皆を鼓舞するので。①
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すっかり明るくなったころに皆が起きたので、俺たちは顔を洗ってから、炊き出しで朝食を受け取った。
この炊き出しも自由国家カサンドラの中央治安部隊がまかなっているらしい。
どんな管理をしているのか俺にはさっぱりだけど……すごいよな。
今日はパンと乾肉に果物も付いていて、ついでに搾りたてだというミルクも配られた。
はー、ありがたい。
俺たちは訓練場と思しき広場の隅、まだ人気のない場所に座って、早速頬張った。
「昨日は遅かったのか?」
隣でパンをかじったディティアに聞くと、彼女は口をもごもごさせながら頷く。
……小動物みたいだなあ。
そのまま眺めて和んでいると、パンを呑み込んだあとで、ディティアはにこにこしながら話し出す。
「あのね、グランさんとファルーアもあとで来たんだ。いっぱい話せてよかった」
「んー? そういえば、ティア昨日はどこに行ってたの?」
ボーザックが聞き返す。
そうだよな、お前、寝てたもんな。
乾肉を咀嚼しながら心のなかで呟くと、ディティアはきらきらした笑顔を彼に向けた。
「ガイルディアさんのところ!」
「……あー」
ボーザックが苦笑する。
その横で、ぐったりとしたファルーアがため息をこぼした。
「……調子に乗りすぎたわ」
「珍しく呑んでたからなあ、お前」
グランがからからと笑いながら言って、整えたばかりの顎髭を擦る。
上機嫌なのを見るに、今日の出来栄えはよかったのかもな。
ファルーアは恨めしそうにグランを眺めて、肩を落とす。
「グランがおだてるからよ……?」
「あ? ……そうだったか?」
「えっ、おだてるってなんですかグランさん! 気になります!」
ディティアが食い付いて、グランが肩を竦める。
ファルーアは気持ち悪そうにしたまま、ミルクをちびりと口に含んだ。
……そこに。
「こちらにいらっしゃいましたか、皆さん」
白いローブ姿のマルレイユがやって来た。
その横には、青い服の男性。
……整った口髭は白い部分も多い。髪もしっかりと撫でつけられているが、口髭と同じように、ところどころが白かった。
全体的に彫りの深い顔付きで、すっとした鼻筋と大きな黒眼が印象的な感じだ。
青い服は治安部隊のもので、襟と袖に金糸で二重線が描かれている。
「こちらは中央治安部隊の参謀、ロムンです。……彼らが、白薔薇ですよ」
マルレイユが言うと、男性はするりと俺たちの前に出てきた。
「突然の訪問、お許しいただけるか。私は中央治安部隊のロムン。首都がこのような事態に陥っているなか、非常に助けていただいたと聞いている」
キビキビとした動作で礼をしたロムンに、俺たちは慌てて口の中身を飲み下し、挨拶を返す。
年の頃は四十半ばだろうか。
参謀とか言われるくらいなんだから、仕事ができる人なのかな。
「ご挨拶が遅れ申し訳なかった」
「いや、むしろいらねぇよ。そっちはそっちの役目で忙しいだろうに」
グランが胡坐のまま言うと、ロムンはにこりともしないで首を振る。
「この国は自由国家……であるから、人との関係性が重要になることがある。初動の遅れは命取りでな」
「……そうか。それで、用件は?」
「話が早くて助かる。……我々中央治安部隊は、各地の治安部隊からの人員を、白薔薇傘下にしていただけないかと考えている」
「…………は?」
「我が部隊が参加しないわけにもいかなくてな。どの部隊がいいのかは悩んだが、経験豊富な白薔薇の下が最も効率的であると考えた。危険も減る」
グランが眉をひそめると、ロムンは大真面目な顔で続けた。
「それに、白薔薇の演説に多くの者が賛同し従ったとなれば、皆がそれに倣う。勿論、君たちの評価も上がるだろう。そして私はこの国の中枢がどう機能するかを考えるために存在している。……悪い内容ではないはずだと判断した」
「んー、つまり、白薔薇の演説で治安部隊が参加を決めたように見せかけるってこと?」
口を挟んだのはボーザックだ。
彼は口に入れた肉をもぐもぐしながら、憮然とした顔で言い切った。
「俺たち、いいことは言わないよ。だって、本来は幸せに暮らしているはずなのに、勝てるかわからない相手に挑むんだからさ。それがどんなに危険なことなのか……話すならそっちが大事だよね」
俺は感心してしまった。
ボーザックの言うことは、正しい。
演説に乗せられたふりをした治安部隊の人たちが仲間になりました……なんて、嬉しくもないし。
危険を語るほうが大事だろう。
「……覚悟して共に戦ってくれる人なら、あとで倒れたとしても文句はないはずだけれど、あなたの内容では、そうはならないわね」
ファルーアがロムンに言うが、気分が悪そうなままだったので、提案に対して嫌悪感を示しているようにも感じる。
――いや、実際機嫌を悪くしたのかもだけど。
「それでも、仲間を集めなければならないことは理解しているはず」
ロムンは表情を崩さない。
その後ろにいるマルレイユも、なにも言うつもりはないようだ。
確かに、人数を集めないとならないのはわかっているんだけど……。
自分たちも守り、ほかの人も守ることは簡単じゃない。
それこそ、多くの犠牲が出る確率のほうが高いだろう。
ちら、と視線を走らせると、カップに目を落としているディティアに気付いた。
……大規模討伐。
彼女にとって、それは辛い思い出がつきまとうものだ。
誰かを守ることが難しいということを、彼女は誰よりも知っている。
沈黙が俺たちを包み、離れた場所にいる人たちの喧騒が耳に付く。
俺は……口を開いた。
「人は必要だけど、そのやりかたで有名になりたくはないし、そんな理由で人の命を背負う奴になりたくない。もし白薔薇の演説が、覚悟がないままの人を参加させることになるなら……」
俺の声に顔を上げたディティアの、エメラルドグリーンの眼。
その綺麗な光に胸を張れないのは、嫌だ。
「グラン、もう演説はやめないか?」
続けた言葉に、マルレイユが小さく微笑んだのが見えた。
昨日分です。
本日の分はまた別途更新予定です。
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