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逆鱗のハルトⅡ  作者:
245/308

黒い龍とは友達です。④

生えていた草が、地面が割れるのと一緒に根こそぎ倒れていく。

一瞬だけ盛り上がった土は、開いた穴にボロボロと吸い込まれていった。


俺は双剣を構え、震える足を踏ん張る。

ボーザックも大剣を構えているが、切っ先がぷるぷるしているのを見るに、かなり疲労が溜まっているようだ。


――穴から出てきたのは、黒光りする硬そうな表皮の……虫型の魔物だった。


あれは、蟻……大きな蟻だ。

俺の半分はありそうな巨体が、ぞろぞろと這いだしてくる。


顎を噛み合わせてカチカチと鳴らしていて、脚は六本。

二本の触角を忙しなく動かし、俺たちを探っているようにみえる。


膨らんだ腹の先には、小さいながらも針のようなものがあるようだ。


しかし、一番の特徴はその頭。

まるで兜を装備しているかのような、鈍く銀色に光る物体が、顔の上半分ほどを覆っていた。


「おい、カンナ。あいつなんだ!」

俺が聞くと、鼻息を荒げている輸送龍たちを御していた彼女は、すぐに答えた。


「そのまま。兜蟻。……この辺には生息していない」


……目の前にいるけど? と言いかけてやめる。

これも災厄の影響かもしれない。


「こっちからも来たわ!」

ファルーアが後ろを向いて言う。

さっと視線を奔らせると、後ろにも同じような穴が開き、ぞろぞろと蟻が這い出してくるところだった。


カチカチ。

カチカチ。


威嚇音なのだろうか、顎を噛み合わせる音がどんどん増えていく。

グランが注意深く蟻を見詰めながら、カンナに声をかけた。

「対処方法は?」

「頭部破壊、ただし硬い。魔法があるなら焼き払うか凍らせるか」

カンナが坦々と答えたのを聞いて、俺はバフを決め、手の上で広げた。


「肉体強化、肉体強化! ……威力アップ、持久力アップ!」

前ふたつをファルーア以外に、後ろふたつをファルーアに投げる。


……そこで、気付いた。


「…………」

ディティアが、口をへの字にして眉尻を下げている。

その表情は硬く、ちょっと腰も引けているようだ。


「ディティア」

「ひゃっ! は、はい!」

呼び掛けた俺に慌てて向き直ると、彼女は取り繕うようにささっと双剣を構え直した。

「だ、大丈夫だよハルト君!」

「いや、まだなにも言ってないけど」

俺が苦笑を返すと、彼女はわたわたと両手を振りながら「ち、違うの!」と、なにかを否定した。

そんな場合じゃないんだけど、その仕草が小動物っぽくて可愛い。


……ディティアは虫型の魔物、苦手だもんなあ。蟻も駄目なのか。

湿地で爆風と戦ったアダマスイータを思い出し、俺は思わず身震いする。

あいつらに比べたら、兜蟻とやらは数こそ多いけど、そこまでおぞましくもない。


「ティア、下がって。俺たちでなんとかするよ」

そこで、見ていたボーザックがにやりと笑う。


俺も頷いて、安心させるように笑ってみせた。

「こういうときくらい、守ってやるからな」


すると、彼女は口を半開きにしてみるみる俯き、頭を抱えて首をぶんぶんと振りながら悲鳴をあげる。

「なんかっ……なんか前にもあった気がする……!」


虫型が恐いのは人それぞれだから、仕方がないと思うけど。

そんなに恥ずかしがらなくてもいいのにな。


「締まらねぇなあ……」

グランがぼやいたのを聞きながら、ファルーアがくるりと杖を回す。

「そんなことをしているあいだに、敵さんは山のようになったわよ?」

「おう。ファルーア、後ろは頼んだぞ。……ハルト、ボーザック! 前を蹴散らす……行くぞ!」

「わかった!」

「任せといてー!」

グランに応えた俺とボーザックは、涙目のディティアに「いってきます」と揃って告げて、踏み切る。


「おおおっらああぁぁっ!」

黒光りする巨大な蟻。

その一匹に、グランが大盾を叩きつける。


蟻は鈍く光る銀の頭……自慢の兜を、白い花びらの形をした大盾に自ら差し出した……ように見えた。


――そして。


ガツウウゥンッ


「くそっ……堅ぇ……ッ!」

グランが忌々しげに吐き捨て、踏鞴を踏んだところに、ボーザックが飛び出す。

「やああぁッ!」

気合とともに、磨き込まれた美しい白い刃が閃いた。


ギチッ……


――奇妙な音。


黄色っぽい体液がパッと散って、蟻が後退するのがわかる。

……ボーザックの大剣は兜蟻の顎を力任せに切り飛ばし、切り飛ばされた顎は、少し離れた場所にゴロゴロと転がった。


その瞬間を狙って続けざまに飛び出そうとしていた俺は、嫌な予感がして咄嗟に踏み留まる。


ギギギギ……!

ガチンッ……ガチンッ


大きな蟻の硬い脚同士が擦れ、奇妙な音を奏でていく。

それはどんどん重なって大きくなり、蟻たちは黒い川のように連なって一斉に動き出した。


もしかして、兜蟻は顎を打ち鳴らすことで意思疎通をしているのか?


「グランっ、ボーザック! 下がれ!」


俺は自分の考えを振り払って、怒鳴る。


……それだけ、その光景は異様だったんだ。

一斉に動き出した蟻たちが、俺たちを囲もうとしていたのだ。 


黒い流れは恐ろしいほどに速い。

万が一囲まれてしまったら、数の力には勝てないだろう。


このままでは完全に詰んでしまう。


下がってくるふたりと合流してから、俺は再び双剣を構えた。


――囲まれる前に、なんとかしなければ。



27日分です。

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