸ばすと、尻尾で叩かれた。
慰めようとしてやったのに、その反応はどうなんだよ。
可愛くない奴!
まあ、まだ気持ちに余裕があるならいいけどさ。
「そうすると、アイシャで起こされた『災厄の黒龍アドラノード』の同化のときは……」
ディティアが口元に手を当てながら呟くと、グランが拾った。
「自分を生贄にするために、血結晶をアドラノードに埋め込んでいたってわけか。あれに自分の魔力を込めていたかどうかは知らねぇが」
そうだった。
あのとき、災厄の黒龍アドラノードを起こすために動いていたドリアドは、自分自身を生贄にした。
その前に、眠るアドラノードの側面に血結晶を埋め込んでいたって話だったのだ。
「そうやろなァ。……けどな、ロディウルの見立てでは馴染むのに失敗してたんや。たぶん、間違っていたんやろうなァ」
「あれ、ちょっと待ってカムイ。……ロディウルがアドラノードから持って帰った血結晶ってさ、ヤールウインド……ロディウルの乗ってるフォウルに『食べさせた』んだよね? それって……?」
ボーザックが首を傾げて切り出す。
そういえば、カムイがそんなこと言ってたな。
「ぐっ……」
カムイは明らかに声を詰まらせ、セシリウルの冷たい視線が彼を射抜いた。
「……ご想像の通りです。これは……本当にどこにも出していない秘密ですので、どうかご内密に。ロディウルは万が一のため、フォウルを生贄にすることも考えています。彼は……ユーグルに被害を出さず、自分とフォウルを犠牲にしようとしている。優しい弟なのです」
セシリウルはそう言って、小さくため息をこぼした。
「背負った責任と……フォウルを差し出すことへの葛藤……それを抱えているのは間違いないでしょう」
「……そうなんだ。確かに、魔物を差し出して収まるならそうしろ! って言われかねないもんね」
ボーザックが応えて、フェンの背をそっと撫でる。
……ちょっと腑に落ちないが、俺は頷いた。
「誰かにそう言われても、家族は家族だもんな」
「せやでェ。……だから、早いところ砂漠の災厄も討伐せなあかん。……今日、ようやく仲間が来てなァ。災厄の居場所がわかった、砂の下や」
カムイの言葉に、空気がピリッと張り詰める。
俺たちは、続きを待った。
本日2話目となります。
逆鱗のハルト①、どうぞよろしくお願いします。




