黒い龍とは友達です。④
生えていた草が、地面が割れるのと一緒に根こそぎ倒れていく。
一瞬だけ盛り上がった土は、開いた穴にボロボロと吸い込まれていった。
俺は双剣を構え、震える足を踏ん張る。
ボーザックも大剣を構えているが、切っ先がぷるぷるしているのを見るに、かなり疲労が溜まっているようだ。
――穴から出てきたのは、黒光りする硬そうな表皮の……虫型の魔物だった。
あれは、蟻……大きな蟻だ。
俺の半分はありそうな巨体が、ぞろぞろと這いだしてくる。
顎を噛み合わせてカチカチと鳴らしていて、脚は六本。
二本の触角を忙しなく動かし、俺たちを探っているようにみえる。
膨らんだ腹の先には、小さいながらも針のようなものがあるようだ。
しかし、一番の特徴はその頭。
まるで兜を装備しているかのような、鈍く銀色に光る物体が、顔の上半分ほどを覆っていた。
「おい、カンナ。あいつなんだ!」
俺が聞くと、鼻息を荒げている輸送龍たちを御していた彼女は、すぐに答えた。
「そのまま。兜蟻。……この辺には生息していない」
……目の前にいるけど? と言いかけてやめる。
これも災厄の影響かもしれない。
「こっちからも来たわ!」
ファルーアが後ろを向いて言う。
さっと視線を奔らせると、後ろにも同じような穴が開き、ぞろぞろと蟻が這い出してくるところだった。
カチカチ。
カチカチ。
威嚇音なのだろうか、顎を噛み合わせる音がどんどん増えていく。
グランが注意深く蟻を見詰めながら、カンナに声をかけた。
「対処方法は?」
「頭部破壊、ただし硬い。魔法があるなら焼き払うか凍らせるか」
カンナが坦々と答えたのを聞いて、俺はバフを決め、手の上で広げた。
「肉体強化、肉体強化! ……威力アップ、持久力アップ!」
前ふたつをファルーア以外に、後ろふたつをファルーアに投げる。
……そこで、気付いた。
「…………」
ディティアが、口をへの字にして眉尻を下げている。
その表情は硬く、ちょっと腰も引けているようだ。
「ディティア」
「ひゃっ! は、はい!」
呼び掛けた俺に慌てて向き直ると、彼女は取り繕うようにささっと双剣を構え直した。
「だ、大丈夫だよハルト君!」
「いや、まだなにも言ってないけど」
俺が苦笑を返すと、彼女はわたわたと両手を振りながら「ち、違うの!」と、なにかを否定した。
そんな場合じゃないんだけど、その仕草が小動物っぽくて可愛い。
……ディティアは虫型の魔物、苦手だもんなあ。蟻も駄目なのか。
湿地で爆風と戦ったアダマスイータを思い出し、俺は思わず身震いする。
あいつらに比べたら、兜蟻とやらは数こそ多いけど、そこまでおぞましくもない。
「ティア、下がって。俺たちでなんとかするよ」
そこで、見ていたボーザックがにやりと笑う。
俺も頷いて、安心させるように笑ってみせた。
「こういうときくらい、守ってやるからな」
すると、彼女は口を半開きにしてみるみる俯き、頭を抱えて首をぶんぶんと振りながら悲鳴をあげる。
「なんかっ……なんか前にもあった気がする……!」
虫型が恐いのは人それぞれだから、仕方がないと思うけど。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにな。
「締まらねぇなあ……」
グランがぼやいたのを聞きながら、ファルーアがくるりと杖を回す。
「そんなことをしているあいだに、敵さんは山のようになったわよ?」
「おう。ファルーア、後ろは頼んだぞ。……ハルト、ボーザック! 前を蹴散らす……行くぞ!」
「わかった!」
「任せといてー!」
グランに応えた俺とボーザックは、涙目のディティアに「いってきます」と揃って告げて、踏み切る。
「おおおっらああぁぁっ!」
黒光りする巨大な蟻。
その一匹に、グランが大盾を叩きつける。
蟻は鈍く光る銀の頭……自慢の兜を、白い花びらの形をした大盾に自ら差し出した……ように見えた。
――そして。
ガツウウゥンッ
「くそっ……堅ぇ……ッ!」
グランが忌々しげに吐き捨て、踏鞴を踏んだところに、ボーザックが飛び出す。
「やああぁッ!」
気合とともに、磨き込まれた美しい白い刃が閃いた。
ギチッ……
――奇妙な音。
黄色っぽい体液がパッと散って、蟻が後退するのがわかる。
……ボーザックの大剣は兜蟻の顎を力任せに切り飛ばし、切り飛ばされた顎は、少し離れた場所にゴロゴロと転がった。
その瞬間を狙って続けざまに飛び出そうとしていた俺は、嫌な予感がして咄嗟に踏み留まる。
ギギギギ……!
ガチンッ……ガチンッ
大きな蟻の硬い脚同士が擦れ、奇妙な音を奏でていく。
それはどんどん重なって大きくなり、蟻たちは黒い川のように連なって一斉に動き出した。
もしかして、兜蟻は顎を打ち鳴らすことで意思疎通をしているのか?
「グランっ、ボーザック! 下がれ!」
俺は自分の考えを振り払って、怒鳴る。
……それだけ、その光景は異様だったんだ。
一斉に動き出した蟻たちが、俺たちを囲もうとしていたのだ。
黒い流れは恐ろしいほどに速い。
万が一囲まれてしまったら、数の力には勝てないだろう。
このままでは完全に詰んでしまう。
下がってくるふたりと合流してから、俺は再び双剣を構えた。
――囲まれる前に、なんとかしなければ。
27日分です。
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