王を冠するもの。⑦
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カンナと輸送龍は広場に残し、騎士に伝えて城に入る。
村の人たちといれば、無茶をすることもないだろう。
中は、入ってすぐの広間の奥、左右に上り階段があり、それぞれが二階の大広間へと繋がっていた。
支部長の話のとおり、重傷の人々が休まされており、より重篤な者はさらに別の部屋に寝かされているそうだ。
自由国家カサンドラでもこんな状況だったけど、やっぱり胸が痛む。
慣れることはないし、慣れてはいけないんだとわかっていても、
俺は唇を噛んで、皆のあとに続いて大広間を抜けた。
奥の扉の先には廊下が続いていて、右にも左にもたくさんの扉が並ぶ。
床には濃い紅の絨毯が敷かれ、ところどころに絵画や壷などが飾られて、天井からは凝った装飾のランプが等間隔で吊され、柔らかい灯りが揺らめいている。
すれ違う騎士たちは甲冑ではあったけど、兜は脇に抱え、きびきびと俺たちに頭を下げた。
城内は兜を外す決まりなのかもな。
――そうして少し進むと、先導する騎士がある部屋の前で立ち止まる。
入ると、カムイとセシリウルが六人は座れそうな大きなソファでゆったりとくつろいでいた。
……なんでお互い端っこにいるんだ、あいつら。
仲悪いのか?
「おォ、待ってたぜェ」
「もう聞き込みは終えたのですか」
不思議に思っていると、彼らは言葉を発して姿勢を正し、向かいのソファを指し示す。
「――ああ。とりあえずはな」
グランが応えてから、俺たちはそこに座り……フェンは白くてもふもふとした丸い絨毯を見つけて、当然のようにそこに寝そべったけど……部屋を見回した。
二十人は入れそうな、ゴテゴテの装飾の部屋だ。
天井から吊された、たくさんのランプ。
暗めの色をふんだんに使ったソファは、落ち着いた感じの花柄の布張り。テーブルの脚やランプ、棚などは全て細工が施されている。
テーブルの上にはお茶が準備され、これまた美しいカップがたくさん用意してあった。
「どうぞ」
当然のようにセシリウルがお茶を淹れてくれたので、ありがたくいただくことにする。
なんの変哲もない、少し渋みのあるお茶だったけど、置いてあるミルクを入れるとそれがまたいい味を出した。
……美味い。
「ちょっとおなか空いたよ、俺ー」
ボーザックがへへっと笑いながら、すぐにお茶を飲み干した。
カムイが太い腕を組みながら、大仰に頷いてみせる。
「俺もだぜェ。はー、話が終わったら飯だ、飯ー」
「とりあえず話をしましょう。ここに王様が来て下さるのかしら」
ファルーアが髪を梳きながら聞くと、セシリウルはカップをゆっくりと下ろし、困ったように告げた。
「それが……王と連絡がつきませんでした」
「は?」
思わず俺が聞き返すと、隣にいたディティアが俺の肘を突いて、「失礼だよ?」と囁く。
……相変わらずの小動物感に和んでしまった。
「まァ、逃げたんやと思うでェ」
「カムイ!」
ずばり言ったカムイに、セシリウルが目尻を吊り上げたのはそのときだ。
「……どういうことだ?」
グランが、顔を顰めながら髭を擦る。
セシリウルは瞬時にばつが悪い表情になり、肩をすぼめ、首をすくめた。
「王都が厳重態勢になったのは二週間前です。そのときは王に会うことができましたが……」
そこから偵察を繰り返す間、対応してくれたのは王の側近だったという。
満を持して俺たち白薔薇と合流し、話を進めようというこの段階で、その側近は告げた。
曰く。
「王は体調を崩され、療養しております。王都にはおりません」
「ええっ。そんな話ある?」
ボーザックが眉をひそめると、カムイはふんと鼻を鳴らした。
「自分が『鎮める』ことになるかもしれんからなァ。俺らユーグルは許さんでェ」
「カムイ。相手は王です、少しは口を――」
「これが黙ってられるかってんだよォ! 王を冠するものが、国民を置いて逃げるってェのはあってはならねェ! 絶対だ!」
とうとう、カムイはテーブルをがつんと蹴り上げる。
カップが弾み、ガチャンと音を立てた。
不穏な空気。
睨み合うカムイとセシリウルだったけど、先に視線を逸らしたのはセシリウルだった。
彼女は目を伏せて、唇を噛む。
「大丈夫です。いざとなれば、私が――」
「だァーーッ! うるさいでセシリア! ロディウルの顔に泥ォ塗るつもりなんか! 生贄にせんために討伐しよるんやでェ! ええ加減に……ッ」
「うるっさいんはどっちよ! うち以外の民を亡くしてみぃ! ロディウルがどれほど傷付くと思てんねん! そっちかてええ加減にせんと……ッ」
お、おお……。
急に声を荒らげ、口調まで変わったセシリウルに、思わず仰け反る。
やれ生贄になる、ならせない、と言い争いを始めたふたりを呆然と眺めていると、時間が経つにつれて隣からピリピリした空気が漂い始めた。
殺気にも似た研ぎ澄まされた感情……とでも言おうか。
なんか……ディティアが怒っているような……。
額に変な汗が噴き出すのを感じる。
やがて、再び睨み合い、お互いの胸ぐらに掴みかかりそうな勢いのふたりに、ディティアがぴしゃりと言った。
「いい加減にするのはおふたりです! 生贄を出す前提はやめてください! ロディウルのことが好きなのはわかりますけどッ、白薔薇を馬鹿にするのは許しませんッ!」
「は、はッ!」
「おォ!?」
ふたりがびしりと姿勢を正す。
と、思えば……後ろから聞き覚えのない声がした。
「そうそう、そうだよねー。お姉さんの言うとおり~」
「……ッ!」
俺は弾かれるように振り返り、そこに、あどけなさを残した少女がにやにやと笑っているのを見た。
更新ボタンを押し忘れていました……
投稿まで何回かボタンをおさないとなのですが。
だいぶ間が空いてしまってすみません。
よろしくお願いします!




