王を冠するもの。⑧
◇◇◇
少女は、ひとりだった。
「あたしはアルバニアスフィーリア。アルって呼んでよ」
にやにやとしたまま、さっさとそう言って……彼女はカムイとセシリウルの間にちょこんと座る。
寝そべっていたフェンが、ふす……と鼻を鳴らすのが聞こえた。
……紅髪紅眼。見た目は優しそうだけど、話し方は快活。
短く切られた髪のせいか、ともすれば少年のようでもある。
俺よりも頭ひとつ分は低い背で、細い体付きだった。
纏うのは黒い……たぶん、ドレス。……装飾がほとんどない、普段着のような気もするものだ。
「アルバニアスフィーリア様、どうしてここに?」
セシリウルは彼女を知っているらしい。
カムイも無言ではあるが、口を挟まないところを見るに知っているんだろう。
「どうもこうも、あたしオウサマの代わりだもん。今日はその話をしにきたんだよ、セシリウル」
アルはそう答えて楽しそうにお茶を淹れた。
「代わり……とは」
セシリウルが尚も続けると、アルは優雅とは程遠い動作でお茶をがぶりと飲んだ。
「やだなあ。最初に会ったとき、話したよね。もともと、災厄を鎮めるための代わりとして城に連れて来られたんだって。だからオウサマが雲隠れしちゃった代わりに、あたしが来たってわけ」
セシリウルは露骨に顔を顰めた。
……当然だ。アルと名乗る少女は、自分が生贄になるためにここに来たと言っているのだから。
「そんなわけだから、ちゃっちゃとやろう。あたしが災厄を鎮めるんで、ユーグルからは生贄は出ないし。白薔薇ってあんたたちだよね? その間に煮るなり焼くなりしてくれる?」
「ちょっと待ちなさい…………ええと、アル。あなたは、お姫様だということ?」
話があまりに読めず、ファルーアが聞いてくれる。
その向こうで、グランが眼を閉じて髭を擦っていた。
「んー、正確には違う。所謂、妾の子供ってやつ? 何年も前のある日、突然城に連れて来られたんだ。今のオウサマって、前のオウサマが突然死んでオウサマになったんだけどさ、災厄が恐くて自分の代わりを捜してたんだって。平和なあいだはずっと好き勝手させてもらえてたんだけど、今回は城に軟禁状態だよー」
けらけらと笑い飛ばしながら、アルはなんでもないことのように言い切った。
セシリウルが、困ったような怒ったような、複雑な感情を顔に滲ませている。
アルはそれを見てどう思ったのか、小首を傾げてみせた。
「災厄の知識は全部もらったよ? だから大丈夫」
さらにはそう言い切って、また楽しそうにお茶を淹れている。
「――悪いが嬢ちゃん、災厄は狩らせてもらう。鎮める必要はねぇから大人しくしてていいぞ」
グランがようやく目を開けて言うけど、アルはにやにやと頬を緩ませた。
「……そんなこと言わせないよ? 仲間を集めているんでしょう? ふふふ、あたしのほうで集めておいてあげたから感謝してよ。つまり、あたしを連れていかないと、彼らも来ない」
「え……? 集めておいたって……どういうことですか」
セシリウルが慌てたように聞き返すと、彼女は右手の人差し指を立てる。
「ソードラ王都のトレージャーハンター協会が、いま三十人くらい集めてるって聞いてねー。あたしは二十人くらいを手配できてるよ」
……自由国家カサンドラから向かっている部隊は、四十人弱のはずだ。
そうすると、アルの言った人数を合わせれば、マルレイユ会長の宣言通り百人ほど集まることになる。
これも協会とユーグルの根回しなのか?
……いや、セシリウルの反応を見るに、ユーグルは関わってなさそうだ。
「へぇ……アルって人脈あるんだねー?」
ボーザックが感心したように呟くと、アルは薄い胸を張った。
「まあね。それで? 追加の人員はいつ来るのかな。作戦は?」
――困ったな。完全に、アルに主導権を握られてるぞ。
俺たち白薔薇は顔を見合わせて、どうしようかと首を捻る。
アルは生贄になることが楽しみだとでも言いたげで、腑に落ちない。
それが、生まれはともかく、彼女が『王を冠するもの』だからなのか……ただ感情が欠落しているのか、わからなかった。
そこで、見かねたのか黙っていたカムイがため息をこぼした。
「……はァ。おう、アルよォ。まァなんだ。俺らは災厄を倒すんや、生贄は必要あらへんでェ」
「そうですね。ですから、そんなに軽々しく鎮めるなどと言うものではありません。あなたは物事を簡単に考えすぎです」
セシリウルも助け船を出すけど……俺は思わず、さっきまで喧嘩していたのはどこのどいつだよ、と心の中で突っ込んだ。
ディティアが苦笑している。
「……とりあえずよォ、白薔薇。作戦はあるのかァ?」
肩の高さで両手をひらひらさせ、カムイがため息を重ねる。
まあ、当然、道中で話はまとめてあるんだけどな。
……シエリアやラウジャを含めた追加の人員は、馬車や馬で直接トレイユに向かっている。
そうすると、あと一カ月程度で到着だ。
――それまでにやることは当然あるわけで。
「……グラン」
俺が呼ぶと、俺たち白薔薇のリーダーは肩を竦めて、作戦を話し出した。
いつもありがとうございます。
先週あまり投稿できませんでしたので!
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