黒い龍とは友達です。③
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首都からしばらくは平原が続く。
土と草の濃い匂いのなか、時折花のような甘い香りが鼻を掠める。
ただし、感じる風はかなりのものだ。
頬を撫でるのではなく、殴る勢い。俺たちは文字通り空気を切り裂いている。
それでも、輸送龍たちは、驚くほど滑らかに疾走していた。
跳び上がることもなく、急激な加速があるわけでもなく。
最初に比べたら雲泥の差だ。
「お前たち、頭いいんだなあ!」
ごうごうと、風の音が耳の奥まで響いている。
ボーザックの後ろで大声を上げると、俺の乗る輸送龍は一瞬だけこちらに視線を向けて、得意気に『ピュイッ』と鳴いた。
◇◇◇
しばらく走っただろうか。
「乗り心地は?」
前に座るボーザックに聞くと、黒髪の頭が、ぴくりと小さく跳ねる。
彼は振り向かずに、風で掻き消されそうなほど小さく答えた。
「……馬と空は、平気だったんだ……」
「げっ」
俺は慌てて精神安定バフをボーザックに投げてやる。
「ありがとう……」
「お、おう。なんだろうな。あれか、馬車みたいに安定した感じが駄目とか……?」
思わず言った俺に、ボーザックはちょっとだけこっちを見た。
「……そう、なのかな? 跳んだりしてくれない、かな……」
「まあ、こいつらすごい跳ねるけど――――うぉわあっ!」
ターンッ!
『ピュウィーッ!』
聞こえていたのだと思う。
輸送龍はまるで小動物のような声で嘶くと、一気に踏み切った。
地面があっという間に離れていき、胃がひっくり返りそうな浮遊感に体が竦む。
……かと思ったら、次の瞬間には着地の衝撃が走り、俺は呻いた。
「うぐっ! い、いって……っうわあぁ!」
再びの跳躍。
ぐんぐんと加速していく黒い龍は、心なしか楽しそうだ。
俺は慌ててバフを広げ、しっかりと鐙を確かめる。
「に、肉体硬化っ、肉体強化ぁッ……痛ッ!」
「あっはは! うわ、すごいんだけどハルトー!」
ボーザックが笑い出すけど……。
「いや、お前っ……これはさあっ!」
怒鳴り返して、さらに足を踏ん張る。
輸送龍の跳躍は、凄まじいものだ。
手綱をしっかりと握り、鞍に打ち付けないように尻を上げておかねばならない。
膝は衝撃を受け止めるために軽く曲げて、少しでも体にかかる負担を減らそうと試みる。
しかし。
「筋トレになるかもー!」
あっという間に元気を取り戻したらしいボーザックが、同じような体勢で、生き生きと叫んだ。
「なるっ、かもしれないっ、けどっ……無理だからッ! 止まれえぇっ!」
『ピューゥイーッ!』
筋トレになるとかそういう問題じゃないんだよ。
それとこれとは別問題であり、俺は輸送龍の上でまで筋トレしたいわけじゃない。
加速して先頭となった輸送龍の上で、俺は情けない悲鳴を上げた。
「なんだお前らーっ、楽しそうだなあっ!」
グランの笑い声が聞こえるが、完全に面白がっている。
覚えてろよ……。あとで代わってもらうからな!
◇◇◇
――結局、休憩するまでの時間を、俺とボーザックの乗る輸送龍はずーっと跳び回っていた。
地面に降りたときには足が震えて立てないほどで、汗をだらだらと流しながら、俺とボーザックは柔らかい草の上にひっくり返る。
「はーっ、はあっ、はっ……ああーッくそーーッ!」
大の字になり、呼吸を整えるために空気をたくさん取り込んで、俺は叫んだ。
疲れたとかいうのは、とうの昔に越えていた。
そこにあるのは、やり切ったという、謎の達成感。
どこまでも広がって見える平原にはいくつかの岩場や凹凸があり、白い雲が大きな塊となって、ゆったりと流れている。
「はぁあ~……俺、強くなった……気がする~」
「今は、めちゃくちゃ……弱ってるけど、なっ」
同じように転がっているボーザックの言葉に同意して、俺は上半身を起こした。
腹筋も使っていたからか、脱力感が凄まじい。
思わず顔をしかめたところで、ディティアが俺の前にやって来る。
「あはは、すごかったね……はい、お水。ボーザックも」
「お、ありがとな」
「ありがとうティアー」
彼女が差し出してくれたコップの水を一気に飲み干して、俺はようやく人心地ついたような気持ちになった。
ファルーアのお陰で水にはそうそう困ることがないのは、本当にありがたい。
爆風との旅の間は、水分の確保には注意が必要だったもんな。
考えながら見回すと、カンナは輸送龍たちの体を拭ってあげていて、グランとファルーア、フェンは揃って休んでいた。
災厄と戦うためにこうしているのに、長閑で……いつも通りの旅路。
長く離れていたような気がするのに、いざ始まってみればなんの違和感もなく、むしろこれが当たり前のような気がする。
――しかし。
『ピュウィーッ』
『ピュウッ』
『ピュイッ』
俺が物思いに耽っているのを無理矢理引き戻すように、突然、輸送龍たちが鳴き始めた。
「なんだ!?」
思わず立ち上がり、輸送龍を窺う。
黒い龍は、鼻息荒く首を上下させ、前脚の爪で地面を掻いていた。
「五感アップ!」
俺は慌ててバフを広げ、息を呑む。
いくつもの気配が固まったようなものが、あちこちで感じられるけど……姿が見えないのだ。
――これは。
「……地中です!」
「お前ら、やるぞ!」
ディティアが双剣を抜き放つのと、グランが大盾を構えるのは、ほぼ同時。
次の瞬間、俺たちから少し離れた位置で、地面がボコボコッと盛り上がった。
本日分です。
この先、仕事が少し立て込みそうです。
更新状況は活動報告にあげますね。
よろしくお願いします!




