進む先に見えるもの。②
ごうごう。風が唸る。
滑るように地面を疾走する黒い龍は、全部で六頭。
俺とディティアが一頭ずつ、その後ろに二頭ずつを従えていた。
輸送龍がもし被弾してしまった場合に、次の輸送龍を……と、飼育するカンナが提案した方法である。
そんなことにならせたくないのは、カンナも、俺たちも一緒だ。
悲痛な顔をしているカンナの頭を、輸送龍たちが鼻先で優しくつんつんしていた。
――頭がいい奴らだからな。
きっと、その意図を汲んでくれたんだろう。自然と、この六頭が前に出てくれた。
そのうち三頭は、俺と爆風と一緒に旅をして、ソードラ王国までともに帰ってきた奴らだ。
『ピュウィッ!』
嘶いて、どんどん速さを増していく輸送龍。
その体に、自分の体をしっかり寄せる。
真っ直ぐ座ろうもんなら、その風で吹き飛ばされそうだしな。
……流れる景色は豊かな緑と土の色。
ときおり大きな岩がごろりと転がる平原は、静かだった。
生きるものが身を潜め、息を殺しているような……そんな場所を、青い空がただただ見下ろしている。
本来はもっとたくさんの生物や魔物がいて、命溢れる平原なのに……それほど、災厄の影響が強いんだろう。
途中、ユーグルのカムイがやって来て、災厄に動きがないことを報せてくれた。
彼は少しのあいだヤールウインドを寄せて話をしたあと、「この先で待ってるぜェ」と笑って、風のようにいなくなる。
――災厄の破壊獣ナディルアーダのところまでは、約一日。
俺たちは明日の早朝、仕掛けるのだ。
少しの休憩を挟みながらただひたすらに走り、夜になってようやく、俺たちはカムイとセシリウルたちユーグルと合流した。
◇◇◇
「おつかれさん。飯食ってさっさと寝るんだぜェ」
カムイに言われて、俺とディティアは固まった体を伸ばしながら頷いた。
「そうだな。カムイたちもちゃんと休んでくれよ?」
「はい。見張りは私たちが交替で請け負いますので、おふたりは体力を十二分に回復してください。……とりあえず食事をどうぞ」
セシリウルはそう言うと、焚き火を指差す。
視線を走らせると、揺らめく火のそばで、ふたりのユーグルが手際よく食事を準備してくれているのがわかった。
あとのひとりは、災厄の偵察に出ているんだろうな。
……俺たちが歩き出すと、セシリウルは輸送龍の世話をすると言ってぺこりと頭を下げ、小走りでいなくなった。
「……ロディウルと爆風たちはそろそろ討伐し終えたかな」
「そうだね。もしかしたら、もう砂漠に向かってたりするかも」
「せやなァ。あっちは空の移動だけやしなァ。仲間を集めるのに一カ月か二カ月かけたとしても、もう終わってる可能性はあるでェ」
俺とディティア、カムイで話しながら、焚き火を囲む。
……伝達龍がいれば情報はかなり早く伝わるだろうけど、あの小さな龍たちは自分が覚えた数カ所を往き来することしかできないらしい。
任意の場所に飛ばせるわけじゃないんだな。
つまり、爆風たちの情報を得るには、ユーグルがヤールウインドで報せにくるのが最も早いことになる。
「報せが来る前に、こっちも叩いておきたいね」
ディティアが、ユーグルから差し出されたお茶を手に取りながら呟く。
俺も同じようにお茶を受け取って、ふわりと立ちのぼる湯気を眺めた。
「明日には決着が付いちまうさァ。……ほら、たんと食うんやでェ」
カムイがにやりと笑いながら言葉を紡ぎ、大きな皿を受け取ってくれる。
その上にはごろごろと大雑把に切り刻まれた色とりどりの野菜が載せられ、真ん中に大きな骨付きの肉がでんと鎮座していた。
その大きさときたら、ディティアの顔くらいありそうだ。
「この肉は滅多に食えへんご馳走やァ!」
嬉しそうなカムイは小型のナイフを俺たちに手渡して、自らも肉を切り出した。
「で、でかいな」
「すごいね……」
思わず、ディティアと顔を見合わせる。
まあ、確かに腹は減ってるし。
がっつり食べておきたいところではある。
俺はカムイが切り終わるのを待ってから、肉にナイフを滑らせた。
……いや、すごかった。
これは、焚き火に石を並べ、その上に載せた大きな鍋でゆっくり時間をかけて煮込まれたに違いない。
するりと入り込んだナイフが、とろんとした肉を簡単に切り離したのだ。
美味そう……。
思わずごくりと喉を鳴らし、俺は小さく呟いた。
「……いただきます」
カムイに倣って、ナイフの先を突き刺して持ち上げ、そのままかぶりつく。
しっかりと……だけど優しい味が染みて柔らかく、ひとたび噛めば、とろけて肉汁が口いっぱいに溢れ出た。
文句なしに美味い。
見れば、ディティアも左手を頬に当てて、とろけた幸せそうな顔をしている。
「……んん~、美味しい! ……って、ハルト君なんでこっち見てるのかな!?」
そのまま眺めていたら、気付いた彼女は真っ赤になって怒った。
「いや、美味しそうに食べるなぁと」
笑って口にすると、ディティアは肩を竦め、恥ずかしそうに俯く。
「それは、だって……」
そんなふうに言いながらもじもじしているのが可愛くて、俺はそれを言葉にしかけ……なんというか、照れて、止まった。
いや、いつも言ってることだし、別に恥ずかしくもないはずなんだけど……あれ、なんだろう。
「と、とにかくハルト君! 温かいうちに食べちゃおうよ!」
「あ、おう。そうだな!」
俺は慌てて、手元の肉にかぶりついた。
……なんか、変だな。
自分でもよくわからず、俺は首を捻るしかなかった。
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29日分です。
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