血色の結晶には。②
◇◇◇
そのあとは、ロディウルがトゥトゥに言って、再度酒が足された。
改めて杯を交わし、呑み進めながら、彼らは自分たちが古代の血を濃く継いでいて、強力な魔法が使えることも話してくれる。
……聞けば、ロディウルは俺の5つ上で、グランのひとつ下。
里には彼よりも上の人たちはたくさんいるらしいけど、ユーグルの世代交代は早いそうだ。
いざというとき、魔法を使うのには体力も必要なためらしい。
俺は災厄の黒龍アドラノードを倒したファルーアの魔法を思いながら、なるほどな……と頷く。
もう遠い昔みたいだ。
そういえば、ディティアと会ってからはもう一年くらい経っていることになるんだな。
気付けば全員、ひとつ歳をとっていた。
しみじみしていると、空けた俺の杯に酒が注がれ、トゥトゥが瓶を持ったままにこりと笑いかけてくる。
俺は瓶を取り上げてトゥトゥの杯にも酒を足し、足元に置いてから自分の杯を掲げた。
「ユーグルに」
「はいっ、白薔薇に!」
――思えば、たくさんの人に会ってきたよな。
冒険者になってから毎日新しいことがあって、こうしてディティアにも出会ったし……。
ちら、と彼女を見ると、目が合った。
首を傾げる彼女の濃茶の髪が、さらりと揺れる。
エメラルドグリーンの眼は……とろんと……おお?
「なあ、ディティア……大丈夫か?」
「このお酒、やっぱり、かーってなるね!」
あははっと楽しそうに笑うけど……おいおい。ふわふわしてるぞ……。
「ふあ……ロディウル、ティアに、水……」
そう言うボーザックも、大きな欠伸をこぼして今にも眠りそうな雰囲気。
目をしょぼしょぼさせながら言うから、グランが呆れたように肩を竦めた。
「なんや、疾風と不屈は酒に弱いんやなあ」
ロディウルが笑いながら、カムイに水を持ってくるよう指示を出す。
「そうね、強いのはグランと……意外とハルトもよね」
ファルーアがそう言うので、俺は手元の杯をあけて鼻を鳴らしてみせた。
「意外とってなんだよ……グランには負けるけど結構いけるんだからなー」
「ファルーア、お前こそ今日は落ち着いてるじゃねぇか。いつもは酔うともう少し陽気だろう?」
グランが助け船を出してくれて、今度はファルーアがツンとそっぽを向く。
「失礼ねグラン。私だって調整くらいはできるわよ?」
「そうか? ならいいが、無理はするなよ。まあ、なんにせよディティアはこのままだと手が付けられなくなるぞ……早めに戻るか……?」
「それなら、ハルト。あんたティアとボーザックを連れて行けるかしら」
「え、俺?」
「わー、ハルト君とボーザックと一緒? ふふ、いいよー!」
「…………」
楽しそうに答えるディティアをしげしげと眺める。
まあ……笑ってるのはいいけど、酒の席では気を付けて見てあげないとちょっと心配だ。
そんなことを考えている間に、カムイが水を持って戻ってきたんだけど。
既にボーザックはこっくりこっくりと船を漕ぎ出していた。
「ハルト、行けるか?」
「大丈夫だけど……。おいボーザック……うわ、これ起きないやつだろ……仕方ないなあ。ディティア、行こう」
グランに答えながら、俺はボーザックを背負うことにする。
後ろで立ち上がったディティアが、ボーザックを担いで体勢を整えるのを手伝ってくれた。
酔っててもこういうところに気が回るのはディティアらしいよな。
「グランたちはどうするんだ?」
「せっかくだ、呑んでいくさ」
「私ももう少し付き合うことにするわ。魔法のことも聞きたいし」
ふたりの足元には、任せろと言わんばかりにフェンが寄り添っている。
「わかった」
俺はロディウルと影たちに挨拶をして、ふわふわした足取りのディティアと、潰れてしまったボーザックと、テントを後にした。
******
「……あ! 見てハルト君。ヤールウインドがいるよ」
「わかった、わかったから……」
楽しそうなディティアは、ユーグルたちのテントの間をふわりふわりと歩いていく。
俺はボーザックを背負ったまま、そんな彼女について回る。
ときおり出会うユーグルたちは不思議そうな顔をするものの、不審には思われないらしかった。
まあ、たまには散歩も悪くないだろう。
……かと思えば、ディティアは突然立ち止まり、唇に笑みを浮かべてこっちを振り返った。
「ふふ、やっぱりハルト君がいるの、いいね」
「うん?」
「白薔薇には、ハルト君がいなくちゃ。……皆、たくさんハルト君の話をしてたんだから」
ディティアの表情はどこまでも優しく、俺は温かい気持ちになる。
頬を撫でる風は柔らかく、心地いい。
夜の闇に瞬く星々が、彼女を儚げに照らしていた。
「……ふ、そっか。……俺も皆のこと結構考えたよ、ディティアのこともたくさん」
「え、本当? えへへ、嬉しいな。私もたくさん、たくさん思ってたよ」
「…………あ、ええと、うん」
素直に微笑まれたのが、ちょっと不意討ちで。
しどろもどろに返すと、背中でボーザックが身動いだ。
「砂糖味なんだけど……ハルトー」
「なんだよいきなり砂糖味って? ……起きたなら歩けよな」
「ええ、無理……俺寝てるもん。これは寝言なんだよ」
「……はあ?」
「ハルトもティアも……やっぱり、こうでないとねー」
これだけ喋って寝言はないだろ、と思ったけど……ボーザックは大真面目だったらしい。
すぐに聞こえ始めた吐息に、俺は笑ってしまう。
そんな中、なぜかディティアは頬を押さえて恥ずかしそうな顔をしているのだった。
ぎりぎり本日分です。
よろしくお願いします!




