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逆鱗のハルトⅡ  作者:
248/308

王を冠するもの。②

◇◇◇


通された部屋には、深い緑髪で紅眼の男女がいた。

ほかには大きな四角いテーブルと、椅子が十脚。窓もない、土壁が剥き出しの質素な部屋だ。

心なしかひんやりした空気が満ちていて、外にいるのと同じような土の香りがしている気がする。


女性のほうは、頭の左右から緩めに編まれた二本の三つ編みを、後ろで纏めて団子状にしている。睫毛の長い吊り目で、鼻回りにはそばかすが目立つ。

だぼついた丈の長い深緑のシャツの上からベルトをして、その下はピッタリとした黒いパンツ姿。


……俺が言うのもあれだけど、垢抜けない感じだ。


そして、もうひとりはというと。


「よォ、待ってたんだぜェ!」


俺たちに向けて、気さくに右手を上げる男。

背は俺より少しだけ低いのに、筋骨隆々の体から発する威圧感が凄まじい。

短く刈った髪と鋭い目つきで、額には赤と白の組紐がぐるりと巻かれている。


彼は、ユーグルのロディウル……その三人の『影』のうちのひとり。

「……カムイ?」

俺が呟くと、男はにやりと歯を見せた。


「せやでェ! このカムイ様が、災厄の破壊獣ナディルアーダの偵察隊長や。よろしくなァ!」


◇◇◇


トレージャーハンター協会、ソードラ王国支部。

その支部で働く、ファルーアに似た女性……フィリーの手によって、テーブルに書類が並べられた。


俺たちは皆椅子に座り、頭を突き合わせて書類を覗き込む。


その中――災厄の破壊獣の絵が描かれている一枚に、俺は息を呑んだ。


「これ……」

思わず紙に触れ、呟く。


大きな丸い苔玉……これは、確かに俺が見たものである。

けれど、その隣に彼の災厄の『全貌』が印されていたのだ。


「虫……?」


苔玉だと思っていた『それ』は、側面から背中に向けて丸みを帯びた体を持つ巨大な生物が、くるりと丸まったものだった。

びっしりと体を覆う苔のおかげで、すっかり玉にしか見えなかったらしい。

地面と接する部分には、ネズミの尾のような形の短い脚が、まるで百足のごとく無数に生えている。


「これが、破壊獣なのか? 獣とは違うように見えるが」

グランが眉をひそめ、顎髭を擦りながら言った。

カムイは大きく頷いて、絵を指差す。

「虫に見えるけどなァ、こいつは間違いなく災厄で、獣だ。ここ、頭は狼だぜェ」


指先でトントン、と書類を叩くカムイに、ファルーアがまじまじと絵を眺める。


「本当ね……。でも、これ……さすがにちょっと気持ち悪いわ」

彼女は身震いすると、乗り出していた体を引いた。

ディティアも、微妙な顔をしている。


俺は唇を噛んだ。


――この絵が災厄だってことは、つまり。


「なあ、カムイ。それじゃあ、こいつ自分で動けるんだよな。トレイユは……どうなったんだ?」

否定してほしくて俺が聞くと、カムイは鋭い目を辛そうに眇めた。

「それが、なァ……残念なんやけど、トレイユは……壊滅だ」

「かっ……壊滅!?」

カムイの言葉に、俺は思わず大声になってしまい、浮かしかけた腰を慌てて落ち着ける。


予想してたつもりだったのに……信じられなかった。


木でできた家屋や水車、澄んだ空気に漂う特産品のペールの香り。

ゆったりとした時間が流れる美しい町が、脳裏を過ぎる。


あの町が……壊滅……。


「災厄の破壊獣ナディルアーダはトレイユを襲撃。町はめちゃくちゃで、住んでいた人たちの状況は、全ては把握できていません。空から見る限り、もう誰も見付けられなかったです。ただ、かなりの避難民が首都にもやってきていますので、ほとんどが城に」

そこで、ユーグルの女性が話しだした。


「災厄が襲撃したことは間違いないんですか?」

ディティアが問いかけると、彼女はしっかりと頷いた。


「家屋の損傷具合から、強力な爆発、もしくは火災でやられていると思われます。災厄の破壊獣ナディルアーダの襲撃によるもので間違いないでしょう。災厄は、今はそこから少し北……小さな村付近に丸まっているのを確認しています」


「……村って……まさか、カンナの?」

呟くと、女性は首をかしげる。

「カンナ……?」

「トレイユの北にある小さな村で輸送龍を育てている女性だ。今回、俺たちに同行してるんでな。……その村はまだ無事なのか」

察してくれたグランが問いかけてくれる。

ユーグルの女性は「なるほど」と頷いて、言葉を続けた。


「村は無事です。ただし、人はもういないようです。災厄の破壊獣ナディルアーダは、今は苔玉状になり休息に入っていました。魔力を溜めているのだと思われます」


「災厄はどれくらいの頻度で動くの?」

ボーザックが聞く。すると、彼女は首を振った。

「監視をつけていますが、どういうわけか未だに動いた報告がありません」

「そこがキナ臭ェんだぜェ」

カムイが胸元で両手の拳をガツンとぶつけながらそう付け足す。


……ざっくり計算すると、ユーグルはカサンドラから一週間くらいでトレイユに到着したはずだ。そこから俺たちが王都にくるまで、災厄は二週間は動いていないことになる。


「王都は厳重警戒態勢に入りました。とはいえ、ここには外壁があるわけではないので、ほとんどの住人は家に籠もり、次の指示を待っているのです」


「それで人がいなかったんだね」

ボーザックが納得したように頷く。


すると、カムイがとんでもないことを言った。


「王に会う手筈は整えてあるからなァ。早速行くぜェ、白薔薇」 



金曜分です!

更新遅れていてすみません。

いつもありがとうございます!


よろしくなァ!

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