虫けらを屠るには。⑤
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「……あぁ」
零れたのは絶望か、はたまた怒りの前兆か。
俺はため息のような、嘆きのような……そんな音を発して、その場所を見渡した。
俺のすぐ隣には、グランとボーザックが黙って立っている。
抉れた地面には黒く焼け焦げた痕。
草木は薙ぎ倒され、メイジたちの杖がいくつか転がっていた。
そこにあるのは、巨大なすり鉢状の穴。
拠点からほど近い災厄討伐のための舞台は、見るも無惨な荒野と化していた。
……本来であれば、ファルーアやセシリウル、幾人かの高火力魔法を使えるメイジが魔法を撃つときに、ほかのメイジたちは後方へと避難しているはずだったのに……。
夕焼けに染まる空は胸が苦しくなるほどに紅い。
吹き抜ける風が、千切れた草を流していく。
一体、どれほどの人が……巻き込まれたんだろう。
呆然としていた俺の耳に、泣きそうな声が聞こえたのはそのときだ。
「――ハルト君!」
振り返ると、ディティアがこっちに走ってくるところだった。
ファルーアとフェンが、その後ろからゆっくりと付いてくる。
「大丈夫? もう動けるの?」
目の前までやってきて、彼女は俺を見上げた。
濃茶の髪が、夕焼けの色に紅く染まっている。
俺を見るエメラルドグリーンの眼は、いつもより潤んでいて。その瞼が赤く腫れているのに気付き、俺は唇をぎゅっと結んだ。
胸の奥が、ぎゅうっと絞られたような……そんな気持ちが溢れてくる。
「俺は平気。……ディティアこそ、無理しないように」
俺は右手を伸ばし、その頭をぽんぽんと撫でた。
柔らかい髪が揺れて彼女の目が大きく見開かれ、やがて伏せられる。
「……ごめんなさい、なにもできなかった」
「一番近くにいた俺は、もっとなにもできなかったってことになるけど」
零すと、ディティアははっと視線を上げて、ぶんぶんと首を振った。
「違う、そうじゃなくて……」
「ディティア」
「は、はい」
「皆、きっと同じ気持ちだ。それと一緒で、ディティアにそんな思いさせたことが苦しいと思う。……皆で乗り越えよう」
「……あ」
ぐるっと見回せば、グランも、ボーザックも、ファルーアも……フェンでさえ、辛そうな顔をしていて。
視線を戻すと、呆然としていたディティアは……唇をぐっと引き結んだ。
「…………ごめん、皆。そうだよね、私だけじゃない。……私たち白薔薇と、ほかの冒険者や、トレージャーハンターや……ユーグル、が」
言いながら尻つぼみになって……彼女は鼻を啜り、前を向いた。
瞳は濡れていたけれど、その光は強い。
尊敬や憧れに似た感覚が、胸のなかを熱くする。
「仲間を……失った人の気持ち。私には、わかる。……でもいま、私には、皆がいてくれる。それは、本当に……ひゃあ!」
「ティア。そうよ、よく言ったわね。……私たち白薔薇は、やれることをやりましょう」
ファルーアが、横からディティアをぎゅっと抱き締める。
足下にはフェンが体を寄せて、彼女を見上げた。
ディティアはそれに体を預けながら、しっかりと頷く。
「うん。いま、悲しんでる人がいる。あのときの私みたいに。……これからそれを味わう人が、ひとりでも少なくなるようにしたい」
やっぱりディティアは……疾風のディティアは、強くて、眩しくて……だけど、ただの女の子だ。
グランとボーザックを振り返ると、彼らもディティアのように深く頷く。
夕焼けのひとときは終わりを告げ、濃紺の空が迫ってくる。
俺たちは悲しみに包まれた拠点へと、足早に戻ったのだった。
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トレージャーハンター協会ソードラ王都支部の職員、フィリーは、こんなときでもキビキビと動いていた。
食事班への指示、警戒班への指示、怪我人や亡くなった人の記録。
ただ、衝撃を受けているのは明らかだったんだ。
顔色は悪く、唇なんて青みがかっているし。
「おい、フィリー」
見かねたグランが顎髭を擦りながら声をかけたのを、俺たちは黙って聞いていた。
「ああ、白薔薇の皆さん。どうしたのかしら……なにか問題が?」
なんでもないことのように応える彼女に、ボーザックがひょいと肩を竦める。
「少し休んだら? 顔色よくないよー」
「あら……そうかしら……」
頬に右手を当て、フィリーが首を傾げた。
その動きに合わせて、緩く波打った金色の髪がふわりと揺れる。
「疲れている自覚がないのは尚のこと危ないわ。休むことも覚えなさい」
ファルーアがぴしゃりと言い切ったのはそのときだ。
――フィリーは苦虫を噛み潰したような顔をして、首を竦めた。
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