黒い龍とは友達です。⑤
「……燃え尽きなさい!」
グランとボーザックが俺の隣まで下がるのと同時に、ファルーアの声が響き渡った。
彼女は後ろの蟻たちを炎の渦に巻き込んで、こっちにもいくつかの火の玉を飛ばしてくれる。
昼間でも眩い火の玉は、川のようになった蟻のもとへとギュンギュンと唸りを上げながら向かっていき……着弾した。
ドドド……ドオオォンッ
爆音とともに炎が弾け、一気に燃え広がる。
「うおぁっ……熱――ッ!」
爆発の瞬間の風は、俺の顔を炙るかのような熱を帯びていて、思わず右腕で顔を庇った。
巻き込まれた蟻たちが、ギチギチと顎を鳴らしながらもがいているのが見える。
小さな玉だったのに、この威力。
大蛇の魔物、ヤンヌバルシャを体内から吹き飛ばした魔法と似ているところをみるに、これも爆炎のガルフから伝授されたものかもしれない。
ちら、と確認すると、ディティアは申し訳なさそうに縮こまっていて、そんな彼女にフェンが寄り添ってくれていた。
うん、あっちは大丈夫だな。
「助かった、ファルーア!」
グランがそう言って、混乱して流れを乱した蟻へと駆け出す。
「肉体強化!」
俺はグラン、ボーザック、自分の三人に肉体強化をひとつ足して三重にした。
「おらあぁッ! その自慢の頭、叩き割ってやる!」
溜めて溜めて……蟻まで肉迫し、限界まで溜めた白い大盾がグランの凄まじい力で叩きつけられる。
一体の蟻の兜が弾け、後ろへと仰け反ると、まるで庇うようにその蟻の前へと別の蟻たちが群がってきた。
「やああっ、もういっちょ――ッ」
そこを狙い澄まし、ボーザックが蟻の前で右足を踏み締め、左から右へと大剣を振り抜く。
ズ、ド、ドドッ……
直撃を食らった蟻が、別の蟻を巻き込んで吹っ飛ばされていくが……ボーザックは跳んで後退し、唸った。
「思った以上に力が入らない……さすがに疲れてるかも」
普段の彼なら頭を斬り飛ばしていたかもしれない。
俺も、思いのほか踏ん張りきれない足で地面を数回踏み締める。
「そうだな……あいつらの頭をひとつひとつ破壊ってのはちょっと厳しいかも。特に俺は足止めくらいしかできないし。ここは――」
――ファルーア頼りかな、と。
言葉を続けようとしていた俺の前、黒い巨躯が躍り出たのはそのときだった。
『グァルウウゥッ!』
獰猛な咆吼は、龍と呼ぶに相応しい。
鈍く黒光りする硬そうな鱗で覆われたその体で、彼らは物怖じひとつせずに躊躇いなく蟻たちの中へと飛び込んでいく。
「……うおぉ」
グランが、驚愕のため息をこぼす。
――それはそれは、凄まじい光景だった。
輸送龍たちは、鞭のようにしならせた尾を上から振り下ろし、蟻の兜を叩き割る。
かと思えば、その大きな口をがばりと開いて蟻の頭を咥え、まるで柔らかい果物でも食べているかのように噛み潰したのである。
「うわぁ……」
ボーザックも思わずといった感じで呟くと、口をぽかんと開けた。
「……虫も食うのか?」
グランが若干頬を引き攣らせて言うので、俺は首を振る。
「あいつら、草食……」
「っは、すげぇな」
彼らの歯は、草と一緒に土や石も噛み砕くのに特化した形状のはずで、自由国家カサンドラの首都……その手前で黒い魔物と戦ったときも、あんな感じだったのを思い出す。
突然の、絶対的強者による襲撃。
挟み撃ちにしたはずの俺たちの後方は、ファルーアによって火の海。
――蟻たちは、混乱の渦に巻き込まれた。
ギチギチ、カチカチとあらゆる音を発し、まるで蜘蛛の子を散らす勢いでばらばらになっていく。
穴に逃げ帰ろうとする蟻たちが山のようになり、それを輸送龍たちが蹂躙していくさまを突っ立ったまま眺めながら、俺は呟いた。
「あいつらが友達でよかったよ……」
◇◇◇
すっかり静かになった平原。
ようやく落ち着いたディティアが、ファルーアに飛び付いた。
「ファルーアぁ~、ありがとうー!」
「どういたしまして、ティア。威勢のいいこと言った割に、活躍しなかったわね、ハルト、ボーザック?」
「……うっ」
言葉に詰まる俺に、ファルーアはディティアを撫でて、ふふっと妖艶な笑みをこぼす。
ボーザックにいたっては、すでに草の上に座り込んでいた。
「ごめんティア~。なんか、足がだるいんだよねー」
「そりゃ、あれだけ跳ね回ってたんだ、仕方ねぇだろうよ」
グランが盾を拭き取りながら、苦笑を返す。
カンナは食事を始めた輸送龍を眺めていて、フェンはその輸送龍が気になるのか、そばをウロウロしている。
ときおり輸送龍の長い尾がフェンを撫でていくので、意思疎通はできているようだ。
……そういえば、海龍とも仲よくなってたもんな。フェンのやつ。
けど今回は、彼女よりも輸送龍のほうが格上として振る舞っている気がする。魔物にも序列があるんだろうか。
そう考えていると、輸送龍の一頭が、ふいに俺を見た。
――べちゃっ。
間髪入れずに俺の足下に飛んでくる、泥と草の入り混じった半液体。
「…………」
「うわっ、なにそれハルト!」
無言で見下ろした俺のそばから、ボーザックが飛び退く。
「……ふ、ふふ」
カンナが肩を振るわせ、俺は顔を顰めた。
これ、たしか餌分けとかいうやつだったよな。
弱そうな奴に食事を分け与えるとかなんとか……くそ。
「食 べ な い か ら なッ」
『ピュウイッ』
『ピュイー』
思わず怒鳴ると、なにを勘違いしたのか、残りの二頭も泥団子を飛ばしてくる始末。
「うわっ、やめろって! いらないから!」
「……おい! こっち来るんじゃねぇよハルト!」
「はあ!? 俺のせいじゃ……ちょっ、なんで逃げるんだよ、グラン!」
「馬鹿! 来るなって……うおっ!」
べちゃっ!
さらに弾けた泥団子に、俺とグランは慌てて飛び退く。
「……まったく。仲がいいのは構わないけれど……ちゃんと休憩しなさいよ?」
「そ、そうだね。えっと……早く休んでね、ハルト君……」
いつの間にか少し離れていたファルーアとディティアに言われて、俺はとうとう叫んだ。
「だから! 俺のせいじゃないからな!」
すみません、30日の分を投稿できてなかったみたいですので、30と31分になります。
よろしくお願いします!




