皆を鼓舞するので。②
グランは顎髭を擦りながら、目を閉じてゆっくりと息を吐き出す。
ボーザックがその横で、黄色い果物をかじりながら、グランの言葉を待っているロムンを眺めている。
ふと確認すると、マルレイユの笑みはすでに消えていて、澄まし顔で行く末を見守っていた。
「……討伐部隊を集めなきゃならねぇのはわかる。そのためになにかしないとならねぇのもわかる。だが、ハルトの言うことは正しい、と……俺は思うぞ、ロムン」
グランはまるで、重たい荷物をそっと下ろすような慎重さで告げる。
ロムンはそれを聞くと、ふう、と大きなため息をついた。
同時に、両肩が少し下がったのがわかったから、俺は不思議に思う。
緊張……していたのだろうか。
「そのようだ。気分を害させてしまったのはお許しいただきたい。……では、演説なしでなら、治安部隊を率いてくれるのだろうか」
答えたロムンの声音はいくぶん和らいでいて……かつ、思いがけない内容だった。
俺が目をぱちぱちすると、ロムンは相変わらず真面目な顔のまま、続ける。
「治安部隊は、君たちの国でいう『騎士』でな。すでに覚悟を持った者たちだと理解していただきたい。しかし、だからといって彼らをなんの勝算もなく討伐へと送り込むのは避けなければ。……中央治安部隊だけでは、各地の町をすべて纏めることは不可能であるし……彼らの力が必要なのだ」
……そう、か。俺は思わず唸った。
『騎士』と言われれば、納得できなくはない。
国を守ることは騎士の誉れとかいうやつのはずだし……確かに『あいつ』は必ず、大きな問題には率先してあたっていた。
……なんて思って、爽やかな空気を感じてしまった俺は、ぶるりと身震いする。
ディティアが、こっちを見て苦笑してくれたのが救いだ。きっと同じことを思ったんだろう。
「なるほどね……国の人間をみすみす死なせたくないがために、私たちと行かせると。……それは誤算だらけよ」
ファルーアがミルクを飲み干して、カップを置く。
少し腹にものを入れたからか、少し顔色が落ち着いてきている。
そのまま髪を梳く彼女の仕草は、こんなときでも優雅だった。
「……誤算、とは?」
「言いたくはないのだけれど、残念ながら私たちだってそこまで余裕があるわけではないわ」
ずはり言い切られて、グランは首を竦める。
ボーザックはあははと笑い、足元で乾肉を美味そうに頬張っていたフェンがあおん、と鳴いた。
ディティアは少しだけ頬を緩めているけど、たぶん無理してるんだろう。
――どうにかして励ませないかな。
考えながら視線を落とすと、俺の左手首に、エメラルドが嵌まった腕輪が光っていた。
これだ! と思い、見えるように揺らしてみせると、気付いた彼女は一瞬だけ目を見開く。
無理するな、と、気持ちを込めたつもり。
はたしてディティアは、自分の手首にある細い鎖をそっと撫で、声は出さずに唇だけ動かして大丈夫と応えてくれた。
俺があげたあのブレスレットにも、エメラルドが嵌まっているのだ。
通じたんだとわかって、俺は一度だけ瞬きをしながら頷いてみせる。
ほっとしたところで、マルレイユがようやく割って入った。
「謙遜はいけませんよ、白薔薇。あなたたちはすでに彼の飛龍タイラントを屠り、アイシャの災厄をも撃破しています。そして、逆鱗のハルト」
「へっ? 俺?」
突然呼ばれて背筋を伸ばしたとき、弾みで取り落としそうになった乾肉を、銀色の風がかっ攫っていく。
「っておい! ……こらフェン!」
決して落としてはいない。
それなのに、フェンは俺を小馬鹿にしたように尻尾を揺らし、そのまま乾肉をかじり始めた。
マルレイユはころころと笑い、穏やかな声で続ける。
「あなたが館で『バフ』をかけたことで、助かった者たちがたくさんいますから。彼らからすれば、それは奇跡だったはずですよ」
「いや、それは……」
思わず否定しようとしたとき、グランのゴツい手がさっと俺の前に出された。
「ロムン。あんたが、自国の民をただ守ろうとしてるってぇのは理解した。さすが参謀ってやつか。でもな、ファルーアの言うとおり、俺たちに余裕はねぇんだ」
12日分です。
よろしくお願いします!




