王を冠するもの。②
◇◇◇
通された部屋には、深い緑髪で紅眼の男女がいた。
ほかには大きな四角いテーブルと、椅子が十脚。窓もない、土壁が剥き出しの質素な部屋だ。
心なしかひんやりした空気が満ちていて、外にいるのと同じような土の香りがしている気がする。
女性のほうは、頭の左右から緩めに編まれた二本の三つ編みを、後ろで纏めて団子状にしている。睫毛の長い吊り目で、鼻回りにはそばかすが目立つ。
だぼついた丈の長い深緑のシャツの上からベルトをして、その下はピッタリとした黒いパンツ姿。
……俺が言うのもあれだけど、垢抜けない感じだ。
そして、もうひとりはというと。
「よォ、待ってたんだぜェ!」
俺たちに向けて、気さくに右手を上げる男。
背は俺より少しだけ低いのに、筋骨隆々の体から発する威圧感が凄まじい。
短く刈った髪と鋭い目つきで、額には赤と白の組紐がぐるりと巻かれている。
彼は、ユーグルのロディウル……その三人の『影』のうちのひとり。
「……カムイ?」
俺が呟くと、男はにやりと歯を見せた。
「せやでェ! このカムイ様が、災厄の破壊獣ナディルアーダの偵察隊長や。よろしくなァ!」
◇◇◇
トレージャーハンター協会、ソードラ王国支部。
その支部で働く、ファルーアに似た女性……フィリーの手によって、テーブルに書類が並べられた。
俺たちは皆椅子に座り、頭を突き合わせて書類を覗き込む。
その中――災厄の破壊獣の絵が描かれている一枚に、俺は息を呑んだ。
「これ……」
思わず紙に触れ、呟く。
大きな丸い苔玉……これは、確かに俺が見たものである。
けれど、その隣に彼の災厄の『全貌』が印されていたのだ。
「虫……?」
苔玉だと思っていた『それ』は、側面から背中に向けて丸みを帯びた体を持つ巨大な生物が、くるりと丸まったものだった。
びっしりと体を覆う苔のおかげで、すっかり玉にしか見えなかったらしい。
地面と接する部分には、ネズミの尾のような形の短い脚が、まるで百足のごとく無数に生えている。
「これが、破壊獣なのか? 獣とは違うように見えるが」
グランが眉をひそめ、顎髭を擦りながら言った。
カムイは大きく頷いて、絵を指差す。
「虫に見えるけどなァ、こいつは間違いなく災厄で、獣だ。ここ、頭は狼だぜェ」
指先でトントン、と書類を叩くカムイに、ファルーアがまじまじと絵を眺める。
「本当ね……。でも、これ……さすがにちょっと気持ち悪いわ」
彼女は身震いすると、乗り出していた体を引いた。
ディティアも、微妙な顔をしている。
俺は唇を噛んだ。
――この絵が災厄だってことは、つまり。
「なあ、カムイ。それじゃあ、こいつ自分で動けるんだよな。トレイユは……どうなったんだ?」
否定してほしくて俺が聞くと、カムイは鋭い目を辛そうに眇めた。
「それが、なァ……残念なんやけど、トレイユは……壊滅だ」
「かっ……壊滅!?」
カムイの言葉に、俺は思わず大声になってしまい、浮かしかけた腰を慌てて落ち着ける。
予想してたつもりだったのに……信じられなかった。
木でできた家屋や水車、澄んだ空気に漂う特産品のペールの香り。
ゆったりとした時間が流れる美しい町が、脳裏を過ぎる。
あの町が……壊滅……。
「災厄の破壊獣ナディルアーダはトレイユを襲撃。町はめちゃくちゃで、住んでいた人たちの状況は、全ては把握できていません。空から見る限り、もう誰も見付けられなかったです。ただ、かなりの避難民が首都にもやってきていますので、ほとんどが城に」
そこで、ユーグルの女性が話しだした。
「災厄が襲撃したことは間違いないんですか?」
ディティアが問いかけると、彼女はしっかりと頷いた。
「家屋の損傷具合から、強力な爆発、もしくは火災でやられていると思われます。災厄の破壊獣ナディルアーダの襲撃によるもので間違いないでしょう。災厄は、今はそこから少し北……小さな村付近に丸まっているのを確認しています」
「……村って……まさか、カンナの?」
呟くと、女性は首をかしげる。
「カンナ……?」
「トレイユの北にある小さな村で輸送龍を育てている女性だ。今回、俺たちに同行してるんでな。……その村はまだ無事なのか」
察してくれたグランが問いかけてくれる。
ユーグルの女性は「なるほど」と頷いて、言葉を続けた。
「村は無事です。ただし、人はもういないようです。災厄の破壊獣ナディルアーダは、今は苔玉状になり休息に入っていました。魔力を溜めているのだと思われます」
「災厄はどれくらいの頻度で動くの?」
ボーザックが聞く。すると、彼女は首を振った。
「監視をつけていますが、どういうわけか未だに動いた報告がありません」
「そこがキナ臭ェんだぜェ」
カムイが胸元で両手の拳をガツンとぶつけながらそう付け足す。
……ざっくり計算すると、ユーグルはカサンドラから一週間くらいでトレイユに到着したはずだ。そこから俺たちが王都にくるまで、災厄は二週間は動いていないことになる。
「王都は厳重警戒態勢に入りました。とはいえ、ここには外壁があるわけではないので、ほとんどの住人は家に籠もり、次の指示を待っているのです」
「それで人がいなかったんだね」
ボーザックが納得したように頷く。
すると、カムイがとんでもないことを言った。
「王に会う手筈は整えてあるからなァ。早速行くぜェ、白薔薇」
金曜分です!
更新遅れていてすみません。
いつもありがとうございます!
よろしくなァ!




