進む先に見えるもの。①
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災厄の話をしよう。
彼の破壊獣は、硬くなった皮膚にが苔が生えた異形の獣だった。
魔力を吸う苔は、己を守る武器であり、同時に盾である。
弾き出せば爆弾となり、叩かれれば衝撃を吸収する鎧となった。
もとは人間だというが、そんなのは遠い昔のことだ。
魔力の枯渇による暴走から、己が生贄となり同化し、最後は山の奥深く……地の底と思われるような暗い場所で、眠りについた。
長い長い年月が経ち、己が何者かということも忘れかけたそのとき、災厄は自身を呼ぶ声を聞く。
そうして、贄を食し、贄と同化し――己が主のために災厄は目覚めた。
――楽しみだな、と。主は笑う。
そう、楽しみだ。
今は待つ。
ただ、ときを待つ。
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災厄討伐のため、出発するときがきた。
「逆鱗のハルト、疾風のディティア。……頼んだぞ」
グランに言われて、俺はぐっと拳を握る。
――災厄の破壊獣の誘導を行うのは、俺とディティア、そしてユーグルたちだ。
当然、俺はバフ要員。
ディティアは、最終的に穴まで災厄を連れて行く役目を担っている。
実は、輸送龍はその速さゆえに急に曲がることができない。
そのため、細かい調整は、彼女が行わねばならないのだ。
俺たちのなかで、疾風のディティアが最速なのはわかりきっていた……だから、彼女は引き受けた。
それを痛いほどに感じるから、俺も頑張らないと……って、そう思ったんだ。
そんな俺を見て、グランが手のひらを上にして、人差し指でちょいちょいと呼ぶ。
「なに……うわっ」
近寄ると、そのまま首に腕を回され、がっちりと固められた。
ひんやりとした篭手部分が肌に触れている。
「ハルト。いいか、よく聞け。――はっきりとはわからねぇが、嫌な予感がする。順調にいきすぎてるからかもしれねぇが……。お前は、お前の大切な存在を守れ。わかったな」
「……え?」
なんだよ、と言いかける俺の耳に届いたのは、ディティアに聞こえないくらいの小さな囁き。
グランの声は低く、真剣で……俺は間抜けな返事しかできなかった。
「――行ってこい」
「いッ……て!」
グランは俺の背中をバチンと叩くと、解放する。
「気を付けて行くのよ、ハルト」
「こっちは任せてといてー」
その間、ディティアと話していたファルーアとボーザックは、口元に小さな笑みだけを浮かべ、頷いた。
……嫌な予感がするっていうのを、もうグランから聞いていたんだろう。
そんなこと知ったら、ディティアが不安になるかもしれない。
災厄を御さねばならない彼女に、心配事を増やさないよう……それを、彼らは俺に託したんだ。
すると、珍しく俺の足下にフェンがするり、と寄ってきた。
「フェン」
「…………」
フェンは聡明な蒼い月の色をした眼で、俺をじっと見詰めると、いつものように尻尾で俺の足を叩く。
……しっかりするように、と、念を押されている気がした。
だから、三人と一匹に伝わるよう、しっかりと頷いてみせる。
「……じゃあ行ってくるな。行こう、ディティア」
「うん。……いってきます皆!」
俺たちは輸送龍のところへ移動する。
グランたち以外、見送りはいない。
ユーグルたちは先に飛んでいるし、ほかの皆も持ち場に付いているからだ。
「頑張ろうね、ハルト君」
「おう」
差し出された彼女の小さな左の拳に、俺は笑って自分の拳を軽くぶつけた。
手首に揺れるブレスレットが、陽の光をちらりと控えめに返す。
ディティアは嬉しそうに笑うと、輸送龍の鐙に足をかけ、一気に跨がった。
それを見て、いま言おうと決め、俺は言葉を紡いだ。
「……ディティア、ごめんな」
「えっ?」
「本当はお前に任せきりなのは、ちょっと情けないって思う」
彼女と同じように輸送龍に跨がると、彼女の驚いた顔が目に入る。
「……あれ。驚くようなこと言ったか?」
「わ、そ、そうじゃなくて! あっ、そうなんだけど!」
俺が思わず苦笑すると、ディティアは大慌てで首を振る。
濃茶の髪がふわふわと舞い踊った。
「……ええと、ね。任せきりだなんて、全然思ってなくて。……その、私は私でやることがあって、ハルト君はハルト君でバフがある。グランさんたちは残りの部隊をそれぞれ率いてるし……だから、ね? 皆で戦ってるんじゃないかな?」
小首を傾げ、ちょっとだけ困った顔をしている彼女に、俺は気持ちが温かくなるのを感じた。
「そっか……ディティアがそう思ってくれてるならよかった。……でもやっぱり」
俺は、ディティアを危険に晒すようなこと、したくない。
言いかけた言葉を、呑み込む。
それはきっと、ディティアにとっても同じなんだよな。
俺もディティアも、同じようにお互いを守りたいと思っているってことで……それは、すごく大切な……。
「……?」
瞬きをして、不思議そうに言葉を待っている彼女に、俺は目を向けた。
きらきらと輝くエメラルドグリーンの眼が、俺を捉える。
……大切、な、存在。
「…………」
なんだろう。急に胸が熱くなって、俺は思いきり息を吸った。
「ハルト君?」
黙った俺を変に思ったのか、ディティアが呼ぶ。
「あ、うん。……成功させなきゃなってさ」
俺は笑い返して、そっと息を吐く。
グランに言われた内容を……いまさらになって、ちょっとだけ意識してしまったらしい。
いざというとき、俺が彼女を守れるようにしよう。
俺はひとりで頷いて、輸送龍の歩みを開始させた。
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