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逆鱗のハルトⅡ  作者:
250/308

王を冠するもの。④

「お姉さんだったんですね」

ディティアが言うと、セシリウルは少しだけ頬を緩めて頷いた。

「はい。正式な長はロディウルです。私は補佐にすぎません」


「長の家系は皆、名前にウルが付くのかしら?」

ファルーアが問いかけると、彼女は前髪をそっと指先で梳いてから答えた。

「いいえ、今回は特殊ですね。災厄が起きてしまったために、万が一の代わりをロディウルが指名した……という流れです」

「……それじゃあ、元々はウルが付かない名前ということ?」

質問を重ねるファルーアに、セシリウルは真剣な眼差しで、しっかりと答えた。

「はい。セシリア……それが私の名前でした。本来は里の者と行動しなければならないのですが、弟をひとり送り出すなんて私には……」

「そォ。本当は里を守らなあかん立場やのに、セシリウルは無理矢理出張ってきて……なァッ」


うわぁ……。


……無理矢理に言葉を被せ、大きな肩を竦めるカムイの爪先を、セシリウルの足が踏み付けるのを見てしまった。


トレージャーハンター協会のフィリーといい、ここはファルーア気質の女性が集まるのかもしれない。


「…………」

「…………」

密かにグランとボーザックと視線を交わすと、無言で頷き返される。

二人も同じように感じたに違いない。


うん、気を付けよう。


そして、同時に決意する。

ロディウルの考える『万が一』は、絶対に起こさせてはいけない。生贄なんて、俺は――俺たち白薔薇は、認めない……と。


******


町が終わったと感じるあたりにある広場、それを囲む林のような場所。

待っていたカンナと輸送龍は、俺たちに気が付くと、木蔭で休めていた体を起こす。


「早かったね」

「まあ、いろいろあってさ」


合流したところで、カムイが高らかに指笛を鳴らした。

木々の向こうから、すぐに深緑の羽を持つ怪鳥が二体飛んでくる。 


ばさり、ばさり、と羽音を立てながら下りてきたヤールウインドに、フェンが駆け寄って見上げた。

ヤールウインドはフェンを見下ろして、嘴の先を彼女の鼻先にちょんと寄せる。


――仲いいんだなあ。かなり打ち解けているようだ。


カムイとセシリウルはそれを見届けてから、慣れた動作でヤールウインドの背に乗った。

彼らは、先に城へ行って、準備を進めておいてくれるらしい。


「じゃァ城でなァ!」

「では、後ほど」

翼を広げるヤールウインドの背から、二人が声をかけてくる。


「ああ。城に着いたら少し避難民に話を聞くが、それからでも構わねぇよな?」

グランが多少大きな声で応えると、カムイが拳を突き出して笑う。

「おうよォ。門番にでも声かけりゃ城の中に入れるはずや、中で待ってるでェ」


――その言葉を合図に、ヤールウインドが飛び立った。


夕方になって茜色に暮れ始めた空に、乾いた風が吹き抜けていく。

すぐに小さくなる彼らを少しだけ眺めたあと、俺はカンナのほうに向き直った。


話さないわけにはいかないもんな……。


――彼女は俺の視線に気が付いて、黙ったまま、こちらをじっと見据える。


俺は一瞬だけ唇を噛んで、心を決めた。


「トレイユが壊滅した。それで、今はカンナの村のそばに、災厄の破壊獣ナディルアーダがいるみたいなんだ。村の人はもう避難して、たぶん城にいると思う。だからカンナも一緒に来てくれ。村の人からも、話が聞きたいんだ」


――告げた。

できうるかぎり、簡潔に話したつもりだ。


彼女は、表情を変えずに静かに頷いた。


もしかしたら、こうなっていると予想していたのかもしれない。


少しの沈黙。

カンナはなにを思ったのか、三頭のうち二頭の輸送龍の手綱を差し出して、息を大きく吸った。


「村の人が逃げたなら、よかった。……残りの輸送龍は草原に放たれたんだろう……あたしはそっちを捜してくる。あのこたちは、協会から任された大切な子たちなんだ。話はあんたらだけでもできるよね。……このこたちを頼む」


彼女にしては、饒舌だと思う。

それだけ輸送龍たちに思い入れがあるんだって……理解したつもりだ。


でも、ここで彼女だけを行かせるのは、どう考えても危険だろう。


「それは駄目ですカンナさん。そこには災厄がいます。……どちらにしても、私たちは災厄のところへ向かうことになります。……散らばった輸送龍はそのときに、皆で捜しましょう」

――止めたのはディティアだった。

彼女は、今にも駆け出してしまいそうなカンナの小麦色をした腕をしっかりと掴んで、首を振る。


「輸送龍たちは強いです。草原でもやっていけます。それはカンナさんが一番わかっているはず」

きっぱりと言い切って、疾風のディティアはさらに凛と告げた。


「今は、お城へ。カンナさんの協力が必要です」


カンナは、呆然としているように見える。

掴まれた腕を見詰めたあとで、彼女は肩を落とした。


「……そうだね。わかった」

『ピュウイ!』

輸送龍たちが、彼女に向かって『心配するな』とばかりに鳴いてみせる。


俺はグランを振り返って、頷く。


俺たちのリーダーは頼もしく頷き返してくれて、顎髭を擦りながら全員に告げた。


「よし。城へ向かうぞ」



昨日分です。

今日も更新できるかなーと思いつつ、お仕事次第です。

いつもありがとうございます。

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